第19話
雨が降っていたあの日と違い、頭上には霞がかった早春の青空が広がっていた。強く冷たい風が吹いてきて、二人とも思わず身をすくませる。座り込むから寝転ぶかして、風の当たる面積を小さくした方が安全なのだろうが、俺たちは突っ立ったままだった。
「どうして立っているの」水島さんが訊いた。
「何となく」と、俺。「でもさ、これから街を救おうというのに、座ったり寝たりしていたら、気分が出ないじゃないか」
「似たようなこと考えていたのね。別に必殺技とか超兵器とか繰り出すわけじゃないんだから、どんな姿勢でも一緒なんだけど」
「こんなに意見が一致したのは、二人の間で初めてかもな」
俺たちは笑った。水島さんは笑った口を閉じると、俺の顔をちらっと見た。
「ねえ、私が言うことじゃないけど本当にこれでいいの? あっちに戻ったらまたただの大学生よ?」
「水島さんこそ、こっちに未練はないの?」
「何にも。実は私、元いた世界には彼氏がいたの。こっちの世界ではとっくに別れたことになっていたけど、戻ればまたやり直せるかもしれないし」
「俺は、――俺は本気でこれでいいと思ってる。さっき水島さん、俺のやってることは無理な接ぎ木だと言ったな」
「言ったけど」
「接ぎ木は無理かもしれないけど、挿し木は芽を出すことはあるんだぜ」
俺はSNSの画面を見せた。水島さんの顔に、ちょっと感心したみたいな表情が浮かんだ。
「俺さ、元いた世界に戻ったら、SFに関する仕事に就こうと思う。読むだけじゃなくて、どんなかたちでもいいからSFに関わっていたいんだ」
「卒業見込みなしの大学6年生なんて、そうそう雇ってくれるとことないでしょ」
憎まれ口をききながら、そこには棘がなかった。俺は言い返した。
「失礼な、6年生じゃなくて7年生だぞ。あっちの俺が退学になっていなけりゃもうすぐ8年生だ」
俺たちはまた笑った。
さすがに緊張するのか、水島さんが俺の袖を軽くつまんだ。
「この先にあるのはSFが当たり前の世界なのね」
そうだ、――だが彼女の言を聞いた瞬間、何かを考えてしまった。
それが何なのか自覚する間もなく、世界は白い光に包まれた。
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