3−1 部活動はいかがですか
この私立白草女学院に転入してから、ようやく一ヶ月が経った。宮殿か、と言うぐらいに広かった校舎にも何とか慣れて、外部とは隔離されたお金持ち生まれお嬢様育ちの生徒たちも、やっと見慣れてきた。僕は元々県内の共学の進学校に通っていたので、この学校はびっくりする事が本当にが多い。例えば校内に庭園が五個もあるとか、ね。流石お嬢様仕様、と言ったところか。まあ、僕も「お嬢様」なんて呼ばれる家に生まれた身なので、この学院の人たちが物珍しい訳でもないんだけどね。
そうして僕は今、生徒指導室にいる。別に悪いことをしたんじゃない。芹沢先生に呼び出されただけだ。何かの用だろう、芹沢先生は担任だし。僕はなんだろうな、と思いながら生徒指導室の扉をノックした。
「はあい、どうぞ」
中から芹沢先生の声がした。僕はそれを聞いてから扉を開けた。
「2年B組の戸神侑李です。入室してもよろしいですか?」
「はい、どうぞ」
芹沢先生はかけていた眼鏡を外して、僕を見た。僕が芹沢先生の前に立つと、芹沢先生はこちらに椅子を回して、僕に向き合った。
「それで、話とは……」
僕がそう切り出すと、芹沢背先生は「その前に……」と言って僕の目を見た。
「戸神さん、学校には慣れた?」
芹沢先生は笑って尋ねる。僕はそれに素直に答えた。
「はい、皆さんのおかげで校舎や授業にも慣れました。まだ、その、お茶会とかには慣れませんが……」
そう言うと芹沢先生は上品に笑った。
「ふふっ、そうね、お茶会は人によって得意不得意が分かれるからね。何回か参加して、あわなかったらやめればいいわ」
「は、い……」
「でも、」
芹沢先生は僕をニヤリとみて笑った。
「戸神さんは上手な方だと思うわ。転入生とは思えないほど、馴染んでいたわよ」
僕はあはは、と笑った。
「いや、まあ、中学が似たような所だったし、なんかああいうの、身に染み付いているというか」
「でもお嬢様というよりは、王子様、とういう感じだったけれど……」
「えっ……」
僕は背筋が凍った気がした。まさかそんな事を芹沢先生から指摘されるとは……。
「戸神さんは女の子にとても優しいものね、みんな戸神さん戸神さんって言っているわ」
僕が愛想笑いしていると、芹沢先生は机から一枚の紙を取り出した。
「ごめんなさい、関係ない話をしてしまったわね。今日来てもらったのはね、はいこれ」
そう言ってその紙を僕に手渡した。その紙には部活動の案内、と書いてあった。
「部活動、ですか?」
芹沢先生はこくりと頷いた。
「そう、部活動、学院にも慣れてきたし、そろそろどうかなって。ちなみに前の学校では何かやっていたの?」
「ああ、えっと、稽古事をしていたものですから、してませんでした」
芹沢先生は意外そうな顔をした。
「あら、そうなの。戸神さんは何やっていても不思議じゃないから、意外だわ。あ、ちなみにね、強制ではないから。気になる部があれば、入ればいいわ」
促されて僕は紙を見た。どうやら部活は豊富らしい。文化系なら茶道部から演劇部、吹奏楽部に文藝部みたいな王道からお茶会部と言った珍しいものまで。運動系は水泳部や陸上部、テニス部から弓道まである。お嬢様達の高校とはいえ、部活動は至って普通なんだあ。転校前の学校と大差ないことに驚いてしまった。
「ちなみに、桜宮さんは生物部よ」
「えっ?あ、生物……?」
芹沢先生は自慢げな顔をしてそう言った。
「そう、まあ生き物と植物の飼育ね。今は、動物はいなくて植物ばっかりみたいだけれど」
僕はどう反応すればいいかわからず、
「そうなんです、かあ」
と不甲斐ない返事をしてしまった。芹沢先生はそんな僕の様子には気づいておらず、明るく笑って
「今日辺り、見学に回ってみたらいいわ。全部活動、見学はいつでも大歓迎よ」
と言い放った。
「……分かりました、少し見て見ます」
そう言って僕は一礼して、その場を去った。ドアの前まで来て、僕はふと気になり足を止めた。
「あの、ちなみに、芹沢先生は、何部の顧問なんですか?」
芹沢先生は笑って答えた。
