第14話

 思えばこのあたりから、SFが世間で知られることの反動が起こってきたのだった。


 この世界はSFのことを知らない。だから俺の「作品」を新しいものとして認識し食いついてきた。おかげで俺は売れっ子作家になることができた。もし仮に俺の飛ばされた先が、元いた世界とはまるっきり違うパラレルワールドであったとしても、そこにSFという概念なり文学ジャンルなりが存在していたら、こうは成功できなかっただろう。


 だがそれは裏を返すと、この世界はSFに対しまるで免疫がないということだ。だから、元いた世界ではとっくの昔に笑い話になっているような誤解や勘違いが、次々と俺の身にふりかかってきた。


 誤解その1。SF作家は科学に詳しい。


 まあこれは誤解とは言い切れないところがある。実際、科学に詳しいSF作家もいる(少なくとも元の世界にはいた)のだから。たまたま俺が科学音痴なだっただけだ。


 それでも以前あったように科学者との対談をやらされるのはまだいい。閉口したのは、ネットでSFを非科学的だといちいち例を挙げて攻撃する連中が出てきたことだ。SFが存在しないのに潜在的なSF警察は存在するだなんて、あまりゾッとしない。俺の身に起こったことを明かして、だったらお前らこれはどう説明するんだと言ってやりたかったが、まさかそうもいかない。


 誤解その2。SF作家は未来の予言者だ。


 こっちの誤解の方がより深刻だった。SFが描く未来は巫女の託宣とは違うんですよ、と何度言っても通じない。『夏への突破口』を読んだ未知の読者から「未来がこうなるのなら掃除用レイバーのメーカーの株を買えば儲かるのか」と真顔で訊ねられる始末。もっとひどいのになると、明日の天気や競馬のことを訊いてくる。そんなの気象予報士か競馬評論家に訊けっつーの!


 未来を予想してくれという依頼があまりに多いものだからヤケになり、「未来では車が空を飛び、衣服は布の代わりにスプレー式になって、一粒で腹一杯になる食品が開発されるでしょう」とコメントしたら、それが大々的な記事になった。


「そんなのSFじゃないんだから」の一言で流されてしまう冗談が、この世界ではツッコミ不在のまま素で受け止められてしまうのだ。もしも俺が「火星には知的生命体がいて、数日以内に地球を侵略しにやって来る」などと言おうものなら本気でパニックが起きかねない。


 誤解その3。SFは人間が描けてないからダメだ、もしくはSFなんか小説じゃない。


 いちばん馬鹿馬鹿しいのに、いちばんタチの悪い誤解がこれだった。小説ジャンルの垣根が崩れて、純文学の作家がSF的な作品を書いたり、純文学的な手法を取り入れたSFが書かれたりといった時代ではないのだ――この世界では、まだ。


 そして本が売れるということは、良くも悪くも目立つということでもある。おかげで俺は、頭の固い文芸評論家諸氏の集中砲火を浴びる仕儀と相成った。


 いわく『SFが通俗小説であるのは、それが科学という固定観念を前提としているからである』。


 いわく、『SFはなぜ、こうもつまらないものが多いのか。つまらないのに、なぜ、批判されないのか。それとも、とりあげるにたりないのか。それにしても、SF作家が、SFプロトタイピングとやらに登場し、したり顔で発言するとなると、ひとこといった方がよいと思う』。


 俺はこうした無理解に対し、いちいち反論しなければならなかった。しかし、俺がドストエフスキーも夏目漱石も一冊たりとも読んでいないことが、よけいに連中の反感と軽蔑をかき立てる結果となった。


 そしてとうとう決定的な事件が起こった。


『解体された男』の読者の中でもとりわけアホな連中が、作中に出てくる歌を歌いながら犯罪を働ければ足がつかないと勘違いして、都会のど真ん中にある宝石店に白昼堂々集団で押し込んだのだ。あの歌はテレパシーによる警察の捜査を妨害するためのものなのに!


 もちろんその場で通報されてあっという間に逮捕されたが、この一件は、SFに対する世間の心証を完全に悪くした。SFはまるで諸悪の根源のように扱われた。


 何てこった。空慎一も、小梅西京も、髭村拓も、こんな障害と戦ってきたのか?


 俺は自分のしたことが恐ろしくなってきた。ひょっとしたら俺は、もろもろの魑魅魍魎と戦う覚悟もないまま箱を開けてしまったパンドラなのかもしれない。しかもこの箱には、いちばん上に希望が入っていて、あとは底なしに災いだけが詰まっているのだ。

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