1-3 白草女学院

 私立白草女学院は、県内唯一のお嬢様女子校だ。入学者の8割は本物のお嬢様で、礼儀作法を学ばせたかったりする親の勧めで入学している人が多い。あとの2割は、推薦入学だ。家がお金持ちじゃなくても、成績がいいとか芸術の才能に長けている人は学費免除で入学できる。まぁ、私の事もそのうちの一人だ。私は勉強が出来たおかげで、家はお金持ちじゃなかったけど学費免除で入学出来た。ただし厳しい成績維持が条件付きではある。しかしお嬢様たちは大体一流の家庭教師をつけているから、その中で学年一位を取るのは本当に至難の技だ。テスト前は命懸けと言っても過言ではない。もし学年10位にでもなったら、私は即退学だ。それぐらい厳しい条件の中で、なんとかやっている。

 学院は全寮制ではないものの、ほとんどの生徒が寮に入っている。基本は寮に入ることが決まりだが、家庭の特別な事情がある人は例外になる。私の場合はお母さんが絶対寮には入れないと言ったのと、普通に寮のお金が払えないからだ。その分放課後や休日が自由だったりはするのだが。なので私のような通称⦅帰宅組⦆は例外という意味では不良と思われやすい。白草の学院寮は規則がとても厳しいことで有名だ。テレビは勿論、漫画や雑誌は禁止されている。許されているのは学院内の図書館の本だけ。化粧品もダメだし、寮内には水とお茶以外はない。お菓子なんて論外だ。基本外出は禁止で、帰省含め外出は年10回までと決められている。その代わり食事が豪華だったり、月に一回著名人のありがたい講演会があったり、毎月誕生日パーティーなどが開かれたりする所は流石お嬢様学校といった所だ。部屋も希望制でお金をたくさん払えば、個室にできたり内装までこだわれる。そんな学校だ。


 私が白草学院に入学したのは、たった一つ。お母さんがそう言ったからだ。あれは忘れもしない中学1年の終わり。本を読んでいた私のところに来て、本を取り上げ白草女学院のパンフレットを渡してきて一言。


「彩葉ちゃん、ここに入りなさい。」


そう言ってきた。勿論家にお金はなかったが、推薦があると学校の先生に教えてもらった私はそこから必死に勉強して推薦枠を取った。あの時は死ぬかと思うくらいには勉強した。けれど、今、こうして白草に通えているのだからもう過去の事だ。おかげで今の友達にも出会えたし、これはこれでよかったと思っている。


 私はそんな話を戸神さんにしながら、白草女学院に向かっていた。戸神さんは「厳しいんだね。」とか「大変そう…。」とか感想を漏らしていた。この感じを見ると、どうやら白草女学院に入りたくて転入して訳ではなさそうだ。親から勧めの勧めだろうか。ま、まさかお母さんに言われて転入したんじゃ…と思って考えるのをやめた。白草女学院への転入は莫大なお金を払わないと認められないらしいから、そんな簡単に入れる訳ない…。聞いてみるのが早いと思い、私は戸神さんに尋ねてみた。


「あの、戸神さんはどうして白草に…?」


戸神さんは一瞬呆気に取られた顔をしたけれど、すぐに答えてくれた。


「会いたい子がいたんだ。その子が白草に入学したって聞いたから、追いかけてきた。」


私が呆気に取られる番だった。一体どんな言い訳をしたらそんな私情で転入できるんだ???まさか馬鹿正直に話した訳でもないだろうに。やはり相当なお金を積んだんだろうか…。さっきもお手伝いさんとか言ってたし。私は苦笑いして、


「へえ、ロマンチックですね…。」


と答えるしかなかった。これ以上聞くのは野暮な気がする。というか理由が王子様すぎるな…。いいな、私もそんな王子様現れてくれないだろうか。少女漫画に出てくるような、そんな出会い方…なんてあるわけないか!と、そんなこんな言いながら歩いていると、白草女学院の門が見えてきた。


