4−5 開校記念パーティーの幕開け
「いらっしゃいませ、お嬢様」
そう言ってメイドさんが深く一礼をした後に、会場の大きな扉が開かれた。開かれた扉の先には、もう既に生徒達が集まっていて、飲み物を手にしている。私はメイドさん達に一礼しながら、会場に入った。
夏休みに入ってから三日後、いよいよ今日は開校記念パーティーだ。生徒達が待ちに待った、年に一度しかない学校の記念すべきパーティー。勿論会場は綺麗に飾られ、生徒達もそれぞれドレスアップをしている。いろんなドレス姿は毎年だが、本当に飽きない。私はあまり目立たないようにしながら、飲み物を取りに向かった。
「戸神さんはもう少しで来るんだっけ……」
私は飲み物が置かれたテーブルの上で、どれにしようか悩みながら戸神さんの事を思い出していた。本当は戸神さんと一緒に来る予定だったのだが、戸神さんに「準備に時間がかかるから、先に行ってていいよ」と言われたので、遠慮なく先に向かわせてもらったのだ。やっぱり、本場のお嬢様は凄い気合を入れてくるんだろうか……。なんて考えていると、メイドの方が私に話しかけてきた。
「お嬢様、お悩みですか?」
どうやら私がどの飲み物にしようか悩んでるのを見兼ねて、声をかけて来てくれたらしい。
「あ、すみません。全部美味しそうですから、つい迷ってしまって……」
そう言うとメイドさんは、一つのグラスを私に差し出した。
「お嬢様、こちらはいかがでしょうか?桃のスパークリングです。無甘味料で天然の甘さを感じられる一品ですよ」
ピンクの淡い綺麗な色をしたそれは、とても可愛らしくて美味しそうだった。
「では、折角なので頂きます。ありがとうございます」
と言うと、メイドさんは軽く一礼をして
「お楽しみくださいませ」
と、言ってくれた。私は桃のスパークリングを手に、会場の端っこで会場を見渡した。このパーティーでは、いつもお世話になっている人に挨拶をするのが礼儀なのだ。私と親しくしてくれているのは、光と生物部のみんなぐらいだけれど、挨拶は大事だ。私はその姿を探しながら、桃のスパークリングを口にした。桃の甘い味が口全体に広がる。でも決してくどすぎず、本当に天然で作られたような自然な甘さが良い。私は飲み物を堪能しつつ、目当ての人物の元に向かった。
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「成瀬さん」
そう言って後ろから声をかけると、光は驚いた顔をしながらこちらを振り向いた。握られたフォークには、もうローストビーフが刺さっていた。
「もうご飯?早いね」
そう言うと光はお皿とフォークを置いて、私に向き直った。
「いやあ、後ろから声かけられたからびっくりしちゃった!いろりん、こんばんわ!」
「光、こんばんわ」
そうして私たちはお互いに一礼した。
「いろりん、いつもお世話になってます。ありがとう!」
「こちらこそ、いつも仲良くしてくれてありがとう」
そう言って私たちはお互いの顔を見て、笑った。
「あはは、なんだか恥ずかしいよねえ」
「うん、確かに」
光はまた手にお皿とフォークを持って、食事を再開した。
「実はさ、記録会が近いからって午前中だけ部活だったんだよ!で、お昼も今日に合わせて少なくされてたから、もうめっちゃお腹空いちゃって!」
そう言って光はローストビーフを口にした。
「ああ、美味い……」
そんな感嘆の声を上げている。
「それはご苦労様、ドレスは自分で選んだの?」
「いーや、今年もお母さん。お母さんこういうの大好きだからね」
そう言って笑った光が着ているドレスは、黄色をモチーフとしたもので膝上のワンピースだった。スカートはふわふわとしていて、光が動くたびに揺れている。所々にひまわりの花が付けられていて、まさに夏を感じさせるドレスだ。髪の毛はいつもの通り、横に一本結んであるがやはりひまわりの髪飾りが付けられていた。靴も黄色で統一されている。
「今年のモチーフは、ひまわりなんだね」
そう言うと光は、照れ笑いして
「あはは、少し恥ずかしいよ。なんかなんか凄い意識してるみたいで」
「なんで?似合ってるよ」
「そう言ってもらえたら嬉しいんだけどさー、いろりんこそ今年は綺麗系なんだね」
そう言って光は、私の白いドレスに目をやった。
