2−3 目撃!花園の告白現場!
ああ、どうしてこんな事になったのだろう。ちょっと犯罪チックな行為に、背徳感で体はソワソワしている。私は息を潜めて、ゆっくりと二つの影を見た。ああ、ここまできたら引き返せない……。神様、どうかバレてしまいませんように。そんな事を願いながら、私は茂みから顔を覗かせた。
こんな事になったのは、光の持ち込んだ話が原因だった。
「い、いろりん!もう聞いた?!」
私が次の授業の準備をしていた時だった。光は騒がしく教室に駆け込んできて、私の前の席に座った。
「……何を?」
私が落ち着いて答えると、光は興奮気味に体を前のめりにして話した。
「今日の放課後、綾小路さんが戸神さんに告白するんだって!」
全く、お嬢様達って言うのは情報が早いと言うか、噂話が好きだというか……。とにかく、そう言う話が好きだなあ、と思い呆れた。
「……それがなんなの?」
突っぱねるようにそう尋ねると、光は「これは一大事だよ!いろりん!」と言って私に事の経緯を話し始めた。
それは今日の朝にさかのぼる。今日は私は日直だったため、戸神さんとは別々に登校した。そして私より遅く登校し、学院に着いた戸神さんは早速女の子達に取り囲まれる。優雅に会話をしながら下駄箱に向かうと、戸神さんの下駄箱の中に一枚の手紙が入っていたらしい。差出人を見ると、⦅綾小路 智花⦆の文字。女の子達は歓声をあげ、戸神さんに色々な事を尋ねたらしい。が、戸神さんは「相手方に失礼だから、何にも答えられない」とこれまた紳士的に女の子を交わし、教室に向かったそうだ。
「詳しい事は何もわかってないの。わかってるのは綾小路さんが告白するってただ一つ!これはスクープでしょ?!」
「ああ、スクープねえ……」
私は縦肘をついてその話を半信半疑に聞いた。まずまず戸神さんが綾小路さんに告白されるからなんなんだろうか。とあるどっかのお嬢様の恋愛事情うんぬんに、興味なんて一ミリもわかない。まあ、でもこれは私だけの考えだが、戸神さんに告白(?)されている身としては、もしかするとこれって戸神さんが私に向けている気持ちが本物なのか知れるとチャンスなのでは?他の女の子に言い寄られてもなびかない、ちゃんと私が好きなんだってそう判れば、私も少しは…………。いや、これは傲慢だ。綾小路さんを使って、戸神さんの気持ちを確かめようだなんて、そんなのはやってはいけないことだ。私は自分の考えを振り払うようにして、光に尋ねた。
「で、光はどうしたいの?」
「どうしたいって勿論、その告白現場を見たいの!」
「ええ、何それ……」
私は光の目的に絶句した。本当に呆れてしまう。だってそんなのを見て一体何になると言うんだ。まさか綾小路さんが振られるのを見て笑うわけじゃあるまい。じゃあ戸神さんが綾小路さんに何を言うのかを、わざわざ聞きに行くのか……?全く意味がわからない。私は光にもう一度尋ねた。
「ねえ、そんなことして何になるの?」
そう聞いた瞬間、光は意地悪い顔をして笑った。
「私はいろりんの事を思って言ってるんだよ〜?戸神さんの事気になってそうだから、気を遣ってわざわざこうして話題を振っているんじゃん?」
私は豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしてしまった。それは、一体どういう事なんだろうか。光はにやにやして、私を見ている。
「いいの〜?あのとがみんが遂に女の子に告白される。気にならない?とがみんのこと!」
私はうう、と息詰まってしまった。それは想定外だった。私が戸神さんの事を気にしている?いや、そんな馬鹿な……。いやいやでも、どうでもいいかと言われたらそうじゃないし……。んー、もしかして光はその事を言っているんだろうか。でも気になっているからって、戸神さんの告白現場を見えるなんてそんなふしだらな事……。光は見かねた様に私に迫った。
「いろりん、綾小路さんにと取られていいの?とがみんの事!ちゃんと見張ってないと、簡単に取られちゃうよ!?」
そう言って光は私に力説した。私はそれに頷かざるおえなかった。自分の気持ちに正直に言うならば、気にならないわけじゃないから。戸神さんの事を知りたいという気持ちに正直に……。でも私は一つの疑問が浮かんだ。
「でも、告白するって事以外わからないんでしょう?どうやって告白現場を見るつもりなの?」
そう尋ねると、光は自慢げに一枚の紙をポケットから出した。
「そう思って、ちゃんと用意してるよ。光ちゃんをみくびらないでよね!」
光の自慢げな顔に私は苦笑いになった。
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『庭園裏 16時に待つ。』
「だって!どうするいろりん?行く〜?」
「光から言っといて、行かないはないでしょ?!」
