第18話

 水島さんを玄関先で持たせて、自宅に入った。どうもこの二人を対面させると喧嘩するんじゃないかと、何の根拠もなく思ったからだ。俺はまさみの顔を見るなり告げた。


「まさみ、俺は、俺はね……この世界の人間なんじゃないんだよ。パラレルワールドから来た人間なんだよ!」


 俺はこれまでの経緯を包み隠さず説明した。自分の「作品」が、元いた世界の「盗作」だったことまで。


 まさみの顔には、驚愕と、理解と、納得とが、すごい速度で入れ替わり立ち替わり過っていった。俺は自分の「作品」について、今後著作権は放棄するからその収入はSF振興財団の設立に使ってほしいと依頼した。


 そして、俺は言った。

「びっくりしただろう?」

「いいえ。この世界の人間であろうと、パラレルワールドの人間であろうと、晶くんは晶くんに変わりないじゃないの」


 初対面のとき、ロボットという概念すら知らなかったまさみ。その彼女が、こんなSF設定を苦もなく飲み込んでくれている。俺は胸熱になりながら言った。


「西の空に墜落するロケットが輝くころ、ひとつの光が宇宙へ飛んでゆく。それが俺なんだよ。――さよなら、まさみ」

「待って晶くん! 行かないで!」

「この街がピンチなんだよ!」


 俺は家を飛び出した。


 さて、格好つけて飛び出したはいいが、そこで水島さんに声をかけられた。


「それで、これからどうするの?」

「どうするって決まっている。またあのときのように丘に登って、ロケットの墜落を待ち受けるんだ」


 水島さんは道路を指さし、

「これでどうやって登れっていうの?」


 丘へと向かう道路は避難する群衆で埋まっていた。これまたあのときと同じだ。丘の反対側へ回り込んで少しでも爆発の直撃を避けようというのだ。このおびただしい群衆をかき分けて進むなんてできっこない。下手すれば途中で圧死する可能性だってある。


「カスミから直行していれば間に合ったかもしれない。でも、もう手遅れ。佐野くんがこっちへ走ったからでしょ」

「仕方ないじゃないか。俺には俺でつけなけりゃいけない始末があったんだから」

 と口では言いながら、俺は内心頭を抱えた。これでエネルギーを相殺できなかったら、街ごと破滅してしまう。まさみも救えないし、財団うんぬんの話も存在すら知られずに消えるだろう。本末転倒だ。


 そのとき水島さんが言った。

「ねえ、高い場所だったら別にあの丘でなくてもいいんじゃないの? どこかそういう場所はない?」

「馬鹿言うな。そんなおあつらえ向きの場所が――」


 あった。


 それも、あの丘と反対側に。


 人の流れに逆らって進む格好になったが、すでに住民の大半は逃げ出していたから、ぎゅう詰めになった丘への道を行くよりはずっと楽だった。


 高層マンションの管理人室へ押し入ると、伯父は酔い潰れていた。ショックのあまり逃げる気力も失ってやけ酒を呷っていたらしい。


 呂律も怪しい状態だったのに、俺の印税を全部やるので協力しろと言ったらたちまちシャンとしやがった。文字通りの意味で現金な奴め。もちろん俺の約束は空手形だ。けれども事が済んだあと、伯父にあれこれ言われるのは本来こちらの世界にいた俺だ。街を救った上に元の世界に戻してやるのだから、そのくらいの面倒は引き受けてもらおう。


 伯父からは、建物の見取り図とマスターキー、加えて緊急時にエレベーターをカゴの内部から強制操作できる特殊な鍵も受け取った。特に最後のは助かった。最悪、25階まで非常階段を登ることも覚悟していたから。


 直通運転で最上階まで上がった。上層階では住民が犬を食っていた――なんてことはなく、俺たちは無人の廊下を走りマスターキーで屋上への扉を開けた。

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