「もちろん、お茶会部よ」
ああ、そうだと思った。見た目からお嬢様だもんな、この人は。
「……それは、とても素敵ですね」
僕は苦笑いしながら扉を閉めた。
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そう。それで済むならば、僕の学院生活はもっと穏やかなはずなのだ。そうじゃないから、いつの日も、《王子様》は厄介なんだ。
「あっ、戸神様!お待ちしておりましたわ!」
見るからに一年生の女の子達、パッと五・六人が生徒指導室の外で待ち構えていた。僕は苦笑いを直ぐに正して、爽やかに笑いかけた。
「一年生の子、だよね?こんな所まで来て、もしかして何か用かな?」
優しい声でそう尋ねると、一人の女の子が何かの便箋を渡してきた。僕はそれを無言で受け取った。
「これは一体……」
「実は今度、お茶会部で親睦会をやるんです!これはその招待状です!」
薄いピンクの封筒には「お茶会部 親睦会招待状」と書かれており、バラの絵がのっていた。
「ど、どうしてその招待状を、部員でもない僕に?」
そう尋ねると、女の子はキラキラと目を輝かせて言った。
「戸神様はまだ部活に入られていないとお聞きしました!是非お茶会部の親睦会で見学なさって、雰囲気を掴んでほしいと思いまして!」
純粋な目で見つめられている。こ、断りずらい……。お茶会部は毛頭から見学するつもりもなかったが、ここでこの子達の健気な努力を無駄にしてしまうわけにもいかない。僕は渋々頷いた。
「あ、ああ。ありがとう。是非、参加させて貰おうかな……」
「本当ですか!?では親睦会当日にお待ちしておりますわ!……失礼します!戸神様!」
そう言って今にもスキップしそうな勢いで、女の子達は廊下を歩いて帰ったいった。僕はその背中を苦笑いしながら見送った。
「あの、戸神様ってやつ、やめてほしいな……」
そんな声が、浮かれた彼女達に届くわけもなかった。
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「姿勢、礼!」「ありがとうございました!」
今日も無事に一日を終えられた。僕はホッと一息をついてから、隣を見た。彩葉が光を見送ったのを確認してから、声をかけた。
「彩葉、今日は部活?」
彩葉は振り返って僕を見た。その姿はいつもよりも何だか生き生きしている。
「はいっ!久しぶりの部活だし、何より今日は部長が来るんです!それが楽しみでっ!」
そう言って彩葉は嬉しそうに笑った。その姿を見ていると、一日の疲れはどこかに吹っ飛んでしまう。僕は頬が綻ぶのを自覚しながら、彩葉に話した。
「そうなんだ。それは、とっても楽しみだね」
彩葉はこくりと頷いた後、今度は僕に質問した。
「戸神さんは今日はもう帰りますか?」
「いや、実は先生から部活の見学に行きなさいって言われちゃって。だから、今日は部活の見学に行こうかなと……」
そう言うと彩葉は納得したように頷いた。
「なるほどです!戸神さんも転入して一ヶ月経ちましたもんね!確かにそろそろ部活に入ってもいいかもしれません。ちなみに今日はどこに行くんですか?」
そう言われて、僕は悩んでしまった。そうだ、見学に行け、と言われたは良いもののどこに行くかは考えていなかった。うーん、流石にお茶会部に行くわけにもいかないし、どこに行くのが一番いいんだろう。そう考えて、彩葉に煮えたぎらない返答をした。
「うーん、実はそれを悩んでて……。特に興味がある部活もないし、どこから行くべきか……」
そう言って頭を悩ませていると、彩葉は僕を伺うようにして話し始めた。
「あの、戸神さん。もしよろしかったら、生物部、来てみますか?」
その言葉に僕はいいかもしれない、と思った。
「あっ、その、今日は部長も来ますし、もし行く宛がないんだったら手始めにどうかなあ、と思って……」
自信がなさそうな彩葉だが、僕の心はすぐに決まった。
「せっかくだし、行く当てもないから、行かせてもらってもいい?」
そう言うと、彩葉は顔色を変えて嬉しそうに「はいっ!」と返事をした。