私は苦笑いしながらその紙を眺めた。それは光が生徒達から一生懸命聞き込みして得た情報ではあるが、確かではないらしい。あくまでも噂だ、と。けれども今はその情報しか頼りがない。私の心はすでに覚悟が決まっていた。行くか、いや、行くしかないだろう。光は私とは打て変わってウキウキしていた。
「庭園裏だって、流石綾小路さんが選ぶ場所がみんなとは違うね〜!庭園裏なんてオシャレだなあ」
「……絶対にバレないでよ……」
「わかってるって!」
光はヘラヘラしていて、私は心配になってきた。……大丈夫なんだろうか、もし告白現場を目撃してるのがバレたら、なんて言い訳すれば……。たまたま道を通りかかって……なんて生ぬるい言い訳が通るものか。大体庭園はほとんど生徒は通らない場所だ。だから綾小路さんはここを選んだんだろう。戸神さんにも、綾小路さんにも上手い言い訳なんて絶対に出来ない。……だから一発勝負みたいなものだ。絶対にバレずにその現場を目撃する。私の心は燃えていた。
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15時30分。終礼が終わった。生徒達は教室に居残ったり、部活に行ったり、すぐ帰ったりと様々だ。私は今日は部活は無い。普段ならすぐ帰る所だが、今日は訳が違う。私はぐづぐづと教科書をゆっくりカバンに直していた。光は部活に遅れると、あらかじめ言いに行くと言って教室をさっき出て行った。光の帰りをと16時を待つだけだ。なのだけれど、その前に一つやる事が残っている。私の心はドキドキが治まらなかった。隣から、声がかけられる。
「桜宮さん、今日は急に部活が入っちゃったんだっけ?」
戸神さんが残念そうに声をかけてくる。私はわざと申し訳なさそうな顔を作って、落ち込んだ声を出した。
「ごめんなさい、戸神さん。折角一緒に帰れたのに。明日は大丈夫ですから」
戸神さんには事前に、今日は急に部活が入ってしまい一緒には帰れない、と嘘をついてある。申し訳ないと思ったが、背に腹は変えられない。私は平然とした顔をして、戸神さんに別れを告げた。
「では戸神さん、ごきげんよう」
戸神さんは表情に少しの悲しさを残しながら、
「桜宮さん、頑張ってね。ごきげんよう」
と言って教室を去っていった。私はその後ろ姿に律儀に手を振って見送った。戸神さんの姿が見えなくなって、私は一つため息をついた。これで、第一ミッションは達成だ。戸神さんに部活だと上手く嘘をつく。これで戸神さんに怪しまれずに済むだろう。これで前準備は滞りなく済んだ。あとはバレずに告白現場を見送るだけ……!私がひとまず安心していると、光が教室に帰ってきた。
「おお、とがみんがいないと言う事は、上手く嘘をつけたのかな?」
「うん、大丈夫!疑われることもなかったよ」
「第一ミッション達成だね!」
光も安心したように頷いた。
時間は15時40分。時間は迫ってきている。私と光は最後の確認をした。
「まずは10分前に庭園裏に行って、先に待機」
「そう、それでとがみんが来た次第でいろりんがこっそり覗き込む!」
「それで告白現場を目撃……と」
「二人が帰ったら、私達もゆっくり帰る!」
「理論上は完璧なはず……」
「いろりんが持ち前のドジっ子属性を、発揮しなければだよ!?」
「わかってる!気をつけるってば……」
そう言って話をしている間に時計は15時45分を指していた。そろそろ向かわなければ……。私達は意を決して席を立った。
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15時50分、庭園裏の草むらの茂み。私達は身を隠して、二人が到着するのを待った。しかし、10分前なのに二人とも姿を現さないとは……もしかして……!?
「ねえいろりん、やっぱり情報間違ってたのかなあ……」
光が自信なさげに、後ろで項垂れている。
「10分前じゃない……!まだわからないよ」
光をなんとか励まして、私は茂みから身を出した。……やはり、来ていない。まあ、別に間違っていたら「うわあ残念」で済む話だし、たかが噂話だ。信憑性なんて皆無に近いのだから、なんて腹をくくっていた時だった。
「うわっ、いろりん!誰か来たよ!」
光の声で私は素早く身を隠した。確かに誰かがこちらに来ている足音がする。草の茂みから、こっそりと覗くとそこには綾小路さんがいた。後ろで光が
「いろりん!」
と、話しかけてきて明らかにテンションが上がっている。どうやら光の集めた情報は正しかったらしい。私は第二ミッションクリア、と心の中で呟いた。綾小路さんは周りを見渡して、誰もいない事を確認してからスマホを取り出した。学院内での携帯の使用おろか持ち込みは禁止だ。あの厳しい持ち物検査を一体どう切り抜けたのだろうか。綾小路さんは、スマホで何かを見ている様だ。とがみさんが来るまでの時間潰しだろう。時計は15時55分を指していた。……あと5分。私達は、息も絶え絶えな環境の中戸神さんの到来を待った。
体勢もキツくなり、綾小路さんも暇そうにしだした頃。時計は16時を指した。と、同時にあちらから誰かが歩いてきた。綾小路さんはスマホをポケットにしまった。
