4-8 嫉妬
パリーン
シャンパングラスが無惨にもバラバラに割れて、床に破片と飲み物が飛び散った。周囲から驚いたような、悲鳴が上がる。先輩達が何事かと動揺したように、私を見ていた。
「お嬢様、お怪我はありませんかっ!?」
そう言って、近くにいたメイドさんが私に駆け寄った。
「……あ、ごめんなさい、私っ」
少しの時間遅れて、私はやっと言葉を発っする。周囲からの目線、ざわめき、完全に悪目立ちしてしまっていた。私はただ、その場に固まる事しか出来なかった。
「大丈夫、彩葉ちゃん。怪我はない?」
気づけば白幸先輩が隣にいて、優しく私に問いかけてくれた。
「あっ、はい。白幸先輩、すみません。私……」
そう言うと白幸先輩はゆっくりと首を横に振った。
「いいのよ、彩葉ちゃん」
その顔は本当に優しく、天使のような笑顔だった。白幸先輩は私を背中に隠すと、メイドさんに
「すみません、彼女に新しい飲み物を」
と、お願いした。メイドさんは手際よく片付けてくれたようで、割れたシャンパングラスを片付けを終えて白幸先輩のお願いに
「はい、かしこまりました」
と律儀に答えていた。そうして私に一礼して、
「お嬢様、少々お待ちくださいませ」
と言って、その場を後にした。白幸先輩はその場を見渡すと、先輩達に向かって
「失礼しました。少し、気分が優れなかったみたいで。どうかお気になさらないでください」
と、声をかけた。その言葉を聞いて、先輩達はこちらを見るのをやめた。私は白幸先輩の背中に隠れていることしかできなかった。そうしてまた平穏な空気が流れ始めた所に、私に「戸神さんの親戚か」と尋ねた先輩が私と白幸先輩を凝視していた。しばらく白幸先輩とその先輩が睨み合う。私は、私のせいで白幸先輩に何か危害が加わるのではと心配でならなかった。そうしてしばらく睨み合って、先に口を開いたのは白幸先輩だった。
「折角のパーティーです。醜い嫉妬はやめませんか?」
白幸先輩は堂々と言い放った。先輩は少し怯んだように見えたけれど、すぐに持ち直して笑みを浮かべた。
「醜い嫉妬?失礼ですわね、私(わたくし)にそんなのありませんわよ」
そう言って長い髪をさらり、と撫でて見せた。私はこの先輩と初対面だが、いかにもお嬢様なのを鼻にかけていてとても苦手だ、と感じた。その顔は自慢げに笑みを浮かべている。
「……ここの場で彩葉ちゃんが戸神さんの親戚である話は、関係ない事でしょう。話題を弁えなさい、と言っています」
白幸先輩は珍しい強い口調で、抗議した。私は今にも喧嘩が始まってしまうのではないかと、波乱な気持ちでいっぱいいっぱいだった。しかし、その先輩は動じずに私に目線を合わせた。
「私(わたくし)は是非、桜宮さんとお二人でお話したいですわ?」
そうして私に笑いかけた。
「ねえ、是非私(わたくし)とお話しいたしましょう?桜宮さん」
その瞬間、白幸先輩が声を荒げた。
「私の大切な後輩に、貴方のような方と話をさせる義理は……」
私はそう言う白幸先輩の手を引いた。
「白幸先輩……」
「彩葉ちゃん……?」
私は困惑している白幸先輩の背中から、白幸先輩を庇うように前に出た。
「……私も是非、お話ししたいです」
「ちょっと、彩葉ちゃん!?」
白幸先輩は動揺して、私の顔を覗き込んだ。
「良いのよ、こんな人相手にしなくても!」
白幸先輩は熱心にそう訴えてくれる。私は、その心遣いが嬉しかった。だからこそ、だった。
「良いんです、これ以上白幸先輩に迷惑かけられませんから。それに、自分の落とし前は自分でつけたいんです」
そう言って私は、目の前の先輩に向き直った。
「先輩、場所が場所ですからどこか別の場所でどうでしょうか?」
そうはっきりと言うと、先輩は頬を吊り上げて愉快そうに笑って見せた。
「ええ、そうしましょうか」
私はきっ、と先輩を睨んだ。けれども先輩は動じずに、ただ笑って見せていた。
