5−11 映画は映画……ですよね?
映画は進み、中盤へと差し掛かっていた。内容はほぼ原作通りで変なアレンジもなく、物語は順調に進んでいった。そうしてシーンは、主人公の菜々子ちゃんが帰宅するシーンに映った。
『ただいま〜、って……』
『よっ、地味女』
『えっ、ちょっ、ここ、私の家……』
『ああ、だからなんだ?』
『なんであんたが私の家にいるのよ!!』
なんてシーンが流れた。そういえば、すっかり忘れていたがこんなシーン、あった気がする。しかも、このシーン……と、私は背中に冷や汗が伝っていた。このシーン、戸神さんにとても似ている。あの日もそうだった。私が何気なく家に帰り、何気なく家でゆっくりしていたら、お母さんが戸神さんを連れてきたのだ。そうか、と思った。私があの時、謎に落ち着いてられたのはこのシーンを見ていたからかもしれない。さて、戸神さんはこのシーンを見てどう思うか……。私はチラッと戸神さんを横目で見た。戸神さんはポップコーンを食べながら、映画に集中していた。後で、もし何か言われたら、似てましたね。と言おう。と、思った。その時だった。横の空気が揺れたように感じた。
「え……」
耳に生暖かい息がかかっていた。
「このシーン、僕たちに似てるね」
なんて、戸神さんは私にあの低い声で囁いた。私は思わず背筋を伸ばしてしまった。私はその時、初めて自覚した。
(あ、私、この戸神さんの低い声、ゾワゾワしてしまう……)
いや、むしろ、戸神さんに囁かれて、反応しない人なんているのだろうか。この超美形フェイスから、こんな少年みたいな低い声が出るなんて誰が思うだろうか。私は思わず耳を押さえて、戸神さんの方を思いっきり見た。戸神さんは私を見て、意地悪そうに人差し指を唇に当てて、ニヤリ、と笑っていた。私はその不敵な笑みに、何も言い返すことが出来なかった。ここは劇場内だし……。私は戸神さんを睨みつつ、そのまま目線をスクリーンに戻した。
映画はさらに進んでいた。実は親戚だった菜々子ちゃんと類くんは、親の都合で同居することになる。お互い憎まれ口を叩きながらも、同居していくことで心を許していく二人。放課後に遊んだり、一緒に勉強したり、二人の時間を過ごしていくが、やはり類は超国民的アイドルなので、忙しい。そのうち二人の時間は取れなくなり、二人は思い合っているのにも関わらず気持ちはすれ違っていく。ついに菜々子ちゃんは言いたい気持ちを言えぬままに、類君の熱愛報道を見てしまう……!
スクリーンには雨の中、傘も持たず佇む菜々子ちゃんが叫んでいる。
『私は、あんたのこんな軽い所を、好きになったんじゃない!!』
そう言って、類君に週間雑誌を投げ付ける。類君の『菜々子……』という声を遮って、
『あんたなんか大っ嫌いよ!最初から、私のこと遊びだったのね!』
と叫び、その場を後にする。類君が『おい、菜々子!』と叫ぶが、その声はもう菜々子ちゃんには聞こえていなかった。
……と、なんとも切ないシーンである。本当は類君のことが好きだったからこそ、信じたかった菜々子ちゃんと、本気で菜々子ちゃんを好きになっていた類君の気持ちは無惨にも交差してしまう。私は、ふと、なぜか、映画を見ながら戸神さんのことを思っていた。
思えば戸神が来て、一ヶ月が経った。戸神さんが転がり込んできたあの日からはちゃめちゃな出来事に、とても一ヶ月とは思えない毎日だったけれど、それでも忘がたい毎日になった。告白から始まり、登校での一件や、綾小路さんのこと、部活動の事に、勿論お母さんの事も。そして何より忘がたい、パーティでのダンス。あの日の楽しさは、きっと、私の胸を締め付けて離さないだろう。それだけじゃない。毎日一緒に登下校した道に、風に揺らぐ戸神さんの長い髪を幾度となく、私は追いかけてきた。信号を渡る戸神さんが、消え去ってゆくような気がして手を引いたこともあった。それでも戸神さんは、ここに、私の側にいた。あの日、初めて出会った日に、私の家族になってくれると言った言葉を、戸神さんは今も律儀に守り続けている。かつて、お父さんとお母さんがそうしてくれていたように。いつでも帰ってきたら、温かいご飯があって、みんなで囲んでそれを食べる。今日の出来事を話す。いつの間にかひとりぼっちだった私を、戸神さんは救い上げて助けてくれた。私の家族になってくれた。その恩を、私は忘れることは出来ない。いや、決して忘れない。いつか、戸神さんがあの家を出ていく日が来ても、私は笑顔で見送るだろう。
「私の、家族になってくれて、ありがとう」と。
本当に……?
