4-6 ダンスパーティ
「では皆さん、今年も白草女学院の開校パーティが開催できた事を記念して、乾杯!」
「「乾杯!」」
校長先生の一声でみんな一斉に飲み物を掲げた。舞台の上からはクラッカーが数本鳴らされている。全く派手なパーティである。私も表面上は笑顔を作って、飲み物を掲げた。そうしてぐいっ、と一気に飲んだ。桃の甘い味が口に広がる。私はあっという間にシャンパングラスを空にしてしまった。
「おお、いろりん!いい飲みっぷり!」
そう言って光がはやし立てる。
「光こそ、いい食べっぷりじゃない!」
そう言い返すと、光は「えへへ」と笑った。
会場にアナウンスが響く。
「6時30分より、ファーストダンスを始めます。ダンスを踊られる方は、会場の真ん中にお集まりください」
そうそう、開校記念パーティの醍醐味はこれなのだ。みんな和気あいあいとして、誰と踊るのか品定めをしている。私は生物部への挨拶を一旦諦めて、食事を楽しむことにした。寿司にカレーに麻婆豆腐、かぼちゃのパイ。和洋中全て揃っているようだ。夜は沢山食べるだろうとお昼を抜いた甲斐があった。私はお皿を手に持って、何を食べようか品定めしていた。その時だった。
「桜宮お嬢様、私とファーストダンスはいかがでしょうか?」
そう言って手を差し出された。横を見れば可憐な少女が私に手を差し出している。その顔は自信たっぷりと言ったところか。だが、私はそれを無下に振った。
「ごめんなさい。私、ダンスは踊らない主義なんです。他のお嬢様をお誘いください」
そう言うと光は残念そうに手を下ろした。さっきまでの可憐さはそこにいったのやら、といった感じだった。
「も〜、いろりんは今年もお誘いに乗ってくれなかったね〜!意固地なんだから!」
「だって踊れないんだもの、しょうがないじゃない」
「戸神さんとは踊ってたのにぃ……」
「あれは奇跡だから……」
そう、光はファーストダンスを毎年誘ってくれていた。踊れないと知っていても、私が踊らないと決めているのを知っていても、ご丁寧に必ず誘ってくれるのだ。それでも私は踊る気にはなれなかった。ダンスが下手な私が踊って、迷惑をかけてしまうんじゃないかと不安だったし、光に恥ずかしい思いをして欲しくなかった。そんな私なりの気遣いで、私は今年も光からのダンスを断った。そうして光が「ねえ、踊ろうよお」なんて言って駄々を捏ねていた時だった。
「あ、あのっ……」
私達に話しかけてきたのは、一人の可愛らしい女の子だった。見た目から察するに、一年っぽい。生物部の後輩ではないし、光の知り合いか後輩だろう。女の子は恥ずかしそうに俯きながら私たち、というか光に話しかけた。
「あ、あの成瀬先輩……!」
「おお、高野ちゃん。どうしたの?」
やはり光の後輩だったらしい。何個も部活をはしごしている光は、本当に顔が広い。運動部の人はみんな光を知っているんじゃないかと思うほどだ。高野ちゃん、と言う子はしばらくもじもじした後に、大声で告げた。
「あの、成瀬先輩っ!ファーストダンス、踊っていただけませんか!?」
「おお、私!?」
光はどうやら予想だにしていなかったらしい。驚きの声を上げて固まっていた。確かにファーストダンスは仲の良い人と踊るのが普通、みたいなところがあったので光が驚くのも仕方はない。ただ、驚きすぎだ。私は仕方ないな、と思いつつ光の背中を押した。
「光、せっかくなんだから踊りなよ!」
「でも、いろりんが……」
光はそう言って私を不安そうに見た。
「いーの、いーの!私はダンス踊れないんだから。可愛い後輩のお願い聞いてあげたら?」
そう言うと光は「うーん」と悩んだ後に、
「……わかった!お言葉に甘えて」
と言って高野ちゃんの手を取った。
「私なんかでよければ、是非踊ってください」
