第20話(完)

 俺と水島さんはカスミの席で向かい合っていた。


「俺たち、戻ってきたのか?」


 われしらず大声になっていたせいか、客がこちらを向いた。


 水島さんがスマホで検索を始めた。俺は席を立ち入口へと向かった。マスターも異変を察したのか、給仕をしながらこちらに視線をよこしたが、そんなのに構っている余裕はない。


 ドアを開ける。

 そこにはマスコットロボットがいた。

 席に戻ると、水島さんがスマホの画面を示した。ウィキペディアだった。


『サイエンス・フィクション(英語: Science Fiction、略語:SF、Sci-Fi、エスエフ)は、科学的な空想にもとづいたフィクションの総称。メディアによりSF小説、SF漫画、SF映画、SFアニメなどとも分類される。日本では科学小説、空想科学小説とも訳されている(詳細は呼称を参照)』


 俺と水島さんは思わずグータッチをした。俺は席に腰を下ろすと言った。


「しかしこの意識の入れ替わりというやつ、本当にリアルタイムなのかな」

「どういうこと?」

「いや、本当にリアルタイムなら、こちらの世界の俺と水島さんは、まさにこの瞬間ここで向かい合っていたということになるよな」

「だからどうしたっていうの?」

「都合がよすぎるシチュエーションじゃないかってことさ。もしこれが仮に、どちらかが車の運転中だったとしたらだよ、危ないことこの上ないじゃないか。俺だったら自慢じゃないけど意識が入れ替わった瞬間にハンドルを握らされていて、安全に運転できる自信はないね」

「そんなのどうでもいいじゃない、結果オーライで」

「そういうわけにはいかないんだよ、そこのロジックがしっかりしてないと俺は納得いかない」

「あー面倒くさい! まったくこれだからSFファンは」

 やっぱり、俺たちの意見が一致することはなさそうだ。


 ここまで読んでいただいた皆さん、本当にありがとう。


 これで俺の体験談は終わりだ。


 えっ、これは小説じゃないのかって?


 いいや、これは天地神明にかけて俺が実際に体験した出来事だ。何なら水島さんに証言してもらってもいい。


 でも、これを実話として皆さんに話しても「そんなのSFじゃないんだから」と一笑に付されておしまいだろう。だって、皆さんはSFが当たり前の世界にいるのだから。


 だから俺は、小説投稿サイトをお借りして、あたかも小説のふりをして書いてきたのだ。


 ここで、俺が二度目の墜落に巻き込まれたとき何を考えたか思い出さねばなるまい。


 あのとき俺の心に浮かんだのは、「まったくあなたはSFは何でも想像できると言いながら、なぜSFのない世界だけは想像できないのかな」という水島さんの言葉だった。


 だったら、もしSFの存在しない世界もあるのなら、まったく違うSFの存在する世界だってあり得るのではないか?


 光に包まれたのは、その瞬間だった。水島さんも一緒に転生したということは、彼女も似たようなことを考えていたのだろう。


 その結果がこれだ。この世界には確かにSFが存在する。けれどもそれは、俺と水島さんの知っていたSFではない。


 なぜならこの世界に存在するSF作家とは、空慎一ではなくという人であり、小梅西京ではなくという人であり、髭村拓ではなくという人であり、ロナルド・A・ホフマンではなくという人だからだ!


 俺たちはこの世界に留まるべきなのだろうか、それとも、またロケットが墜落するのを待つべきなのだろうか?


 どう思います、皆さん?

(完)


の鈴沼植より――本文中トマス・チャタトンに関する記述は、種村季弘『偽書作家列伝』(学研M文庫)、宇佐美道雄『早すぎた天才 贋作詩人トマス・チャタトン伝』(新潮選書)を参考にしました。記してお礼申し上げます。また本作は、先行するSF作品に多くを追っています。先達の営為に対し深い敬意を表します。――茶化してごめんなさい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

SFを読むしか能のない俺がSFの存在しない世界へ転生して売れっ子作家になった件 鈴沼 植 @suzunumaueru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