本当に、笑顔で見送れる?
スクリーンでは、菜々子ちゃんの友達が、菜々子ちゃんを説得していた。
『いいの、?このままじゃ、一生類と分かり合えないままだよ!?』
『好きなら好きって、伝えなよ!!』
私は、この一ヶ月で、戸神さんに一度でも、好きだと伝えただろうか。恋愛とかじゃなくて、家族としての親愛を見せただろうか。いつも、いつでも私を好きだと言っていた時、戸神さんは、どんな気持ちだった……?
『私、類に言わなくちゃ!』
菜々子ちゃんは家を飛び出して、類君のライブ会場へと向かう。走っていくその様は、まるで想いを乗せて飛ぶ鳥のようだった。ライブ会場には、勿論入れない。どうしようかとオロオロしていると、類のマネージャーで菜々子ちゃんとの関係を知っている人が、菜々子ちゃんをライブ会場に入れてくれる。
溢れる熱気、上がる歓声、揺れるペンライト。
その中心に、類君は立っていた。
初めて類君のライブを見た菜々子ちゃんは、その類君の情熱に、類君の本気さを見る。曲が終わり、ラストの曲の前に類君がマイクで話し出す。
『今日、ここには居ないけど、俺には大事な人がいます。その人に、この歌は届けたい。届いて欲しいと願ってる。俺が初めて作詞した歌です。みんな、聞いてください』
類君がそう言い終わると、照明は一気に暖かな色になる。そこで、類君がゆっくりと歌い出す。それはバラード調で、いままでの類君とは違う曲調にみんなが魅了される。それを菜々子ちゃんも見守っている。
『君と出会えた日 ずっと忘れないよ』
『僕の心には 君との思い出アルバムに』
スクリーンを見ているはずなのに、目に浮かんだのは、あの緑の長い髪だった。私を振り返って、微笑む。
『大丈夫だよ、もう置いていったりしないから』
そう言って戸神さんが私の手を引く。私の体はそれに引っ張られるように、一歩踏み出した。
『ずっとずっと好きだ 君が僕を忘れても』
『この思いは変わらないよ 何時までも』
『だからそばにいてね 愛しい人』
曲が終わり、ライブ会場には優しい雰囲気が漂う。類君がファンのみんなに目線を向けたところで、菜々子ちゃんの姿を見つける。菜々子ちゃんは類君の書いた歌詞に涙を流しながら、頷いている。類君はそれをみて、菜々子ちゃんに最高の笑顔を向けたのであった……。
シーンは最後に移り変わり、家に類が帰ってくる。類君を菜々子ちゃんは優しく出迎える。
『類、あんたの気持ち。受け取ったから』
『うん、まさか会場にいるとは思わなかったけど』
そう言って菜々子ちゃんは類君に微笑んだ。
『好き、類が好き。この気持ち、受け取ってくれる?』
そう言うと、類君は菜々子ちゃんを抱きしめた。
『勿論だ。菜々子』
そう言って主題歌が流れる。映画は二人が抱き合うところで、エンドロールを迎えた。
私はそれを見て、何故か泣いていた。涙が、頬を絶え間なく伝っていた。それはずっと好きだった漫画の映画を見れたことへの感動なのか、類君と菜々子ちゃんがお互いの気持ちを通じ合えた事への嬉しさなのか、はたまた、私が戸神さんとの将来を考えたからか。
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