5-5 ハッピーデイト


 目覚ましの音で、目を覚ました。クーラーの稼働音と目覚ましの音がやけに部屋に響いている。カーテンから漏れた太陽の光が、ワンピースに差し掛かっていた。私はそれを見て、ようやくデート当日を迎えたんだと意識がはっきりした。布団から手を伸ばして携帯の目覚まし音を止める。


 6:30


 部活も何も無い休日に起きるには、少々早すぎるが今日は特別だ。私はスッキリとした体を起こして、ベットから降りた。そうしてカーテンを開ける。カーテンの先には溢れんばかりの眩しい太陽が、外を照りつけていた。


「今日も厚そうだなあ」


 私はそんな事を呟きながら、ワンピースに目をやった。こんな暑い日には、このワンピースはよく映えるだろう。涼しげでいい感じだ。私は、うんと背伸びをした。


「さあ、頑張らなくちゃね!」


 そう言って自分に気合を入れる。なんだって今日は、戸神さんとのデートの日なのだから。

―――――――――――――――――――

 私はパジャマから軽いTシャツと短パンに着替え、髪の毛を三つ編みにしてから、部屋を後にした。一階はクーラーがついていないので、蒸し蒸しして暑い。私はじんわりと汗をかきながら、リビングのクーラーを入れた。そうして洗面所に行き、身だしなみを整える。夏の洗顔は気持ちがいい。冷たい水が顔に当たる感触は、暑い夏には最高なのだ。私はつかの間の洗顔を楽しんだ後に、歯を磨いた。歯磨きも私は好きだ。口内がスッキリすると、気持ちもスッキリする。私はそんなこんなで身支度を終えて、リビングに戻った。リビングにはまだ誰もいなかった。お母さんは相変わらず、戸神さんのお父様の所だろう。戸神さんはまだ降りてきていないようだった。私は今がチャンス、と思い、キッチンに入った。キッチンの電光灯をつけて、エプロンを着る。さて、今日の朝ごはんは何にしようかと考える。パンもヨーグルトもあるけれど……。炊飯器を覗くと、昨日のご飯の残りが入っていた。うん、これだ。私はそう思いつくと、炊飯器から釜を出してキッチンのテーブルに置いた。最近はパンにヨーグルトにサンドイッチばかりで、朝ごはんにご飯を食べていなかった。たまには朝からおにぎり。海苔もつけて。それと目玉焼きにウインナー。お味噌汁。なんて言うのもいいだろう。私はそう決めると、早速準備に取り掛かった。


 味噌汁用のお湯を鍋で沸かしている間に、隣で目玉焼きを作る。最近はスクランブルエッグばっかだったなあ、と思い返しながら、私はフライパンに卵を落とした。そうして蓋をして焼いているうちに、沸いたお湯にステックのだしと、豆腐、乾燥ワカメを入れる。これはそのままもう一度沸騰させる。あとは味噌を入れるだけの状態にしたら、今度は目玉焼きだ。久しぶりに作ったから上手くできてるかと心配になりながら蓋を開けると、ちゃんと美味しそうな目玉焼きが出来ていた。私はそれをお皿に取り分けた。そうしてそのままウインナーを焼く。朝のウインナーは格別に美味しい気がする。そうして焼き目をつけている間に、味噌汁の仕上げだ。最後に味噌を大さじ二入れて、ゆっくりと溶かす。味噌が解けて全体に行き渡ったら、味噌汁の完成だ。そんなことをしている間に、ウインナーには美味しそうな焼き目がついている。ウインナー達をフライパンから上げて、目玉焼きの隣に乗せてあげる。これでおかずも完成だ。最後にメインが待っている。私は手を洗ってから水を用意して、しゃもじでご飯をすくい手に乗せた。そうして三角のおにぎりを作る。今日はおかずがあるから、具なしの塩おにぎりだ。そうして一個、二個とおにぎりを作っていた時だった。階段が軋む音がして、人影が見えた。


「おはよう、彩葉」


 目を擦りながら、戸神さんが二階から降りてきたようだった。私はキッチンから


「おはようございます!戸神さん!朝ごはん出来てますよ」


 と声をかけた。戸神さんは直ぐに


「顔洗ってくる!」


 と言って洗面台に駆け込んで行った。私はそんなに急がなくてもいいのに、と戸神さんの背中を見て笑いながらおにぎりを完成させた。


 キッチンから台所に完成させた料理を次々とテーブルへ運び、朝ごはんの準備を完成させた。戸神さんはまだ身支度を整え中のようなので、私は使ったフライパンなどを洗って戸神さんを待った。その頃にはリビングのクーラーも効いてきてk、快適な空間が出来上がっていた。


「ごめん彩葉、お待たせ」


 丁度片付けを終えたところで、戸神さんが洗面台から帰ってきた。あの寝ぼけていた顔とは一転変わって、いつものシャンとした戸神さんの顔になっていた。


「いえ、今準備がおわったところでした!さあ、いただきましょう」


 そう言って私はコップに麦茶を注いだ。戸神さんは姿勢正しく椅子に座っていた。私も椅子に座り、手を合わせる。


「それでは……」


 戸神さんも手を合わせる。


「「いただきます」」


 戸神さんはお箸でおにぎりを割いた。そっか、戸神さんは潔癖症だったんだっけ。気づけばその手には、今日も例外なく黒い手袋が付けられていた。潔癖症だとおにぎりも素手で食べられないのか、と私は少しだけ戸神さんを不憫に思ってしまった。そんな事を考えているうちに、戸神さんはおにぎりを口にしていた。


「ん!塩おにぎりだ。シンプルが結局一番美味しいよね、美味しい」


 戸神さんはそう言いながら、おにぎりを頬張っていた。戸神さんはいつもご飯を美味しい、美味しいと言って食べてくれるので、作り手も作った甲斐がある。


「お口にあってよかったです、たまには朝から和食もいいですよね」


 そう言うと戸神さんは、目を細めて笑った。


「うん、でも彩葉の和食が一番好きだよ。今まで食べたどんなものよりも美味しい」


「……!!」


 戸神さんはいつもサラリとそんな事を言ってみせる。自覚があるのかないのかわからないが、そんな言葉一つ一つが女の子を虜にするのだろう。


「もう!何言ってるんですか……!ほら、早く食べましょう」


 そう言って私は戸神さんにご飯を勧めた。





「ご馳走様でした」


「はい!お粗末さまでした!」


 そう言って私達は朝ごはんを食べ終えた。戸神さんは毎食、きちんと完食してくれる。私はそれが嬉しかった。戸神さんは椅子から立つと、お皿を重ねてキッチンに運び始めた。


「後片付けするね、あ、何時から行く?」


 戸神さんがキッチンからそう呼びかけてくる。私は咄嗟に時計を見た。


「えーっと……」


 時計は9時を指していた。映画の時間は確か……。


「映画は12時からだよ」


「なら……、10時くらいでどうですか?」


「うん、いいね。せっかくだから彩葉といろんなところ見て回りたいし」


 そうと決まれば話は早い。私も椅子から勢いよく立ち上がった。


「戸神さん、10時に下で待ち合わせましょう」


「うん、わかった」


 そんな会話を交わして、私は二階に上がった。

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