3-4 百害あって一利なし?
「なるほど、しかし戸神さんは本当になんでも出来るんですね」
彩葉は特製オムライスを口にしながら、そう言った。今日の晩御飯の担当は僕だったので、得意料理の一つの特製オムライスを作った。彩葉は美味しそうに、それを頬張ってくれている。
「いや、なんでも出来るわけじゃないよ。合唱だってみんな経験してるだろうし、演技もほら、台詞を喋っただけだしさ」
そう言うと彩葉は「ええ〜〜!」と抗議の様な声を上げた。
「だって聞きましたよ!演劇部の体験で古鳥先輩をオトシタって話!あの古鳥先輩が恋をしたって!」
どうやら舞台で一緒に演じた女の子は⦅古鳥 千春⦆という三年生の先輩で、演劇部のエース的存在の人らしい。本当に演技一筋の人らしいが、その先輩が恋に落ちたと……。僕は心の中で、今日の放課後のことを振り返った。確かに、そう思われても仕方のないことをしたといえばしたから、彩葉に言い返せなかった。唯一言えた事は、
「演技、だから。別にオトシタつもりはないよ…」
と言う苦し紛れな弁解だった。彩葉も色恋事情が好きなのか、どことなく楽しそうにしている。僕はなんだか言いようのない気持ちになった。好きな女の子から「あの子をオトシタんでしょ?」と聞かれる複雑な気持ちが、一体誰にわかると言うのか……。これで女たらしとでも思われたら、僕の初恋は無惨な最後を遂げるだろう。僕は本当に苦し紛れの弁解を彩葉にした。
「で、でも、彩葉は僕が誰を好きか、知ってるでしょ?」
彩葉はキョトンとして僕を見た後に、恨めしそうに睨んだ。
「本当に好きかどうかなんて、わからないじゃないですか。だ、第一、古鳥先輩はとても誠実な方です!」
これは。疑われている……のだろうか。
「戸神さんが思わせぶりなことをしたとか……心当たり、ありませんか?」
それを言われると少し痛いところを突かれる。確かに、オトシタつもりはない。思わせぶりなことをしたつもりもない。そもそも僕は古鳥先輩を知らなかったし、別に好きでもない。だけど女の子が大好きな⦅理想の王子様⦆をやってしまって、女の子が喜ぶような事をしたのは自覚している。それが古鳥先輩の心を奪ってしまって、恋にまで発展するとは思わなかったけれど。もしかして古鳥先輩も⦅王子様⦆に憧れる一人だったのだろうか。
「演技の為に少しだけ近づいたよ?でも本当にそれだけ!彩葉が思う様なことはしてないよ!」
この浅い弁解が果たして彩葉に届いたのかは分からない。ただ彩葉は僕を睨むのをやめ、ため息をついた。
「あんまり、私が言える事じゃないんですけど……。その、戸神さんは女の子に好かれやすいんですから、気をつけないとですよ……?お嬢様たちは⦅王子様⦆が大好きなんですから……」
そう言う彩葉の言葉は、僕のことを少しだけ心配してくれているように受け取れた。僕は簡単だけれど、少しだけ嬉しかった。彩葉が僕をそれなりに心配してくれているのは。
「うん、もう少し気をつけるよ。思わせぶりなこともしない、だから安心してね」
そう言うと彩葉の表情が、少しだけ柔らかくなった様な気がした。
「あ、そういえば……」
僕は彩葉との会話の中で気になったことがあった。
「白草女学院ってさ、いわゆる⦅学院の王子様⦆みたいな人っていないの?」
彩葉は驚いたように僕を見た。
「……それは戸神さんじゃないですか、今更なんですか……?」
「いや、なんていうの……」
彩葉は不思議そうに僕を見ている。
「僕が転入してくる前には、いなかったの?そういう人」
そう言うと彩葉はうーん、と考え込んだ。
「そうですね……、うーん、そんな感じの人はいなかったわけでもないですけど……」
「へえ、なんて人なの?」
しばらく悩む素振りを見せた後、渋々口を開いた。
「あの、張り合ったりしないですよね?」
「ただどんな人か知りたいだけだよ。別に対抗したりしない」
それを聞いて安心したのか彩葉は話してくれた。
「神代 佳月先輩って言う人です。王子様って訳じゃないんですけど、学院内では人気がある人です。弓道部のエースなんですよ」
「へえ、まだ聞いたことないなあ。やっぱりお嬢様みたいな人なの?それともボーイッシュな感じ?」
彩葉はまた考えるような素振りを見せた。
