第6話

 それから数日間は何もやる気が起きず、食っては寝てを繰り返した。


 俺の胸に巣くっていたのは虚脱感と、憤りとも何ともつかないモヤモヤ感だった。


 科学のカの字もない中世風異世界に飛ばされたというのなら、SFがないのもまだ納得できる。しかしこの世界では、科学技術は元いた世界と変わらないのにSFだけが存在しないのだ。何かが間違っている。


 さすがに荒涼とした時間に耐えかねて、2日目からはビートルズのCDをエンドレスでかけた。


 こちらの世界の俺はビートルズが好きだったらしく、オリジナルのアルバムは一通り持っていた。ビートルズなんて超有名曲しか知らなかったが、こうやって聴いてみるとなかなかいいもんだ。


 そして「イエスタデイ」が流れていたときだった。


 何年か前、同じタイトルの映画を見たことを思い出した。パラレルワールドものだというので見に行ったのだ。


 主人公は売れないミュージシャン。全世界が謎の停電に襲われた夜、バスに跳ねられたせいでビートルズの存在しない世界へ飛ばされてしまう。そこで彼はビートルズの曲を自分の作品として売り出す……。


 そのとき閃いた。パンがないのなら菓子パンを食べればいいじゃない。SFがないのならSFを書けばいいじゃない。


 俺ならそれができる。


 俺のムダにいい記憶力は、古今東西の名作SFを正確に記憶している。あの映画に喩えるのならば、ビートルズどころかローリング・ストーンズもピンク・フロイドもクイーンもサザンオールスターズもYMOもSOWも知っているようなものだ。どうだ恐れ入ったか! わはははは。


 あの主人公は曲を他人に聴かせるのに苦労したみたいだが、そこはそれ、こちらには小説投稿サイトという便利なものがある。


 さて、投稿するならペンネームを考えなければならない。あれこれ考えたすえ、ヴェルヌとウエルズからいただくことに決めた。恐れ多い気もしたが、俺はこれからこの世界におけるSFの始祖となるのだ。このくらいの気概がなくてどうする。


 ヴェルヌ→ベル・ヌ→鈴・沼。ウエルズは漢字を当てて植。

 鈴沼植。すずぬま・うえる。


 センスの欠片もないネーミングだが、その点についてはあえて追及しないことにした。


 俺の「デビュー作」は、ロナルド・A・ホフマンの『夏への突破口』に決めた。これは福島喬による邦訳が半世紀以上も版を重ねている古典的名作で、SFファン以外にも広く読まれている。俺はこの世界で唯一SFを知っている者として、SFの面白さ素晴らしさを世に知らしめる義務を負っている。そのためには一般受けしそうな作品から「発表」していく方がいいだろうと判断したのだ。


 いいか、あくまでも崇高な理由からであって、マニアックなものじゃ売れないだろうとか、夢の印税生活を送りたいとか、そんな不純な理由から選んだんじゃないぞ! まあ、それはさておき――。


 いきなり1冊分まるまる投稿しても読んでもらえないだろうから、1回あたり5分くらいで読み切れる分量に小分けして投稿した。


 最初のうちは、まるで反響がなかった。だが、それは織り込み済みだった。俺には自信があった。


 はたせるかな、話が半分を超えたあたりからPV数がじわじわと伸び始めた。サイト内のレビューやSNSでも「これまで読んだことのない小説」「とにかく奇想天外で面白い」などといった感想が目につくようになり、完結するころには投稿サイトでも一、二を争う人気作となっていた。


 そしてついに待ち望んでいたものが来た。出版社がコンタクトをとってきたのだ。

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