5-1 バカンス★急接近
7月下旬。白草女学院は開校記念パーティーも終え、本格的な夏休みを迎えた。生徒のほとんどは寮で優雅な夏休みを過ごしていることだろう。一応部活もあるし三年生は受験対策があるので、学院自体は生きているけれど。
かく言う私は今年も変わらず、課題と部活と家事に勤しんでいた。家事と部活の繰り返しの毎日。時間が空いたら課題。勿論勉強も怠らない。こんな夏休みは、もう中学生の頃から続いていた。家で一人、カレンダーを眺める毎日。私は家より学校の方が好きなのだ。友達もいる、授業もある。何もかもし尽くして、やることがなくただ呆然としている家での時間はとても苦手だ。何かやっている方が、落ち着く。部活に入ったのも、なるべく家にいたくないという、そんな理由だったし。お父さんとかつてのお母さんがいたあの家はもうここには無いのだ。空っぽの家に、一人で思い出の写真を眺める時間はあまりにも辛すぎる。そんな理由で私は夏休みをなるべく忙しくなるように過ごしていた。ただ、今年からは違う。
「彩葉、掃除機かけていい?あ、ゴミ捨てもやるよ」
「……お願いします」
そう、戸神さんが居る事だ。戸神さんがこの家に転がり込んできてから、早くも一ヶ月が経った。戸神さんが来てから本当に色々あって、お陰で六月は退屈しなかった。主に学院での出来事だったが。ただ、戸神さんとは同居をしているのだ。学院だけではない。夏休みならではの、問題が発生するのだ。
「あ、彩葉。髪にゴミが付いてる。ちょっとごめんね」
「……っ!」
「はい、取れたよ!」
それは戸神さんは、距離が近い事だ。学院でもそうだし、それは家でも変わらない。むしろ、家ではもっと近いような気がする。私はそんな距離の近さに毎回ドキマギさせられているのだ。しかも、告白(?)されている手前、意識しないわけにもいかない。
どう接すればいいのかわからない
なんて、ずるずると思っていたらもう一ヶ月も経っていたのだ。それでも私はまだ、戸神さんにどう接していけいいのかわからずにいる。考えただけじゃ、良い案なんて浮かぶはずもない。考えている合間にも。戸神さんとは顔を合わせなきゃいけない訳だし。とにかく、夏休みの私の目標は、あまり戸神さんに近づきすぎない事だ。こうして急に触られても、あまり反応しない……。それを徹底するべきなのだ。ただ、私のそんな信念は戸神さんの前では意味を成さないのを、私は思い知る事になる。
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例えば、朝のお庭の手入れの時。
「朝顔も植えた事だし、しばらくはこのままでいいかな……」
そんな独り言を言いながら、私はお花たちに水やりをしていた。今日も今日とて七月の暑い太陽が、私たちを丸ごと照り付けてくる。
「うん、今日もいい天気」
そんな事を言って、太陽に手をかざした時だった。玄関の扉が開いたかと思えば、そこには戸神さんが立っていた。
「あれ、戸神さん?」
戸神さんは手に麦わら帽子と、何かの服を持っていた。もしかして手伝ってくれるんだろうか。
「戸神さん?どうしたんですか?」
呑気にそう尋ねると、戸神さんは黙ったままずかずかと私の前まで来た。
「と、戸神さん?」
私がその勢いに驚いている、あっという間に私の前に来た戸神さんは、途端に私に麦わら帽子を被せた。そうして手に持っていたものを、私に被せる、それは薄いパーカーだった。私は何が何だかわからず、戸神さんを見上げた。私に帽子とパーカーを被せ終えた戸神さんは、ようやく口を開いた。
「彩葉!駄目だよ、日焼け対策もせずに外に出たら!」
戸神さんは私に顔を近づけて、そう言った。私は何のことかわからず、首を傾げた。
「ひ、日焼け?」
そう聞き返すと、戸神さんはパーカーの間から私の腕に触れた。ひんやりとした感触が、肌に伝わる。