「どちらかと言えば中性的な人です。お家が神社なのもあってか、とてもミステリアスで。まず、あんまり人と話さないんですよ、神代先輩は」
「そうなんだ、じゃあ彩葉も話した事はないんだ」
そう言うと彩葉は気まずそうな顔をした。
「話したことあるの?」
そう尋ねてみると、深いため息をついた。そうして困ったように僕を見た。
「あります……。と言ううか少し苦手なんです、私。ほら、なんというか神社の生まれだからか分からないんですけど、……見えるらしいんですよ」
今度は僕が困る番だった。
「へ、見えるって何が……?」
彩葉は不味そうな顔をして、答えた。
「普通の人には、見えないもの」
____________________
次の日、僕は幸か不幸か弓道部の射場(いば)と呼ばれるところににいた。そのきっかけは、今日も部活動体験に行くか、と学院内をうろうろしていた時に一人の女の子に声をかけられた事だ。
「あ、戸神さん!私同じクラスの蜜枝(みつえだ)。戸神さんまだ部活探してるって本当?よかったら、うちの部活体験していかない?」
そう言われ、特に行く宛もなかったのでついてきたらそこが弓道部の射場だった訳だ。
「ここは射場と呼ばれるところ。簡単に言うと、弓を射るのを練習する場所ね。みんなもう始めてるでしょ?」
そう促され見てみると、もう既に何人かは弓を構えていた。射場には独特の静けさが流れていた。それは空気を張っているような緊張感にも似ている。僕はいつ弓が射られるのかと、ソワソワしていた。本や雑誌で見たことはあっても、こうして目の前で見るのは初めてだった。
そうしているうちに、一人の女の子が弓を引いていた。その目は、的をただ一直線に見つめていた。そうして次の瞬間、矢が射たれた。矢は真っ直ぐに空気を断ちながら進み、的の真ん中から少し逸れたところに刺さった。手に汗を握る瞬間だった。女の子はそのまま弓を下ろすと礼をして、その場から去った。
「すごいですね」
と、蜜枝さんに小声で話すと
「まあ、神代先輩に鍛えられればね」
と言って笑っていた。その名前を聞いて僕は昨日の彩葉との会話を思い出した。
普通の人には見えないものが、見える。
それが果たして本当かは分からないが彩葉が嘘をつくとも思えなかった。その人がここの部長をやっているなんて、なんだか想像が出来なかった。あたりを見渡しても、そんな中性的な人は見当たらない。僕がキョロキョロしていると、蜜枝さんが声をかけてきた。
「あ、もしかして神代先輩探してる?」
「あ、いや、いないんだなあと思って……」
そう言うと蜜枝さんは困った様に笑った。
「神代先輩は気に入った人としか話さないからね。それでも週三はここにくるけど、もし会いたいなら案内するよ?」
そう尋ねられたが、僕はすぐに断った。
「いや、ほら、神代先輩も忙しいだろうし、僕は見学に来ただけだから……」
そう答えると、蜜枝さんは安心したように笑った。
「戸神さんならわかると思うけど、神代先輩も学院内じゃ人気高くてね〜、会わせろて押しかけてくる人多いんだよ〜」
その話を聞いても神代先輩はいわゆる⦅王子様⦆的存在だったのかと想像できる。
「じゃあ⦅王子様⦆みたいな感じなんですね」
と言うと、蜜枝さんは思いっきり首を振った。
「いやあ、神代先輩が王子様!?ありえないね!戸神さんの方がまだ⦅王子様⦆の名にふさわしいよ」
「そうなんですか……?」
と尋ねると、蜜枝さんはうんうんと頷いた。
「だって興味ない人としか話さないし、人に優しくないし、言葉遣いは乱暴だし、どこが⦅王子様⦆って感じなんだか!大体、みんなあの見た目に騙されてるのよねえ〜」
そう言って僕が蜜枝さんの話を聞いていると、蜜枝さんの頭にゲンコツが落ちた。
「いったあ〜〜〜!!!」
驚いて上を見ると、そこには弓道衣を着た女の人が立っていた、女の子、と思わなかったのはそれだけ大人びて見えたからだ。真ん中で分けられた前髪に、肩の上まで伸びている艶のある綺麗な黒髪。スレンダーな体で、肌の色は白い。見た目は完全に中性的だった。もしかして、この人……。
「何するんですか!?部長!」
「お前、また厄介なやつ連れ込みやがって!今月で何回目かわかってるのか?!」