「生物部は部員十七人で、結構少ないんです。部長はお忙しくてなかなか来れないので、普段は私がそれっぽいことをしてます」
彩葉はそう説明しながら、僕を生物室へと案内してくれた。生物室は、別棟の一階の奥に存在した。影が差し掛かっているそこは、暗くて何だか人を引き寄せない雰囲気だった。
「結構雰囲気あるね……」
「まあ、この別棟事態が脆いですからね」
そう言って彩葉は一番奥の古い扉を開けた。その瞬間、揃った声が教室内に響いた。
「桜宮副部長、お疲れ様です」
その揃った声の正体は、先に来ていた部員たちの挨拶だった。どうやらこの部活ではこの挨拶が主流らしい。彩葉は黒板の前に立って、僕を隣に置いた。
「皆さん、今日は見学で戸神侑李さんがいらっしゃってます。よろしくお願いしますね」
それに対し部員たちは素直に「はい」と返事をした。
「なんか、団結力があるというか……、すごいね」
そんな小学生みたいな感想に、彩葉は「挨拶は基本ですからね」と言い放った。
「じゃあ鞄はそこに、はい、そうしてください」
彩葉に指示を出され、僕は教室の橋の机に鞄を置いた。部員達はもう活動を始めていて、時々ささやかな話し声が聞こえた。
「では、案内しますね。とは言っても生き物は今は魚しか飼っていないんです」
そう言って彩葉に案内されたのは、大きな水槽の前だった。それは思わず感嘆のこえがでそうなほどに、美しい水槽だった。
「これは……」
「これは熱帯魚達です。唯一飼育しているのがこれです。なかなか綺麗だと思いませんか?」
僕は彩葉に勧められ、水槽をさらに近くで見た。水槽の中には様々な色の魚たちが、水中を舞うように泳いでいた。本当に彩り豊かな魚達は、水槽を優雅に泳ぎ、僕の方など見向きもしなかった。僕は水族館に来たような気分になった。
「ああ、本当に美しいよ……」
そう言うと彩葉は満足そうに「ありがとうございます」と笑った。
「とは言っても、生き物はこれぐらいです。次はこれですね」
そう言って次に紹介してくれたのは観葉植物だった。大きいものから小さいものまで綺麗に揃っている。僕はその一つに目をやった。
「これは観葉植物です。種類は結構あると思いますが、まあうちには庭園がありますしね」
紹介してくれている彩葉の話を聞きながら、僕は小さなサボテンに目を向けた。
「これは、サボテンかな?」
「はい、ほら、観賞用のサボテンみたいなやつです」
面白い形をしたサボテン達はインテリアのように綺麗に飾られている。僕はそれを物珍しい目で見ていた。僕の家には観葉植物はなかったので、なかなか面白い。小さくても立派に生えた棘は痛そうで、僕は触るのをやめた。
「観葉植物なんて縁がないから、面白いよ」
そう言うと、彩葉は「おうちでも、簡単に飾れますからやってみてください!」と観葉植物の育て方のパンフレットをくれた。
「ここが一応最後です」
そう言って彩葉が見せてくれたのは、机にむかって何かを書いている生徒達の姿だった。
「えっと、一体これは……」
そう聞くと、彩葉はすぐに答えた、
「実は定期で報告会をしているんです。主に庭園の管理についてですが……。それでみんな報告会の準備をしているんです」
そう言われれば確かに、生徒達は何かのグラフを書いたり文章を書いたりしていた。
「ここは面白くはないので、一応部活の紹介は終わりです。あ、あとは何人かは庭園の管理に行っています」
「そうなんだ、ありがとう。色々聞けて面白かったよ」
そう言うと彩葉は安堵したようにため息を吐いた。
「よかったです、ちゃんと紹介できて……」
「なんで?緊張したの?」
「……そりゃあ緊張しますよ〜」
なんて会話をしていた時だった。教室の扉がゆっくりと開けられた。そこに立っていたのは、この学院でも群を抜いてお嬢様な見た目だった。
「お疲れ様です、白幸先輩」
そう挨拶する彩葉に、その人は穏やかに返した。
「お疲れ様、彩葉ちゃん」
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