「彩葉はせっかく綺麗な肌をしてるんだから、ちゃんとお手入れしなきゃ。まあ、焼けた肌も彩葉には似合うだろうけど」
「は、はい……」
そう返事すると、戸神さんはどこからか取り出したタオルで私の汗を拭いた。
「白い陶器みたいな肌。誰よりも綺麗だよ。だから、大切にして」
そう言って戸神さんは私に王子様スマイルで笑いかけた……とか。
例えば、洗濯物を入れる時。
「あ、届かない……」
バスタオルを少し高いところに干したはものの、無理して高いところに干したせいで今度は入れることが出来ない。私は釣り干し竿に一生懸命手を伸ばした。体が前のめりになって、足もつま先立ちになる。
「あと、もう少し……」
そう言って、バスタオルに手を伸ばした時だった。
「……うわっ!」
急に後ろからお腹を抱えられる感覚がした。そうして目の前からバスタオルが消えていた。驚いて後ろを見ると、そこには戸神さんがバスタオルを持って立っていた。
「戸神さん?!」
戸神さんは私のお腹から手を離すと、今度は腰に手を当てて私をグッと近づけた。
「彩葉、」
近い距離に私はどきどきしてしまう。何も言えずにいると、戸神さんはゆっくりと口を開いた。
「危ない事しないでよ。ひやひやしちゃった。僕だったら釣り竿ぐらい届くから、今度から僕に言って。ね?」
どうやら私が手を伸ばしていた所を見ていたらしい。私は戸神さんの言葉にただ、うんうんと頷いた……とか。
とっておきは夕食を作っている時だった。
「よし、完成!」
夏、と言う事で私は夏野菜カレーを作っていた。きゅうりにトマトと野菜をふんだんに使ったカレーだ。きっと栄養もたくさんだろう。私は満足な完成度に微笑みながら、味見をしようと小皿を取り出した時だった。
「おお、きょうはカレーか。いいね、美味しそう」
後ろからそんな声がして、私は思わず振り返ろうとしたが、やめた。戸神さんは私とピッタリくっつくぐらい近く、背後に立っていたのだ。私が驚いている間に、戸神さんは私の手から小皿を取っていた。
「味見、してもいい?」
「あ、はい!」
戸神さんは私に小皿を差し出したので、私は小皿にカレーのルーを入れた。戸神さんは私の耳元のすぐ近くでそれを啜(すす)った。戸神さんの吐息が首にかかる。私は思わず赤面しそうになるのを我慢した。戸神さんはカレーを味見すると、
「うん、美味しい!流石彩葉だね、ご飯が楽しみ。あ、ご馳走様、彩葉」
そう言って戸神さんは小皿を置いて、リビングに行った。
「……」
私は戸神さんの吐息が忘れられず、今度こそ赤面してしまった。
「もう、なんでこんなに……」
私はカレーの様子を見るのも忘れて、赤面していた。
と言う訳で、戸神さんに極力近づかない、なんて目標は叶えられることはなかった。私は戸神さんの距離の近さに、まんまと翻弄されているのだ。
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そんなこんなで今年の夏休みは、私にとって波乱な始まり方をした。どこにいても戸神さん。そんな毎日だ。そうして私はそんな戸神さんの行動にいちいち反応してしまうのだ。ただの距離が近い人、で終わればいいのだが、そうじゃない。
『会って早々だけど、桜宮さんが好きなんだ。僕の恋人になってくれない?』
なんて事を出会って早々言われている身なのだ。反応しない事など出来ない。どうしても意識してしまう。やっぱりこんなに距離が近いのって、こんなに優しいのって、こんなに意識してくれてるのって、私の事が好……。なんてそこまで考えてしまう。そんなこんなで私は戸神さんに翻弄されながら、夏休みを過ごしていたのだ。
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