そう言ってどうやらお怒りの様だった。
「だって部長!厄介なんて失礼です!今話題の戸神さんですよ!戸神侑李さん!見学に来てくれたのに……!!」
「わかったわかった、後はこっちでやるからお前はさっさと練習しろ!」
「はあい、それじゃあ戸神さんまた後でね」
そう言って蜜枝さんは僕を置いて、行ってしまった。残された僕はどうしたらいいか分からなかった。恐る恐る上を見上げると、その部長は僕を見ていた。
「あ、あの……」
「お前がここの空気を乱してたのか。蜜枝のやつ、本当に厄介なやつ連れて来やがって……」
そう呟いて、部長は僕を睨んだ。
「ついてこい、話がある」
そう言って部長は奥の部屋に進んで行った。僕はそれを急いで追いかけた。
そこは『準備室』と書いてあり、一つの机とそれを囲む様にして、椅子が二つ置かれていた。
「好きなところに座れ」
「……失礼します」
そう言われ、僕はドア側に座った。時間も経たないうちに、目の前に紅茶が置かれる。
「ダージリンだ。変なものは入れてない」
「あ、ありがとうございます」
そう言っても、部長は聞いていないように窓側の椅子に座り、紅茶を飲んだ。僕も釣られて紅茶を飲む。
「で、お前どこのやつ?」
「えっ」
突然尋ねられ、僕はすぐにカップを机に置いた。
「最近転入してきました。二年の戸神 侑李です」
そう言うと部長はカップを机の上に置いた。
「そう、今噂の⦅王子様⦆はお前か。俺は三年の神代 佳月(かみしろ かづき)。ここの部長」
そう言ってしばらくの沈黙が流れる。彩葉が苦手な理由がわかった気がした。圧が凄いんだ、この人は。話していて、なんというか殺気を感じる。いや、まさか殺すつもりはないだろうけど。なんか、やりそうな気はする。
「お前、桜宮んとこのやつだな」
その言葉に心臓がドキッとした。それはどちらの意味なんだろうか。僕が彩葉と仲がいいってことなのか、それとも、
「桜宮の親戚なんだろ、お前。って言ってもそれはただのカモフラージュか」
僕は嫌な汗が背中を伝った。でも神代先輩は続けて話す。
「桜宮とは、義理姉妹か」
どうしてそれがバレたのかは、分からない、もしかしたら、彩葉がそう言ったのかもしれない、でも、僕にはそうとは思えなかった。この人はまるで、僕の⦅違う何かを視ている⦆ようだった。この人の前に隠し事は無駄だと思った。
「それは彩葉から、聞いたんですか?」
そう尋ねると、神代先輩は「いいや」と首を振った。
「俺がなんで視えるのかの話は必要か?聞きたいなら話してやる。もう聞きたくないなら最後にこれだけ聞いていけ、どっちだ?」
僕は迷わずに答えた。
「知りたいです、どうして視えるのか。僕と彩葉の事は先生も知らない話です、誰にも話してません」
そう答えると、神代先輩はめんどくさそうに話し出した。
「家が神社なんだ、そのせいで昔からよく変なものを感じた。霊感とかじゃなくて、なんとなく感じるんだ。わかりやすく言えば、人のオーラを」
「……人のオーラですか?」
神代先輩は続けた。
「それだけじゃない。血のつながりもわかる。例えば子供が迷子になった時、俺は親をすぐに見つけられる。その子供と親は同じオーラを持っているんだ。それを感じる、だから分かる。」
神代先輩は目を細めて、僕を見た。
「桜宮と戸神も同じオーラを持っている、完全に同じじゃないが、それぐらいのオーラの濃さだったら義理姉妹ぐらいだろうと思った。それだけのことだ」
神代先輩はそう言って紅茶を飲んだ、僕は少し難しくて分からなかったが、どうやら彩葉の言っていた普通の人には見えないものが見えている、とはこう言うことなんだろうと思った。
「……なんとなく、わかりました」
「物分かりがいいんだな。まあ、俺の話はそこまでだ、俺はお前の話がしたい」
「僕……ですか?」
神代先輩は僕を憐れんだ様な目で見ていた。
「随分と毒されているじゃないか、ここにきた頃にはもう遅かったか」
「えっと、一体なんの話を……」
神代先輩は真剣な顔で僕に告げた。
「桜宮 彩葉には近づくな」
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