5-8 戸神さんとエレベーターと実家

 戸神さんとの話もそこそこにして、私達はアミューズメント施設の中へ入った。休日、ということもあって中は大混雑していた。私達はお互いはぐれないようにしながら、最上階の映画館へ向かった。


「彩葉、エレベーターで行こう」


 最上階に行くには、エスカレーターはちょっぴり遠いのだ。私はその提案に賛成して、一階のエレベーター前で戸神さんと肩を並べて、エレベーターを待った。エレベーター前には、エレベーターを待っている人でまた溢れかえっていたが、私達は前の方で待っていたので、運良くその混雑に巻き込まれることはなかった。戸神さんと他愛もない話をしながらエレベーターを待っていると、10分くらいかけてようやくエレベーターが降りてきた。中から出る人を避けながら、私達は一番乗りでエレベーターに乗った。戸神さんは手早く最上階のボタンを押してくれていた。次第にエレベーターはすぐぎゅうぎゅう詰めになり、私達は端へと追いやられた。


「彩葉、こっち」


「!」


 私が反応する前に戸神さんは私を角へ行かせ、私を人から守るように立ってくれていた。それでも人が多いので、正面を向き合っている戸神さんと距離も近くなる。私は俯いて、早く最上階に着くのを待った。


「あの、戸神さん、」


「ん?なあに?」


 戸神さんは私の声に反応して、私の顔を見た。


「あの、きつくない、ですか?大丈夫ですか?」


 戸神さんも人の波に押されているところだろう。私は心配になって、声をかけてしまったのだ。だが、そんな私の心配とは裏腹に、戸神さんは爽やかに笑って見せた。


「大丈夫、心配しなくていいよ」


 その声はなんとも余裕を含んだ声だった。戸神さんが言うなら、大丈夫かな。と思い、胸を撫で下ろした時だった。急に戸神さんの体が近くなり、私はされるがままに急接近してしまった。目の前に、戸神さんがいる。いや、もうあと少しで体が触れてしまう。私は急に高鳴る胸を抑えることが出来なかった。サラリ、と戸神さんの長い髪が私の頬に触れた。その髪から、強い戸神さんの香りがした。隣を歩いている時に、時々香る戸神さんの香りが、今、強く漂っている。その香りに、私はドキドキしてしまった。私は顔を俯けて、なるべくその香りから離れるようにした。


「ごめんね、彩葉。大丈夫?」


 さっきとは打って変わって、少し張り詰めた声が上からした。私は顔を上げようにも上げられず、


「……はい、!大丈夫です!」


 と、声だけで返事をした。どうやら人が降りていったようで、エレベーター内は空いた様だった。戸神さんが小さくため息をついて、私から離れる。私はなんとかやり過ごした、と安堵の吐息をこぼした。エレベーターはそのまま最上階に上がっていき、ゆっくりと止まった。前から人が降りていくのを待ち、私達は最後にエレベーターから出た。ほんの数分にも満たない空間だったのに、私はなんだかとんでもない体験をしてしまった気分だった。エレベーターを降りると、戸神さんは困った様に笑った。


「人、多かったね。思わず参っちゃったよ」


 私は戸神さんの声にこくりと頷いた。


「戸神さん、大丈夫でしたか?気分とか悪くなってたり……」


「ああ、大丈夫大丈夫、心配しないで。久しぶりだからちょっと参っちゃっただけだよ」


 そう言って笑う戸神さんは、またあの完璧な王子様スマイルをしていた。私はこの笑い方をする時の戸神さんを疑い深く見ている。きっと、無意識に取り繕ろうとしている時だろうから。せめて、私といる時ぐらいは、本心で笑っていてほしいのだ。日が浅くても、義理でも、私達は家族なのだから。そんな思いを胸にしまい、私もその笑顔に応えた。


「無理しないでくださいね、家族なんですから」


 家族なんだから。そう口から出た言葉は、戸神さんに果たして届いたのだろうか。戸神さんは、やっぱりあの王子様スマイルのままで、「うん、ありがとう」と笑うだけなのだった。それが、ほんの少しだけ、私の胸を締めつけた。