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移動したのは、学年関係なく話せる談話スペースだった。色んな学年の人、先輩後輩が楽しく話をしている。私たちはそんな中、重々しい空気を漂わせてそれぞれスパークリングを手に取った。
「初対面ですけれど、乾杯いたしましょう?」
そう言って先輩はシャンパングラスを掲げた。私はそれに応じて、同じようにシャンパングラスを掲げる。
「では、乾杯」
「乾杯……」
そう言って私たちは、グラスを鳴らした。先輩は丁寧にスパークリングを口にしたので、私も真似して飲んだ。透明のスパークリングは、淡い林檎の味がしてほんのりと甘く美味しかった。先輩はスパークリングを飲み終わると、早速口を開いた。
「で、桜宮さん。貴方は少し前の噂をご存知?」
私は真剣な顔をして、その質問に頷いた。
「それは、先ほど先輩がおっしゃっていた事、でしょうか?」
そう言うと、先輩は目を伏せて「ええ」と答えた。私は先輩の次の言葉を待った。
「戸神さんが転入して、すぐに囁かれたわ。戸神さんの投稿初日からの、貴方への態度はみんなの注目の的だった。貴方は無頓着そうだけれど」
私はその言葉に何も返せなかった。実際その噂のことは知っていたし、戸神さんの転入初日の朝のことはよく覚えている。いや、あれを忘れるわけがない。戸神さんの、初めてのみんなへの
「宣戦布告の様だったわ、まるで。貴方を好きなんだと言う感情で溢れていた」
実際、あれは戸神さんの宣戦布告だったのだと思う。それは私から見ても、周りから見ても明白な事だっただろう。
「改めて聞くわ。桜宮さん、貴方は戸神さんの何なの?」
その質問には、私は何度も答えてきた。でも、言うべき事と言ってはいけない事がはっきりとある。私はそれに気をつけながら、言うべき事だけを口にした。
「私は戸神さんの親戚、です。それ以上でも、それ以下でもありません」
先輩はその言葉を、平然とした顔で聞いていた。そうしてシャンパングラスを揺らして見せた。
「そう、貴方はそう言い張るのね。でも、戸神さんはそうとは思っていないみたいよ?」
そう言って、視線を私に向ける。私はその視線にも、堂々として見せた。
「彼女、戸神さんが私の事をどう思うかは自由です。そして先輩方にも制限される事ではありません」
そう言うと、先輩はさらに笑みを深くするだけだった。
「じゃあ質問を変えるわ。貴方は戸神さんの事をどうお考えなのかしら?」
その質問は少し難しい。だって私の気持ちだから。私の気持ちを言葉にするのは、とても難しい。それが戸神さんなら、なおさらだ。だけれどはっきり答えるべき質問だ。私は息を吸って、答えた。
「私にとって戸神さんは親戚でクラスメイト以外の、何者でもありません。でも、親戚として大切だ、と言う気持ちはあります」
そう言うと、先輩は目を細めて
「それで……?」
と、続きを促した。
「戸神さんが私に好意を持っているのは、自覚しています。でも、私は彼女の好意に応えるつもりは、今のところありません」
そう言うと、先輩は顔を歪めた。
「彼女は学園の王子様、王子様が迎えにきた、なんてシチュエーションはみんな憧れるものよ」
「それでも私は答えられません。そもそも今は恋愛をする気はないんです。」
先輩は「へぇ」と言ってシャンパングラスを揺らして、一口飲んだ。私はそれをただ呆然と見つめていた。
「あんな熱い好意を受けて起きながら、突っぱねるなんて、貴方、意外に頑固なのね」
「私は自分の意思を押し通しているだけです」
そう言うと先輩は、ポケットから一枚の紙を出した。
「じゃあこれを見ても、貴方はまだ戸神さんの気持ちに答えないっていえる?」
その紙に映し出されていたのは、私と戸神さんが家に帰るところを撮った写真だった。
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