「遅くなってしまって申し訳ないです。綾小路さん」
そう言って颯爽と現れたのは、戸神さんだった。戸神さんは長い髪を優雅に揺らして、綾小路さんの前で立ち止まった。綾小路さんは可愛く笑って、
「いえ、来ていただけるだけで嬉しいわ!」
と戸神さんに告げた。しかし戸神さんはそれを綺麗に交わして、
「それで、なんのお話でしょうか……?」
と告げた。その言葉をきっかけにして、綾小路さんは戸神さんに一歩、また一歩と近づいた。距離はあと一歩で抱きしめてしまうそうなぐらい近い。戸神さんは堂々として、その場から動かない。綾小路さんはにやにやと笑っている。私はこれから一体何が起きるんだとドキドキしながら、その光景を眺めた。先に口を開いたのは、綾小路さんだった。
「あ、そういえば!私、噂の親戚の子に会いましたよ!確かに可愛らしくて、守ってあげたくはなるけれど……。ねぇ、あの方は戸神さんに何が出来るのかしら?」
「…………どういう意味か分からないな。」
間を置いて、戸神さんは答えた。多分、親戚とは私のことを言っている。それで……私が戸神さんに何ができるかだって?!そんなの聞いて、一体どうするつもりなんだろうか……。戸神さんは、依然堂々としている。
「どういう意味か分からないって、そのままの意味だけれど……。単刀直入に言った方がいい?あの方に貴方は何をして貰えるの?」
夏の涼しい風が向日葵達を揺らした。戸神さんの髪も爽やかに揺れる。綾小路さんの言葉は戸神さんに言われているはずなのに、何故だか自分に言われているような気がした。
私は、戸神さんに何が出来る――?
それは、例えば家事とか学校案内とかお話し相手とか、そういう事なら……。
「何もして貰わなくていい。彼女はいるだけで僕に愛情を与えてくれる人なんだ。」
私が迷っている間に、戸神さんははっきりと答えた。私はその返答に動揺してしまった。あ、愛情を与えてくれる!?私、一体いつ戸神さんに愛情を与えたんだろう。あ、もしかして家族愛の事だろうか……??それならまあ、ご飯とか作ったし、なんか家で色々話したし、それなりに家族っぽいことはしたか。戸神さんが家族愛について話しているなら、まあ、私も否定は出来ないけど……。
綾小路さんはニヤリ、と笑って戸神さんを見た。
「そんないるだけでいい愛情なんて、そんな薄っぺらいもの、信じるの?」
綾小路さんの手が戸神さんの手を取って、絡めた。
戸神さんの体が少しびくついた。
「それよりも、もっと深くて濃厚な愛の方が素敵じゃない?ね?戸神さん。」
戸神さんは何も答えない。向日葵達が揺れる音だけが、していた。私は2人の女の子の甘美で少し秘密チックな光景に、目が離せなかった。
「あ、もしかして初めてだった?なら、私に任せて。戸神さんには特別サービス、優しくしちゃうけど……」
途端、戸神さんが綾小路さんの手を振り払った。綾小路さんの手が唐突に離される。戸神さんは睨んだような顔をしていた。
「君には君の、僕には僕の愛情がある。お互い分かり合えないようだから、この話はやめようか」
そう放った言葉は静かな空気をつんざくような声だった。私は体が震えるのを感じた。
「君が好いているのは、僕の見た目だけだろう?あと王子様という立ち位置。寂しい心を埋めるだけの体遊びなら、僕はごめんだ」
そう言って戸神さんは何歩か後ろに下がった。綾小路さんは驚いたように、戸神さんを見ている。
「君の気持ちには、答えられない。ごめんね」
戸神さんはそう言い放つと、そのまま庭園裏を立ち去ろうとした。振り返った後ろ姿に、綾小路さんは声をかけた。
「私の気持ちに答えられないのは言いけれど、王子様はもっと自分の事を自覚した方がいいわ。貴方の見た目と王子様という立ち位置に、惚れる人は何人でもいるんだから。」
戸神さんはその言葉を耳にしてから、そのまま立ち去った。私は1つの演劇を見たような気持ちだった。王子様に恋したある一人のお嬢様は、王子様に告白をするが呆気なくふられてしまう――。
そんな一つの劇の一部――。
一つ一つが台詞のようで、演技のようで、華麗で甘美で艶かしい舞台。この演劇が誰にも見せられないなんて、ああ、なんて勿体ない……。
私が感傷に浸っていると、綾小路さんが声を上げた。
「貴方達、人の告白現場を覗き見るのはいいけれど……、もうちょっとバレないように出来ないのかしら……?」
…………………………!!!???!?!!?
ば、バレてる!?いや、物音一つ立ててないはずなのになんでバレたの???雰囲気??気配??なんでなんで……!!??私は後ろの光と顔を見合せた。綾小路さんは平然としている。
「貴方たちも、戸神さんには関わらない事ね」
そう言って、綾小路さんは庭園裏を去っていった。
私と光は、ただ呆然として綾小路さんが去るのを見ていた。向日葵が太陽を受けて、花を開き始めていた。
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