____________________

 映画館は休日ということもあって、人混みでごった返していた。私達はチケット売り場の長蛇の列に並び、順番を待った。周りにはカップルや友達同士が多いような気がした。側から見れば、私達はどういう二人に見えるだろうか。友達同士、とか。流石に姉妹だとは思われないだろうな。私達は、どこにでもいる女の子に見えるだろうか。ただの女の子になれているだろうか。そんな事をふと考えていた考えてみれば家と学院を往復する毎日は、私を〈女の子〉にする事を許さなかったように思う。学院では勉学と部活、家では家事と母の面倒。私はいつの間にか、着たいと思っていた服も食べたいと思っていたスイーツも全て忘れていた。そんな事を、今になって思い出していた。思えば、戸神さんが来てからというもの、少しだけ余裕が増えたように思う。それは戸神さんが家事を手伝ってくれたし、母との間も何回か取り持ってくれる事があった。それに、戸神さんと話していると、なんだか年頃に戻れたような気がする。そんな些細な事が、私は嬉しかった。そんな事を考えているうちに、チケットの列はだいぶ前に進んでいた。戸神さんは周りをキョロキョロと見渡していた。


「戸神さん、?何かありましたか?」


 私がそう尋ねると、戸神さんはすぐにこちらを向いて笑いかけてくれた。


「ああ、僕さ、こんな人が多い所に来るの、初めてなんだ。だから、人、多いなあ、と思ってさ」


 そう言って戸神さんはまた笑ってみせた。それはさっき話していた、一人で外出出来なかったせいなのだろうか。思うに戸神さんはちゃんとしたお家の娘さんだから、きっと習い事に勉強に忙しくて遊びに行くことなんかなかったのだろう。私はそんな戸神さんを、やっぱり窮屈だろうなと思った。その思いは、私の声を突いて出ていた。


「戸神さんは、窮屈だなって感じた事、ありますか?その、お家のことで」


 戸神さんはその質問を聞いてうーん、と悩んでいた。


「どうだろう、そもそも外に出るって発想が無かったんだよね。だから、あんまり窮屈とかは……」


 と、言ったところで戸神さんは思う出したように「あ、」と言った。


「でも、お嬢様って言われるのは、苦手だったなあ。服とかもゴスロリっぽくてさ、なんか性に合ってなかったんだ」


 私はへえ、と頷いた。戸神さんは実家ではゴスロリっぽい服を着ていたんだろうか。それは、なんというか、ちょっと意外かも……。


「戸神さんって、家ではワンピース着ていたんですか?」


 そう言うと戸神さんは「あー」と言って、苦笑いした。


「家ではむしろズボンなんて履いた事なかった。というか、お父様がダメって言ってたような気がするなあ。多分。あ、次だ。行こう」


 戸神さんはそう言うと、いつの間にかチケットを取り出していた。そうしてそのまま売り場に向かっていった。戸神さんが実家ではワンピースを着ているらしいと言う話は、そこで終わりになってしまった。


 戸神さんはどこからか購入したかわからないチケットを売り場に出した。受付の方はすぐにそれを受け取って、確認した。


「はい、確認しました。ではお席の選択をお願いします」


 そう言ってレジ横のタッチパネルに席が表示された。私たちはそれをじっと見た。


「やっぱ埋まってるね。彩葉はどこがいい?」


 戸神さんにそう聞かれ、私はうーんと悩んだ。席はほとんど待っていたが、真ん中の所が空いていたのでそこにする事にした。


「じゃあ、ここで。いいですか?戸神さん?」


「うん、大丈夫だよ」


 それを受付の人に伝えると、


「はい。ありがとうございます」


 と、処理をした後にチケットを発行した。


「では13時20分からになります。チケットの紛失にはお気をつけください」


 そう言って私はチケットを受け取り、受付を出た。


「まだ時間あるね。ちょっとぶらぶらしようか」


 そう言って戸神さんは私の手を引いた。

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