「あ、!あれが白草女学院ですよ。」


戸神さんは目を丸くして驚いていた。


「インターネットでも見てたけど……、やっぱり大きいね。流石お嬢様学校……!」


「私も最初来た時はびっくりしました。まあ、中に寮もあるし、それなりに敷地があるのは当たり前なんですけどね。」


白草女学院の正門は豪邸のような立派なものだ。侵入者が入らないように門は高く作られているし、中は静かな空気が流れていて近寄り難い雰囲気が流れている。そんな大きな正門に呆気に取られている戸神さんといつもの光景に苦笑いしている私は門の端っこにある警備室に向かった。警備室の中を覗くと、警備員さんが監視カメラを見ていた。私は小窓をノックして、警備員さんを呼ぶ。警備員さんがすぐに扉をあけ、「何のご用事ですか?」と尋ねてくる。私は「白草の生徒です。」と言って学生証を警備員さんに渡した。警備員さんは私の顔と学生証の顔を見比べてから、「お名前は?」と尋ねてくる。「2年B組19番の桜宮 彩葉です。」と答えると、警備員さんは頷いてから私の隣を見た。

「そちらの方は?」

私は戸神さんに「学生証、持ってますか?」と尋ねると、「これでいいのかな?」とカバンから取り出してきたので、「それを警備員さんに渡してください。」と教えた。戸神さんから学生証を受け取ると、まじまじと戸神さんの顔を見てから学生証と見比べた。

「もしかして転入生の方ですか?お名前は?」

警備員さんは少し疑うようにして、戸神さんをじっと見た。私はもしかして通れないんじゃないか、とヒヤヒヤしてきていた。戸神さんははっきりと、

「戸神 侑李です。」と答えた。警備員さんは「少し確認します。」と言って警備室のパソコンを触り始めた。戸神さんは私に笑いかけて、

「これで入れなかったりしてね。」

と言ってははは、と笑った。な、何も面白くない…。むしろ恐ろしい…。もし戸神さんが学校で門前払いなんか食らったら、お母さんになんて言われるか…。私はまだ起きてもいない事態に身震いがした。警備員さんはパソコンから目を離し、戸神さんに話しかけた。

「失礼しました、戸神様。転入手続きが確認できました。どうぞお入りください。まずは芹沢先生にお会いになってください。」

私は安堵の息を吐き、戸神さんはニコニコしながら「ありがとうございます。」と答えていた。警備員さんに外出用の小さい門を開けてもらい、学院の門をくぐった。


「入れないかと思いました…。よかった、ちゃんと手続きされてて…。」


そう言うと戸神さんは笑って答えた。


「僕もちょっとびっくりちゃった、まあ大丈夫だろうって思ってたけど。」


そう言った戸神さんの姿には安堵も感じられた。戸神さんもまさか門前払いを食らうとは思わないだろう。私は第一関門を突破したような気持ちだった。いや、関門はまだまだ続くんだけれども…。私はホッとしていた気持ちから一転、緊張で心臓がドキドキしてきた。戸神さんはさっきから綺麗な笑顔で笑っている。本当に今日はどうなることやら、と思いながら私達は校舎に向かって歩いて行った。


 真っ直ぐ続く白い道を歩いていくと、大きな噴水が見えてくる。そこは学生寮が近い所で、学生寮から校舎に登校してくる生徒がたくさん歩いてくる場所だ。私は二つの意味で目立つ……と、覚悟しながらその場所に踏み込んだ。

学生寮のお嬢様たちが、小鳥の囁きのようにお話をしながら登校してくる。だが、その目は完全に私達を捉えていた。物珍しそうな顔をして、こそこそとお喋りしている。一方からは、


