5−4 デートの準備は入念に


 そんな訳で、来週の週末に映画に行くことになった。戸神さんがどうしてチケットを持っていたかを聞きそびれたが、まあ、戸神さんも映画が気になっていたらしいしお互い丁度よかったと思う。だが、来週の週末に行くと取り付けたはいいものの、デートなどしたことのない私にはとんでもない壁が立ちはだかっていた。


 それは部活内での事だった。

 私は熱帯魚係だったので、熱帯魚達に餌をあげた後、ゆっくりと魚達を見ていた。熱帯魚達は毎日変わらずふよふよと水を漂っている。こんな水槽の中じゃ暇じゃないかと思ってしまう。が、熱帯魚達は案外そんなこともなさそうだった。そんな時だった。


「あれ、桜宮先輩。今日はなんだか楽しそうですね」


 そこを通りかかった後輩が、そんなことを言って話しかけてきた。私は思わず熱帯魚から目を離し、後輩を見た。


「……え、そう?いつもと違う?」


 そう尋ねると後輩は笑顔で答えた。


「はい!なんだか浮かれてる?って感じです。先輩、何かいいことでもあったんですか?」


「へ、いい事?いいことなんて……」


 その時、ふと私は戸神さんとのデートの約束を思い出した。


『だから、どう?僕と映画デート』


 も、もしかして私、戸神さんとのデートで浮かれてる!?どうしよう、後輩に指摘されるなんてそんなに顔に出てたのかな……!?


 私は恐る恐る後輩に尋ねた。


「あの、私、そんなに態度に出てた?」


 後輩はうーんと悩んだ。


「うーん、まあそうですね。あ、ほら、遊園地のアトラクションの順番待ちをしてる子供みたいな?あ、先輩が子供って言う訳ではないですからね!」


「な、何それえ……!」


「せ、先輩?!」


 私はそんなに浮かれていたのか、戸神さんのとデートが楽しみなのか。後輩にわかるほど態度に出ている自分が恥ずかしくなってしまった……とか。



 家事をしている時にも、そんなことがあった。


 洗濯物を干している時だった。私はまた物干し竿に手を伸ばしていた。戸神さんに頼って、と言われているのはわかってるが、それでも今は夏休み。わざわざ部屋でゆっくりしている戸神さんを呼び出して、洗濯物をさせるわけにはいかない。それに私だって洗濯ぐらいできる。そんな変なプライドで、私は届かない物干し竿に手を伸ばしていた。


「あ、またやってる」


「あっ、!」


 私が反応するより早く、洗濯物は物干し竿にかけられてしまった。渋々後ろを振り向くと、そこにはやっぱり戸神さんがいた。戸神さんはニコニコして私を見ている。


「戸神、さん……」


「もー、彩葉。届かない時は僕に言ってって言ったのに〜!いいよ、彩葉。あとは僕がやるよ」


 そう言って戸神さんが私の肩に触れた時だった。


「……!!」


「え、」


 私は戸神さんに触れてしまったせいで、顔が赤くなってしまった。


「……あ、ごめんなさい!」


 そう言って私は顔を隠しながら、後ろに下がった。デート、と言われてからと言うもの、戸神さんの事を妙に意識してしまう。ほら、こうして触れられると、なんだか体がほてってしまう。私は戸神さんに顔を見られないようにした。


 すると戸神さんは私の背後に回って、私の肩を持った。


「なっ、戸神さ……」


「彩葉?なんか緊張してる?」


 そう言って戸神さんは私の肩を揉んでくる。私はされるがまま、ただ肩を揉まれていた。戸神さんは程よい力で私の肩をマッサージしてくれている。


「肩凝ってるね、最近頑張りすぎじゃない?」


 そんな事を言いながら、戸神さんは笑った。


「緊張はしてない、ですけど……」


 そう言うと戸神さんは「そっかあ」っと言って、私の肩を揉むのをやめた。私は戸神さんに触れられていたのがドキドキしていたので、安心して肩を下ろしてしまった。その時だった。戸神さんは私の耳元に顔を寄せた。


