5-3 first dateを頂戴
私はその言葉に、聞き返した。
「で、デートですか?」
そう尋ねると戸神さんは機嫌が良さそうに、こくりと頷いた。
「そう、デート。実はさ、僕もこの映画気になってたんだよね」
そう言って戸神さんはチケットをチラチラ揺らす。私はその指先をじっと眺めていた。
「だから、どう?僕と映画デート」
その言葉に私はうーん、と考え込んでしまった。今までに友達と遊びに行った経験があったらよかったのだが、残念ながら私にはその経験がない。そのせいで戸神さんに迷惑をかけてしまわないか、とても心配だ。それに人と遊びに行くと言う感覚がよく掴めない。あれ、人の隣を歩くってどんな感じだったっけ。私はそんなことさえもわからなくなって、さらに混乱してしまった。
「え、えっとお……」
そう言って私が目を回していると、戸神さんは私の顔を覗き込んだ。
「あ、もしかしてデート初めてだった?」
じゃあ逆に戸神さんは豊富なんだろうか。関係のないことしか頭に浮かばない。これでは返答もままならないではないか。私は取り敢えず戸神さんの問いに、渋々こくりと頷いた。
「あ、そうなんだ。ごめんごめん、混乱させちゃった?」
私は頭を抱えて戸神さんに尋ねた。
「その、戸神さんはデート経験はあるんですか?」
その言葉に戸神さんは目をまんまるくした。そうして髪を少しだけ手で乱した。
「あー、えっと、なんて言えばいいのかな……。うん、まあ、一応経験はある。どっちとも」
今度は私がその言葉に目を丸くする番だった。
「どっちともって……」
やっぱり戸神さんは男女問わずモテていたんだなあ、なんて私はぼんやりと考えていた。
「まあ、話せば長くなるんだけど、気になる?」
戸神さんは困ったように尋ねてきた。私は戸神さんへの気遣いよりも好奇心の方が優(まさ)ってしまった。聞いてみたい、戸神さんのデート話。
「……気になります、とても!」
そう言うと戸神さんは「わかった」と言って、ぐるりとソファーの後ろを周り、私の隣に腰を下ろした。ソファーが二人分の重みで沈む。戸神さんはテーブルにチケットを置くと、足を組んだ。
「うーん、いつの話が聞きたい?僕としては好きな子にデートの話って、元恋人の話してるみたいで気恥ずかしいんだけどな」
「ごほっ!!」
す、好きな子って……!あ、そうか、例えか。ただの比喩か。なんだ私、勘違いなんかしちゃって恥ずかしい。
「え、もしかしてこの期に及んで、まだ僕が彩葉以外を好きだと思ってる?」
「え……?」
空気が固まるような感覚がした。どうして私の考えが筒抜けなんだ。
「あ、いや、その……」
「僕の好きな人は彩葉なのは前提でしょ?彩葉もそのつもりで聞いてよ」
戸神さんはそう簡単に言い退けて見せた。かくいう私はそんな真っ直ぐに好きだなんて言われるのは初めてで、反応に困ってしまった。顔が赤くなるのがわかる。
「戸神さん、あの、お気持ちは変わってたりは……」
「え、しないけど?」
うう、恥ずかしすぎる……。そんな真っ直ぐに言われて私はどうしたらいいんだ……。そんな事を考えていると、戸神さんは私に少しだけ顔を近づけた。
「ちょ、と、戸神さ、!」
「彩葉」
戸神さんは真っ直ぐと私を見つめた。
「デートの話よりさ、僕がどれだけ彩葉を好きかって話、しよっか」
低い声で戸神さんは笑いながら囁く。私はその綺麗な顔に見惚れてしまっていた。
「選んで彩葉、どっちがいい?」
「え、あの……」
「彩葉が選ばないなら、今から彩葉を口説こうかなあ」
「……デート、!デートの話、聞きたいです!」
「あ、そう?」
私がそう言うと戸神さんは納得したように、私から離れた。私はやっと一安心した。
「えー、でもデートの話って言ってもねえ。何があるかなあ……」
