第7話

 編集者とはカスミで会った。


 出された名刺には『杜の道社 文芸書編集部 加藤かとうまさみ』とあった。


「鈴沼さんのお作、たいへん興味深く拝見いたしました」と加藤さん。たぶん俺よりいくつか年上の女性で、いかにも仕事ができそうなキビキビした雰囲気を発散させている。


「特に架空の機械で、過去へ行くという発想は斬新ですねえ! これだけでも面白いのに、しかもそのことによって過去が変わってしまうなんて! きっと、これまで誰も考えたことのなかったアイデアですよ」

「えへへ、実はあの機械、未来へ行くこともできるんです」

「ええっ、それはすごい!」

 眼を輝かせて身を乗り出してくる。お世辞ではなく本気で感心しているようだ。


「つきましては、ぜひうちで出版させていただきたく思うのですが、ただいくつか直していただきたい点がありまして……」

「どういうところでしょう?」

「まず作中に出てくる文化女中器ハイヤード・ガールという機械なんですが名称がちょっと古臭いのではないかと」

「まあ、あれは一種のお掃除ロボットですから、そういう風に言い換えてもいいでしょう」

「あの、ロボットって何ですか?」

 加藤さんが怪訝な顔で訊いてきた。あの日の書店員と同じ表情だ。


「ロボットというのはチェコのカレル・チャペックが……」俺が言いかけると、

「チャペックといったら『園芸家の一年』の作者ですよね。あの作家が何か?」


 しまった。この世界ではヴェルヌもウエルズもSFを書いていないのだ。するとチャペックも『R・U・R』を書いていないのだろう。


「ええと、あの、俺はすごく度忘れしがちなんですけど」話を強引に変えることにした。「ほら、あの、工場なんかで、オートメーションで製品を組み立てる機械ってありますよね。あれって何ていいましたっけ?」

「レイバーのことですか……?」


 なるほど、ひとつ勉強になった。ああいう機械をこの世界ではレイバーと呼ぶのか。ロボットだってもとは労働というチェコ語からチャペックが造った言葉だから、語源が似ていてもおかしくはない。まさか両生類の山椒魚まで存在しないとは思えないが。


 そういえばあの日以来、店頭のマスコットのロボットは消えたままだ。故障したのだろうと漠然と考えていたのだが、どうやらこの世界では人間型のロボットという概念自体が存在しないらしい。


 ということは、10万馬力で空を飛ぶアレや、何でも入るポケットを持つアレや、通常の3倍のスピードを出すアレも存在していないのだろう。会話には気をつけないと。


 しかしそれはそれとして、俺はひとつ気になったことを訊ねてみた。

「ところでそのレイバーについてですが……」

「何でしょう」

「警察へ大量に納入されていたりはしませんか」

「はい?」


 また怪訝な顔をされた。

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