「ねえ、彩葉。さっきからどうしちゃったの?」


 低い声が私の耳を撫でる。私は思わず俯いて、言葉に詰まってしまった。戸神さんはそんな私の様子に構わずに、言葉を続けた。


「ずっと緊張しているし、なんだかそわそわしてる。ねえ、もしかして……」


「きゃっ……!」


 戸神さんは私の耳元にさらに近づいた。


「意識、してくれてる?デート」


 その言葉は私の耳から入って体を駆け巡り、私の心臓を突き刺した。私は思わず反応して、言葉を返してしまった。


「い、意識なんて……!」


「も〜、素直じゃないなあ、彩葉は。嬉しいな、僕。彩葉がそう言って意識してくれるなんて」


 戸神さんは嬉しそうに言った。私はどう反応することも出来ず、ただそこに立ち尽くしていた。戸神さんはそんな私の様子を察したのか、私からゆっくりと離れた。


「あんまり混乱させるのは、良くないから。この続きは、デートで、ね?」


 そう言うと、戸神さんはヒラヒラと手を振ってそのまま二階に上がっていった。


 私はただそこに立ち尽くしてしまった……とか。


 とにかくデートと言われてから私は、無意識にそれを意識してしまっているようだった。部活でも指摘され、あるまじきことか戸神さん本人にまで言われてしまって、私は恥ずかしい限りだった。

___________________

 だが、そんな私を差し置いて時間はすぐに経ってしまう。部活に家事にと追われていたら、気づけばデートの前日の日になってしまっていた。その夜、私は夕ご飯の片付けを戸神さんに任せてお風呂に入った。いつもより入念に体を洗い、髪の毛も綺麗になるように洗った。なんだって明日はデー……、トだし、戸神さんの隣を歩くのだ。ちゃんとしなければいけない。結局私はいつもより三十分も長く入った。


 その後、髪の毛を乾かして私は部屋に戻った。そうしてクローゼットを思い切り開いた。


「さて、何を着て行こうか……」


 デート、って何を着ていけばいいのだろう。私はそれで頭を悩ませた。やっぱりワンピース?それともたまにはパンツスタイル?と言うかそもそも戸神さんってどんな服が好きなんだろう?可愛い系かな?やっぱり……。それならこの服がいいかな……。そう考えながら、私はクローゼットからワンピースを何枚か取り出した。ワンピースは実は母の趣味で買ってもらったものだ。私には少し可愛すぎるので普段は着ないのだが、こんな日ぐらいはいいのかもしれない。さて、ワンピースを着ていくと決まったところで、候補の中からどれにするか……。


 ピンクをモチーフとしたフリルの多い、なんだか、メイド服みたいなワンピース。水色と白のコントラストが綺麗な夏らしいワンピース。少し落ち着いたグリーンを使った、和風のワンピース。大人っぽく肩が出ている、紫の丈が短いワンピース。


「うーん、と。どれが好き、かなぁ……」


 私はそんなワンピース達を前に頭を悩ませた。ピンクのワンピースはあまりにも可愛すぎるような気がするし、紫のワンピースでは少し露出が多い気がする。やはり時期的には……


「夏、だしね……」


 そう言って私は水色と白のワンピースを手に取った。露出もそんなにないし、丈も十分長いし、デザインも可愛い。私はワンピースをにらめっこしながら、鏡の前に立った。ワンピースを自分に合わせてみる。


「似合う、よね?」


 鏡に問いかけても誰も答えない。が、私は決断をした。


「うん、これにする!」


 そう決めて、私はワンピースをハンガーにかけた。時計を見ると、もう九時を回っていた。


「いけないいけない、夜更かししたら」


 私はワンピースに合うアクセサリーを何個か選び、準備を終えるとベットに入り込んだ。


「明日は、楽しい日になるといいな……」


 私は微かな期待に胸をふくらませながら、目を閉じた。

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