そう言って戸神さんは首を傾げた。戸神さんはやっぱり話しにくそうにしていたので、私から質問を振ることにした。
「あ、そうだほら!デートは戸神さんから誘ってるんですか?」
そう尋ねると戸神さんは、ソファーの背もたれに背を任せた。
「うーん、僕から誘った事はないかな。大体相手からだったよ」
「あ、そうなんだ!あ、でもデートに誘われるなんて、戸神さんは人気だったんですね」
戸神さんはふふ、と笑った。
「まあ、好かれているって自覚はあったよ。それはまあまあ、ね」
そう言って戸神さんはまた笑った。私は続けて質問した。
「どんな方とデートしたんですか?」
「どんな人?うーん、」
そう言って戸神さんは考えた。私は昔のことを思い出す戸神さんの顔をじっと見ていた。
どうして、そんなに切なそうな顔をするんだろう。
さっきから笑うときも考えるときも、戸神さんはどこか辛そうなのだ。やっぱり過去の話なんて、戸神さんは嫌だったんじゃ……なんて考えてしまう。
「可愛い女の子もかっこいい男の子も。女の子と行く時は最低限のリードはしたし、男の子と行く時は逆にしおらしくしてた。ね、なんかこんな気の使い方をしてるの変だよね」
「え、いや、そんな事……」
「ほら、僕のイメージ像ってなんかあるでしょ?そういうのは崩さないようにしてたから」
そういう戸神さんは、本当に切ない顔をしていた。どこか痛そうな、辛そうな顔。私はこんな事、言ったらいけないと思ったが口は先に動いた。
「楽しく、なかったですよね」
「え、」
私は止めずに続けた。
「誰かに気を使い続けるデートなんて、楽しくないですよ」
私は静かに笑って見せた。
「戸神さんが楽しいって思えないデートなんて、デートじゃないですよ」
言ってしまった。でも後悔はしていなかった。だってそんな、戸神さんが苦笑いしているのにも気づかないデートなんて、そんな相手を気遣えない人とのデートなんて、楽しくないじゃないか。それはデートなんかしたことのない私でも、わかった。
「楽しいデートの思い出、なんて言わなくても大丈夫ですよ」
戸神さんはただ私の言葉を黙って聞いていた。今度は私が顔を伺うように、戸神さんの顔を覗き込む。すると戸神さんはすぐにこちらを向いた。そうして私に手を伸ばした思えば、私の肩に顔を埋めた。私はそんな戸神さんがとても弱々しく見えてしまって、何も言えなかった。
「おかしいな。彩葉には、カッコ悪いところばっか見せてる。ごめん」
私は首を横に振った。
「パーティーの時、助けてくれたじゃないですか。ラストダンスも踊ってくれました。十分かっこいいです」
「でも今こうして、彩葉の肩を借りてる」
私は戸神さんの背中に、手を添えた。
「いいじゃないですか、借りても。忘れたんですか、家族になるって言ってくれたの」
そう言うと戸神さんは、あははと笑った。
「こんなのも、家族?」
私は頷いた。
「はい、こんなのが家族です」
私は戸神さんの背中を撫でた。
「戸神さんが弱くなれる場所が、ここにあります。家族だから、支え合うのは当たり前です」
戸神さんは何も言わなかった。私もただ戸神さんの背中を撫でた。そんな時間が流れた。しばらくして戸神さんが口を開いた。
「彩葉、僕とデートしてください。完璧な、楽しいデートにするから」
私はあはは、と笑った。
「そこに戸神さんが楽しめる、も追加してください。せっかくだから、戸神さんが楽しくて仕方がないデートにしましょうよ」
そう言うと戸神さんも笑った。そうして頭を上げて、私を見た。
「うん、そうだね」
「じゃあ決まり、ですね!」
「うん」
そう言って笑った戸神さんは、年相応の笑顔をしていた。やっぱり戸神さんにはそっちの笑顔の方が似合う。私は心の奥でそっと、そう呟いた。
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