光がそういうと高野ちゃんは、それはそれは嬉しそうな顔をして、
「はいっ!」
と返事をした。
「ほら、二人とも。そろそろ始まるよ」
そう言って会場の真ん中に促すと、高野ちゃんは私に向かってとても幸せそうに笑いながら、
「桜宮先輩、ありがとうございますっ!」
と言ってくれた。そうして光と会場の真ん中に向かって行った。私はそれを優しい目で見送った。
「全く、光はモテモテだなあ」
そう言いながらボケっとしていると、会場にアナウンスが流れた。
「6時30分となりました。ファーストダンスを始めます」
そのアナウンスと共に、華麗なクラシックが流れ始めた。会場の真ん中に集まった生徒達が、ドレスを揺らしながら踊り始める。光と高野ちゃんも無事に踊れているようだ。私は安堵の微笑みを浮かべながら、ハムを口に入れた。うん、美味い。流石お嬢様学校は料理の質も高い。やっぱりこの料理を食べに来てるんだよなあ、と思いながらまた会場の真ん中に目を向けた時だった。それは、私の目をさらう光景だった。長いストレートの薄緑の髪が、楽しそうに跳ねて踊っている。それは、紛れもなく、戸神さんだった。
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「神代先輩、踊らないんですか?」
そう尋ねると、神代先輩は面倒臭そうな顔をして私を見た。
「じゃあお前は着物でワルツが踊れるんだな?」
なんて意地悪な質問なんだろうと思った。私はそう言うことを聞いているんじゃないのに。
「私はともかく、神代先輩は踊れるじゃないですか!去年の事を忘れたとは言わせませんよ!」
そう言うと、神代先輩はブドウのスパークリングを揺らしながら答えた。
「なんだ、バレたか。お前は知らないと思ってたのに」
そう言ってクイっとスパークリングを飲んだ。その姿さえも、着物のせいかさまになっていた。やはり元々の素材が良いとそうなるんだな、なんて考えながら私は会場の真ん中に目を向けた。みんな楽しそうに踊っている。去年は見ているだけで胸が高鳴って、ああ、本当に白草はお嬢様学校なんだと再認識させられた思い出がある。神代先輩は私を見ないまま、問いかけてきた。
「お前こそ、踊らないのか?」
私は無言で返す。
「折角の晴れ着も人に見てもらわなきゃ、意味ないぜ?」
その言葉は私の胸深くに刺さった。
(人に見てもらわなきゃって……)
私は実を言えば、神代先輩に見てもらえればそれだけでよかったのだ。むしろ神代先輩に見てもらいたかった。わがままを言うなら、似合っていると言ってほしいのだ。そんなこと、神代先輩は気づきもしないだろうけれど。
「良いんです。私はこう言う場も得意じゃないし、こんな格好も別に……」
(似合ってない)
それを神代先輩の前で言うのは、勇気が出なかった。だってそんなこと言ったら、神代先輩に「似合ってるね」なんてもう言ってもらえない。私の今日の数少ない楽しみが、期待が消えて無くなってしまうから。そうして私が何も言えないでいる時だった。
「別に、似合ってるじゃないか」
「……へ?」
意外な言葉に私は思わず顔を上げた。神代先輩は私をじっと見て言った。
「別に元が悪いわけでもないし、女の子らしくて良いじゃないか。良いと思うけど」
そう言って神代先輩は頭をこてん、と横に傾けた。私は神代先輩からそんな言葉が聞けるとも思わず、何も言えずに感動してしまっていた。
「あ、神代さん。少しいい?」
神代先輩の同級生が神代先輩に声をかけた。
「ええ、大丈夫ですよ。では、蜜枝さん。失礼しますね」
そう言って神代先輩は、立ち去っていった。私はその姿を呆然と見つめていた。
(似合ってるって、似合ってるって、似合ってるって言ってくれた!!!!!)
