第17話

 客も店員も総立ちになりたちまち外へ飛び出していった。俺たちだけが取り残された。


「どうなるの、これ」水島さんが震える声で言った。「私たち、また別の世界へ飛ばされるの? それとも今度こそ死んじゃうの?」

「俺にわかるものか。しかしどっちにしろ、ここにいても仕方ない。外に出よう」


 外では、あのときの阿鼻叫喚が再現されていた。


 そのとき俺の心を占めていたのはまさみのことだった。何としても彼女だけは助けたい。しかしこんな状態になっていては、彼女を墜落の影響圏外へ連れ出すことは不可能だろう。


 どうすれば――。


 何も思いつかないまま、足だけは反射的にふらふらと自宅へ向かう。水島さんもどうしていいのか見当がつかないのだろう、無言で俺についてきた。


 十字路にさしかかったところで、目の前を巨大な影が横切った。


 影の正体は自動車だった。パニックに陥ったドライバーが安全確認無視で突っ込んできたのだった。俺と水島さんは身を引いた勢いで道路に尻もちをつく。


 車は角のブロック塀に思い切り衝突した。

 もしこの衝突に巻き込まれていたら、と思うとゾッとした。車はフロントの部分がひしゃげている。


 遠巻きに様子を窺っていると、ドアが開いてドライバーがよろよろ這い出てきた。そいつは体勢を立て直すと、たちまち丘の方へ向かって走って行った。他に逃げ遅れた同乗者がいないかしばらく見ていたが、どうやら乗っていたのはドライバーひとりだけだったらしい。


「ああ、危ないところだった」水島さんが言った。「それにしてもこんなに壊れているのに、よく中の人は無事でいられたよね」

「それは、車のバンパーっていうのはわざと壊れて事故の衝撃を吸収するようにできていて――」


 そこまで言いかけて俺は固まった。


 


 墜落時に生じたエネルギーは俺たちの意識を異世界に飛ばすことで相殺され、この街は無事ということになる。それならばまさみも助かる。おそらく、元いた世界の街も無事、入れ違いで飛ばされたこちらの世界の俺たちも無事なのだろう。


 あえて爆発に身をさらすことで、この街を救うことができるのだ。


 だが、それは同時に、まさみをこの世界に置き去りにすることをも意味していた。それに、俺の撒いた種はどうなる? 俺のいなくなった世界で、SFへの悪評に耐えていかねばならないかと思うと――。


 とりあえずまさみに連絡をとろうと思った。しかし携帯電話がつながらない。SNSで何とかならないかとブラウザを開いたところ、大量の通知がついていることに気づいた。ここのところ見ていないから知らなかった。


 通知されている投稿の大半は、見ず知らずの人からのものだった。


『誰が何と言おうとSFは面白いんだ』『SFを悪く言う連中は古い文学観に囚われているだけ』『この世にこんなに面白いものがあるのかと思い、私もSFを書こうと思いました』――。


 リンクをたどると、俺が『夏への突破口』を投稿したサイトに行き着いた。そこではSFというタグで、おびただしい数のSFが投稿されていた。


 借り物ではない、この世界オリジナルのSFが。


 俺は走り出した。水島さんもついてくる。俺は走りながら、バンパー説を水島さんに説明した。


「それなら辻褄が合うけど、でも、佐野くんの言ってることはみんな仮説でしょう? かもしれない、かもしれないの連続を本気で実行する気?」


「仮説じゃない、SF的想像力だ」俺は言った。「世界が破滅に瀕しているとき、SF的想像力を働かせなくていつ働かせるんだ? これは一発逆転を狙った大博奕、アメリカンフットボールでいうところのヘイル・メアリー・パスってやつだ。ただし飛んでくるのはボールではなくロケットだがな!」

「なんでいきなりアメフトが出てくるの?」

「そこは気にするな!」


 何だかんだ言いながら、ついてくる。

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