「本当綺麗だね〜!ほら去年はピンクだったからさ、なんかギャップがあって良いなあ!」
「そんなに褒めても何も出ないってば……」
「何も出なくていいの!だっていろりんによく似合ってるもん〜!」
そう言って光は、照れたように笑った。私もその笑顔に連れらて笑ってしまう。
「そういえばっ!」
光はお皿を置いて、私の方をまた向いた。
「戸神さん一緒じゃないんだね!」
「ああ、うん。先に行ってていいって言ってたから。もうすぐ来るんじゃないかな?」
「そっかあ。いろりんは戸神さんのドレス知ってるんだもんね」
「いや、知らない。秘密って言われちゃったから」
「へえ、そうなんだ!戸神さん、こだわってるね〜!なんにしても、学院の王子様だしね」
「うーん、確かに……」
私はそう言って少し考えた。もしかして、戸神さん。学園の王子様だと言うことを心配して、念入りに準備しているんだろうか……。なんかを気を使った言葉の一つや二つ、言えば良かったかも……。そんな風に少し後悔している時だった。
入口付近で人がざわめいていた。中には黄色い声を上げている生徒もいる。会場の注目が、みんなそこに向かう。
「誰だろうね、神代先輩かなあ」
そう言うと光は「いろりんっ!」と言って私を前に押した。人のざわめきの中から見えたのは、戸神さんだった。
「あれ、戸神さん?!」
その姿は本当に、本当に美しかった。髪はいつもよりサラサラで、頭には綺麗な百合の花飾りが付いている。ドレスは深緑の膝下まであるパーティーワンピースで、そのスタイルの良さを大いに発揮している。肌は照明のせいか、いつもより数倍透明感があり輝いて見えた。靴は黒の上品なヒールで、足元をより映えさせていた。きっとこの会場の中で、一番美しかったと思う。私はその姿に、目を奪われてしまった。
「いやあ。とがみん凄いねえ。芸能人みたい、というか本当にどこかのお姫様みたい……」
「うん。本当に……」
戸神さんは人に囲まれながら、会場の中に入ってきた。一体みんなが何を戸神さんに話しているのかはわからなかったが、美しい戸神さんに魅せられているのは確かだった。人に囲まれて、戸神さんの姿はすぐに見えなくなった。私はほんの一瞬、とんでもなく美しいものを見たような気持ちになった。いや、見たんだ。とても美しくて、綺麗なものを。
「やっぱり、ありえないな……」
私はボソッと呟いた。
「ん?なあに、いろりん?」
私はすぐに笑って答えた。
「ううん、なんでもないよ。あ、ほら、それより何か美味しい料理ないの?」
そう言うと光はすぐに美味しそうな料理を、教えてくれた。
「ああ、このシチューとか美味しいよ。このグラタンも!」
「ちょっと、光。食べすぎないでよ〜」
「わかってるよお、大丈夫」
そう、絶対にありえないと思うのだ。
(戸神さんと私の血が繋がっているんだなんて)
キラキラと輝く戸神さんと私は、あまりにもかけ離れ過ぎていた。
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もう参加して2年目になる、この開校記念パーティーが私は苦手だ。まず騒がしい場所が苦手なのだ。やはり主役は三年だし。わざわざ着飾って、よそよそしくするのも苦手だ。ダンスにしたって、私を誘うような人もいないし。まあ、それはいいんだけれど。私は壁の花となって、華麗に笑う先輩達を見つめるしかなかった。あ、あれは佐藤先輩。流石陸上部。今日も足が綺麗だな。お、白雪先輩だ。今日は一段と綺麗だ。もうどこかの芸能人とそう変わらない。本庄市先輩は珍しくちゃんと着飾っているし。でも似合ってるな。そんな風に先輩達を見ていたが、その中でもやっぱり目を引いていたのは、神代先輩だった。ほとんどの生徒がドレスアップしてくるのに、神代先輩は着物を着ていた。まあ、格好自体は自由で、別にドレスでなくても良いのは確かだ。おそらく神代先輩のご実家が神社だからだろうが、生徒で着物を着てくるのは神代先輩しかいない。それは去年も、どうやら一昨年も変わらないらしい。神代先輩の驚くべきところは、あれでダンスを踊るのだ。足元は草履を履いているし、動きにくいだろうに丙然とした顔をして踊るのだから、驚きだ。私はオレンジジュースを口にしながら、時計を見た。時間は午後六時。そろそろパーティーの開会式が始まることだろう。私は「面倒臭いなあ」と思いつつ、前のステージに向かうことにしたその時だった。
