第8話
加藤さんは話を戻して、『夏への突破口』の問題点を指摘していった。第一に、米ソの核戦争後という舞台設定が古い、第二に、主人公はエンジニアなのに現代のテクノロジーを使っているようには見えない、第三に……。
そりゃそうだろうな、と俺は思った。何しろ原書刊行は1959年の小説を、頭の中にある通りに丸写ししただけなのだから古い箇所が出てくるのは当然だ。自覚はあったが、下手にいじると全体の整合性がとれなくなりそうで手が出せなかったのだ。
しかしプロの編集者の助言があれば上手く直せそうだ。そんなんでよく出版社が買いに来たものだと思うが、ま、そこは名作の力ということで。
「それで最後なんですけど、ええと……」加藤さんはすこし言いにくそうにした。「ヒロインの年齢がですね……」
うわー、やっぱりそこ来たか。
実は投稿サイトで人気が上昇してからネットにファンアートもアップされるようになったのだが、どうもある趣味嗜好をお持ちの方々のハートをがっちり掴んでしまったらしく、ヒロインのイラストは主人公の愛犬ピーターと人気を二分している状態なのだ。
「12歳というのは、その、法的とか倫理的とか社会的にちょっとどうかと……。まさか鈴沼さんのご趣味とか……」
加藤さんが疑惑と嫌悪の入り交じった目で俺を見る。やめろー! そんな目で俺を見るな! 悪いのは全部ホフマン先生だ!
「ところで作品の内容とは別にご相談があるんですが」と打ち合わせが一通り終わったところで加藤さんが言った。「鈴沼さんの作品は、これまで例を見ない斬新な小説です。確かにそれは強力な売り物なんですが、一方で、どこにも分類できない小説というのも版元としては売りにくいんですよ。ここは営業や上層部を説得するためにも、パッケージとしてのジャンル名を考えた方がいいと思うんです」
「それで、加藤さんには何かアイデアがあるんでしょうか」
「主人公が騙されたと知って、仲間の家に押しかける場面がありますよね。あそこで本当は何が起こっているのかって、後になって明かされるわけで、ミステリ的な面白さがありますよね。そこで変格ミステリというのはどうでしょうか」
「いや、これをミステリと強弁するのはどうかと……」
別にミステリに恨みはないが、SFは戦前、変格探偵小説と呼ばれたせいで誤解を受けた経緯がある。俺はSFというジャンルを早急に認知させなければいけない。そんなところから始めて悠長に回り道している暇はないのだ。
「じゃあ、作中に時間を移動する機械とか冷凍睡眠とか科学的なアイデアが出てきますよね。それでいま科学小説という呼び方を考えたのですが」
「うーん、それじゃ固くないですか。科学啓蒙の小説と誤解されるかもしれないし、科学が苦手な読者を遠ざけてしまう恐れもある。僕の小説は厳密に科学的な話ではなくて、もっと空想的な要素が強いですし」
「あ! だったら空想科学小説は」
俺の小説を古い古いと言っておきながら、この人のセンスも相当なものだ。どう思います、皆さん?
「いっそ横文字にしませんか」俺は言った。
「横文字?」
「そう、だっていまのご時世、推理小説だってミステリと呼ぶじゃないですか。ならばこの小説も横文字で表現した方がキャッチーでしょう」
「確かにおっしゃる通りですね、ぜんぜん気がつきませんでした。それならぴったりの案がありますよ。名付けてサイエンフィティック・ロマンス……」
どうしてそっちに行くかな。
「僕の案を言います」俺はとうとう痺れを切らせた。こっちは駆け出し作家だからなるべく編集者を立てようと我慢してきたがそれも限界だ。「SF、というのはどうでしょう」
「SF……?」
「そう、サイエンス・フィクションの略です。サイエンフィティック・ロマンスよりすっと短くてわかりやすいでしょう」
「なーるほどSFかあ。格好いいですね、その案いただきます! ただ、ひとつだけ懸念があるのですが……」
「何ですか?」
「SMと混同されたりしませんかねえ」
どこまで古いんだ、この人は。昭和か。
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