「来て良かった……」
私は胸を押さえて、一人歓喜に身を委ねた。
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舞う髪はとても美しかった。戸神さんは何処かの女の子とあの授業通りに、ワルツを踊ってみせていた。女の子は心底幸せそうな顔をしている。まあ、それもそうだ。あの、戸神さんとファーストダンスを踊れたのだから。そりゃあ、みんなが狙っていた枠を取れたのだから嬉しくない訳がないか。私はそう思いながら、戸神さんを目で追った。女の子を優しくリードする姿は、やっぱり王子の様だった。女の子がどうしたら一番輝くのかを、知っている。女の子がそうすれば一番心躍るのかを、その為に自分がやるべきことを戸神さんは知っている。戸神さんが、王子様たる所以を知ったような気がした。あの人は、性根からの王子様なんだと、思ってしまった。みんなの、王子様。
音楽が終わり、戸神さんは女の子の手を口元まで持ってきて何かを呟いた。私はふと、ワルツの授業を思い出した。あの日、戸神さんと踊った日。言われた言葉。
『楽しいダンスだったよ、お姫様。一緒に踊れて光栄でした。……彩葉は自信持って踊ってね、また後で』
私の手を口元につけたあの姿と、重なって見えた。私は思わずから笑いしてしまった。心に黒いもやがかかったような気持ちになる。ああ、不快だ。折角のパーティーの日に、こんな感情は似合わないはずなのに。私の中で黒いもやが溢れて止まらない。どんどん濃くなっていって、私の心を支配していく。そのうち、心は黒く染まってしまいそうだった。私は思わず逃げ出したくなった。この場所に、自分がそぐわないような気がした。
「桜宮さん?大丈夫ですか?」
通りすがりのクラスメイトに声をかけられる。私は無理に頬を吊り上げて、笑った。
「……はい、少し人に酔ってしまいまして……」
そう言うとクラスメイトの子は心配そうに私を見た。
「無理せずお休みになってくださいまし」
そう言って立ち去っていった。私は誰もいないとわかっていながら、彼女がいた場所に
「ありがとう、ございます……」
と、呟いていた。その声が届いていないことも、なんの意味もなさない事も全てわかっていての言動だった。
(早く、逃げ出してしまいたい……)
願いは、本当に叶ってしまいそうだった、いや、叶えてしまいそうだった。この場所から逃げ出したい感情に、私は胸を押さえた。
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戸神さんが遠く感じていたのは、決して最近からではないと思う。思えば、最初からのような気もした。おかしい、と思っていた。母親が同じで、こんなに変わるものなのかと。本当に、姉妹なのかと。急に転がり込んできた少女は、実はなんらかの事情があって、みんなで私にウソをついているんじゃないかと。そんな不信感が拭えなかった。
私はシャンパングラスを持って、一歩、歩き出した。戸神さんとは反対方向へ向かう。出来ればもう姿を見たくない。私の正面に、視界に、どうか今だけは現れないで。そう願いながら、私はひたすらに足を進めた。
そこは三年生の先輩が多くいた。あまり顔が広くない私にとっては、緊張せざるおえない場所だった。私は白い髪を探した。あの、サラサラで白い髪はどこに……。
「ええ、本当に……!」
聞き覚えのある声がした。後ろを振り向くと、その姿はすぐに見つかった。私は楽しげに会話しているところに、声をかけた。
「すみません、お話中失礼します」
私の方を振り向いたのは、白幸先輩だ。
「あらあら、彩葉ちゃん!丁度お話していたのよ!」
そう言って白幸先輩は私の背中に手を添えた。
「皆さん、紹介致しますわ。次期生物委員会部長の桜宮 彩葉さんです」
そう言って白幸先輩は、三年生の先輩方に私を紹介した。三年生の先輩方は私を見て、「ああ」と感嘆の声を上げた。
「お話は聞いていましたよ、とても優秀な副部長だって」
「報告会は素晴らしかったですわよ」
「白幸さんの自慢の後輩とは貴方だったのね!」
いろんな声を頂きながら、私は頭を下げた。
「お褒めに預かり光栄の極みです」
そう言うと白幸先輩は、私にシャンパングラスを差し出した。
「彩葉ちゃん、是非私達と一杯どうかしら?」
私は当然、シャンパングラスを受け取った。
「私でよければ、是非」
そう言ってシャンパンを掲げると、先輩方は歓迎して乾杯をしてくれた。
「しかし、白幸さんは良い後輩を持ちましたわね」
「ええ、本当に。自慢の後輩ですわ」
「白幸先輩、褒めすぎです」
「良いじゃない、彩葉ちゃん。本当のことよ!」
そんな会話をしながら、私は白幸先輩達と楽しい時間を過ごした。先輩達は私の部活での活動をよく褒めてくれて、本当に嬉しかった。少しだけ、心のもやが晴れたような気がした。だが、人はみんながみんな優しいわけではなかった。そうして、白幸先輩達と話している時だった。
「あら、貴方。桜宮さんではなくて?」
そう言って、知らない先輩に話しかけられた。
「あの、すみません。どこかでお会いし……」
「あらやだ!桜宮さん、噂は聞いていますわよ!」
白幸先輩が怪訝そうに尋ねた。
「貴方達、何を……」
その先輩は意地悪く笑った。
「聞いていますわよ、戸神さんの親戚さん」
私は思わず、シャンパングラスを落としてしまった。
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