「あのとても綺麗なお方は一体誰かしら?」


「まあ、なんて美しい方なの?!」


「転入生?桜宮さんのお知り合いかしら。」


なんて囁き声が聞こえてくる。しかしそれに交じって、


「あの方、またお顔に怪我をされてるわ。なんて活発な方なのかしら。」


「見て、成績は良いけれど行いは悪いみたいね。」


「白草には似つかわしくない方ね…。」


なんて笑い声が聞こえる。私はその視線に耐えられず、なるべく顔が見えないように頭を下げながら歩いた。やはり顔は怪我は目立つ。お嬢様たちが怪我をすることなんて滅多にないから、私を好奇と哀れみの目で見ている。これは前にもあった事だったけど、登校時間をずらすぐらいしか対策のしようがない。私の心境は複雑だった。だけど目立っているもう一つの原因、隣の戸神さんは堂々と長い髪をなびかせて、意気揚々と歩いている。私は「やっぱり一緒に登校するの、やめとけば良かったかなぁ……。」と後悔しながら、ただひたすらに下を向いて歩いた。すると隣の戸神さんが急に立ち止まった。私も数歩歩いてから、釣られて立ち止まった。戸神さんは私をじっと見ていた。何かあったのだろうかと思い、「どうかしましたか?」なんて聞こうとした。が、そんな余地もないぐらい、途端の出来事だった。


「うわっ、!」


立ち止まった戸神さんに私は優しく肩を抱き寄せられた。周りから「きゃ〜!」なんてお嬢様達の歓声にも似た声が上がる。何をするんだこんな群衆の中で、と隣の戸神さんを見た。しかし戸神さんはそれはそれは綺麗な笑顔で笑っていた。呆気に取られている私に、戸神さんは周りに言い聞かせるように、はっきりとした声で言った。


「彩葉はとても素敵な女性なのだから、堂々と歩けばいい。見た目で判断するような、品のない人間の言うことを気にする必要は無いよ。」


そう言って私の顎をすくって、あげて見せた。戸神さんの綺麗な顔がち、近い……。


「ほら、こんなにも綺麗な顔立ちをしているのに。」


気づけば私達は好奇の目で見ている学生寮のお嬢様達に囲まれていた。大半は戸神さんに見惚れているようだったが、この光景に憧れるように見ていた。勿論私の顔も目立っているわけで。私はそんな視線に耐えられず、私の顔を上げていた戸神さんの腕をがしっと掴んだ。驚いている戸神さんを無視して、群衆をかき分けて抜け出した。私はお嬢様とは程遠いぐらい早足で歩いて、人混みから離れた校舎の影に隠れた。校舎の壁の死角に戸神さんを連れ込み、私は周りに誰もいないことを確認してから、声を張り上げた。


「とっ、戸神さん!!!」


私は堪らず戸神さんに言い寄った。


「み、皆さんの目の前で、あんな事されては困ります!皆さん動揺してらしたじゃありませんか!?」


私は声を張り上げて真剣に訴えた。けれど話を聞いていた戸神さんは、反省の様子どころか綺麗な笑顔のままだった。


「じゃああんな品のない言葉を、簡単に言えるような人の言うことを聞かないで。彩葉は堂々と歩けばいい。顔のことだって事情があるじゃないか。」


私はその言葉に激昂にも近い感情を抱いた。


「そんな簡単に言わないで下さい!!堂々として歩けですって?!あんなのは我慢して聞き流しとけばいいんです、いつものことなんですから!」


高ぶった感情のままにそう叫ぶと、戸神さんは壁の方に向かって私に容赦なく詰め寄ってきた。その目はこれぐらいにないほどギラギラとしていて、獲物を捕らえる動物のような顔だった。私はその勢いに立ち向かう勇気もなく、情けなく後退りしてしまった。思わずカバンを手から離してしまい、落としてしまったが、戸神さんは容赦なく私に近づいた。気づいたら背中には壁がある状態で、完全に追い詰められいた。戸神さんに見下ろされている状態で、私は尋ねられた。


「…僕が昨日言ったこと、覚えてる?」


「…どれのことでしょう?」


「彩葉が好きだってこと。」


「…納得してませんが…。」


「うん、それは別にいい。とにかく僕は彩葉が好き。で、その彩葉が皆んなにけなされてる。それなら僕には君を守る以外の選択肢はない。」


「なっ…。」


私は自分で顔が赤くなっていくのがわかった。こんな事、真正面から言われたことなんてある訳がない。大体昨日の告白は本気だったのか…。戸神さんが気の迷いでも起こしたぐらいにしか考えてなかった。私はこんな状況になって、この人が本気で私のことを好きなんだと自覚した。いや、本当は昨日の時点で自覚しておくべきだったんだ。私は言いたいことは沢山あったけれど、それをぐっと飲み込んで一言だけ告げた。