パーティー会場の入り口で誰かが騒ぐ声がした。思わず何事かとそちらを見てみると、どうやら誰かを囲んで群衆が出来ているようだった。そんなことになるのは、あの人しか考えられなかった。
「戸神さん、ですわね」
「えっ……?」
隣から声がして驚いてそちらを見ると、そこには弓道部で同級生の名波さんが立っていた。
「名波さん……」
「ごきげんよう、蜜枝さん。ドレス、よくお似合いですわ」
そう言って名波さんは、肩を揺らして笑った。ゴールドのイヤリングが、綺麗に揺れている。
「い、いえ、名波さんそこ、今日は一段と綺麗です。部活では、いつもお世話になっています!」
そう言って軽く頭を下げると、名波さんは
「いいえ、こちらこそ。蜜枝さんのおかげで部活内はいつも明るいですのよ。感謝していますわ」
と言って、私に頭を下げてくれた。お互いに頭を下げ合ってから、私たちは笑い合った。
「普段こういうことしないから、何だか慣れませんね」
「ええ、でも今日はは感謝を伝える日ですからね。さあ、堅苦しいのはやめにして楽しみましょう!」
そう言って名波さんはシャンパングラスを掲げた。私も真似して掲げる。
「では、蜜枝さん」
「改めまして、」
「「乾杯」」
そう言って私たち飲み物を交わして飲んだ。そうして飲み終わった名波さんが、パーティー会場の入り口の方を向いた。
「そういえば、戸神さんのお話でしたわね」
「ああ、そういえば……」
パーティー会場の入り口では、女の子達がわんさかしていた。
「流石、学院の王子様ですわね」
「ええ、本当に。にしても、本当に綺麗な方ですよね……」
そう言うと名波さんはクスッと笑った。
「ええ、本当ですわ。白幸先輩とは違う美しさがあります。……まさか、弓道部に来るとは思いませんでしたけでども」
「うっ、それは……」
名波さんはしれっとしてまた飲み物を飲んだ。
「蜜枝さんがお誘いになったんでしょう?」
「……はい、結果あんな騒がしい事になってしまったんですけれどね……」
「あら、良いじゃありませんか!弓道部は少し陰鬱過ぎます。あれぐらい、歓迎いたしますわよ」
「流石名波さん、心が広いですね……」
「あら、そんな事ないですわよ!では、蜜枝さん。私はこれで失礼しますわ」
そう言って名波さんは立ち去ろうとした。
「もう、行かれるんですか?」
「蜜枝さんにお客さまがいらっしゃいますので」
そう言って言われるがまま横を見ると、そこには神代先輩が立っていた。
「か、神代先輩……!」
「こんばんわ、蜜枝さん」
そう言ってにこりと笑う神代先輩は、どこはかとない恐怖を感じた。
「な、名波さ……」
「名波、譲ってくれてありがとう」
そう神代先輩が言うと、名波さんはニコッと笑い
「良いのです、では神代先輩ご挨拶はまた後で」
と言って立ち去ってしまった。神代先輩は私の隣に立って、私をとても見て笑っていた。
「か、神代先輩……」
神代先輩は表情を崩さないまま呟いた。
「お前、礼儀ぐらいはちゃんとしろ」
そう言うと神代先輩は壁にもたれかかって、はあ、とため息をついた。さっきまでの気品が、まるでどこかに吹き飛んでいってしまったようだ。
「あ、あの、神代先輩……」
「得意だと思ってた」
「へ……?」
神代先輩は腕を組んだまま言った。
「お前、こういう場苦手なんだな」
私はああ、と思い俯いた。
「昔から、あんまりこういうの得意じゃなくって……」
そう言うと神代先輩は「ははっ」とから笑いをした。
「……笑うとか、ひどくないですか?」
「いやあ、すまないすまない。だってお前、部活内ではムードメーカーじゃないか。なのにこんなところで萎れてたらな?」
そう言って神代先輩は私にグラスを近づけた。
「蜜枝、日頃の感謝と頑張りを労って」
私も慌ててグラスを掲げる。
「神代先輩にも、お世話になっています」
そう言って私たちはグラスを鳴らした。
「「乾杯」」
そう言って飲むオレンジジュースは、少しだけ格別だった。
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