「…じゃあもうちょっと、やり方、考えてください…。」


「うん、わかった。彩葉は目立つのが嫌いなんだね。つまりは目立たなければいいの?」


「そういう訳じゃくて……いや、まあ、なるべく白草女学院にふさわしい振る舞いを意識してください……。」


「白草女学院らしい振る舞いって言われてもねぇ……、まあ、善処するよ。」


そう言って納得した戸神さんは私から離れた。私は肩から力が抜けたような気分だった。まさか、顔のことを戸神さんが庇うとは思わなかった。私はなんだがむず痒いような気持ちになった。やっぱり……いや、まぁ、それなりに好かれているらしい。


「とりあえずこの話はこれで終わりましょう。あの、声を荒げてしまってごめんなさい。大丈夫でしたか?」


「うん、大丈夫だよ。むしろ僕の方そこ詰め寄ってしまって申し訳ない。怖かったでしょ?」


「…大丈夫ですよ、怖いなんて戸神さんには思いませんから。すみません、校舎に案内しますね。」


私は落としてしまったカバンを手に持って、校舎に向かって歩き出した。


―――――――――――――――――――――――

結論から言うと、校舎内でも戸神さんの注目され具合は凄かった。下駄箱でも、階段でも、廊下でも歓声がどこからともなく聞こえてくる。私はやっぱり顔を下げて歩きたかったけど、戸神さんに何を言われるか分からないので、泣く泣く顔を上げて歩いていた。当の本人である戸神さんはケロッとしていて、時々目が合った人に笑いかけているようだった。そんな美少女を引連れて、私は職員室に向かった。


「戸神さん、ここが職員室です。」


そう言って私は戸神さんを職員室の前まで案内した。


「芹沢先生…だっけ。その方に声をかければいいのかな?」


「はい、多分それで大丈夫だと思います。」


そんな立ち話をしていたら、職員室のドアがガラッと開いた。そこから出てきたのはちょうどよく芹沢先生だった。


「あら、おはようございます。桜宮さん。」


「お、おはようございます!芹沢先生。」


芹沢先生はまだ20代の若く女性らしい綺麗な先生で、白草の卒業生だ。だから白草女学院の事をよく知っている、若いながらもベテランの先生だ。ちなみに今は生徒指導の担当兼私が所属する2年B組の担任だ。


芹沢先生は戸神さんを見て、「ああ!」と歓喜の声を上げた。


「もしかして貴女が戸神さんかしら?」


「はい、。」


「そう、貴女が!待っていましたわ、戸神さん。でも…あれ?どうして桜宮さんが一緒なのかしら?」


私はギクッとした。まさか聞かれるとは思ってなくて考えてなかった。一体なんて説明しようか…。馬鹿正直に『実は義理の姉妹で、昨日転がり込んできたんですよ〜笑』なんて言う訳にはいかない。ここはやはり『親戚』と言うのがポピュラーだろう。私は震える声を自覚しながら、


「実は、親戚なんです…。」


と、当たり障りないよう説明した。そう言うと芹沢先生は納得したように頷いた。


「ああ、なるほど!桜宮さんの親戚だったのですね。じゃあ一緒に登校してきたのかしら?」


「あ、はい。そうなんです。」


そう言うと芹沢先生は「そう!親戚だったなんて偶然ね!」と言って笑った。戸神さんも合わせて笑っている。少し愛想笑いっぽい…。私の顔もきっとだいぶ胡散臭いような顔をしているんだろう。まあ、こんなお嬢様学校で自分を取り繕わない方が目立つのだから、これは社交辞令の一環だ。芹沢先生が、


「分かったわ、では戸神さんはこちらにどうぞ。桜宮さんは教室に戻っていいですよ、案内ありがとう。」


そう言われて戸神さんは、芹沢先生に連れられて職員室に入って行った。私は関門を超えた…とホッと一安心して胸を撫で下ろした。これで今日の私の役目は終わりだ…終わったんだ…。私は何にも例えられない達成感を胸に感じながら、教室に向かおうとした時だった。芹沢先生がふと、私の方を振り向いて囁くように私に言った。


「桜宮さん、顔の怪我の事でお話があります。朝の朝礼後、生徒指導室まで。」


私の安心は一気に失われてしまった。

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