第5話
何という狂った宇宙だ!
俺は頭を抱えた。これじゃフランク・バークリーの『錯乱した宇宙』だ。あの作品ではSF雑誌の編集者が月観測ロケットの墜落に巻き込まれて並行宇宙へ飛ばされる。するとそこは宇宙旅行からタイムトラベルからESPから、とにかくありとあらゆるSF設定が実現した世界だった。
ところが俺ときたら、まったく真逆の世界へ来てしまった。俺にとってSFが存在しない以上に狂った宇宙などないのだった。どう思います、皆さん?
結局きのうは書店でハンディタイプの文学事典を買って帰り、自宅でインターネットの検索結果と突き合わせてみた。
メアリ・シェリーは確かに、バイロンの提案に従って小説を書いた。しかしバイロンが提案したのは怪奇小説ではなくロマンスで、出来た作品はヴィクター・フランケンシュタインが恋に落ちるという話だった。
エドガー・アラン・ポーは「黄金虫」や「モルグ街の殺人」など、ミステリの源流となる作品を書いた。しかし「メールシュトレーム」や「ハンス・プファールの無類の冒険」などは書かずに40歳で没した。
ジュール・ヴェルヌの代表作は『十五少年漂流記』で、彼は冒険小説の鼻祖と目されている。
H・G・ウエルズに至っては小説家ではなく思想家にカテゴライズされていた。現在にまで名前が残っているのは『世界文化史体系』の著者としてだ。
これではSFなど存在するはずがない。
俺が調べた範囲では、元いた世界とこの世界の大きな相違点はSFが存在するかしないかだけで、それ以外の社会情勢や文化に関しては変わらないようだった。ついでに言うと、LINEから水島さんの連絡先が消えていたのにも納得がいった。SFがないこの世界では、二人の接点もまたなかったのだ。
こうなるとSFファンは理解が早い。似たような話をいくらでも読んでいるからだ。しかし早いのは理解だけで、解決策はワープ航法に対するカタツムリのごとくちっとも追いついてくれないのだった。
俺は自宅を隅から隅まで探り、自分自身に関する情報を集めた。確かに世界全体の大状況は同じかもしれない。だが、個人的な状況はまた別という可能性もある。こちらの世界ではとっくに大学を卒業していて、親の遺産が知らないうちに増えていて一生遊んで暮らせるとか、貸家を何軒も持っていて家賃の上がりだけで一生遊んで暮らせるとか、空製薬の大株主になっていて配当だけで一生遊んで暮らせるとか、そうなっていてもおかしくないだろう?
佐野晶一。現在大学6年生。もうすぐ7年生。ここしばらく大学へ行った様子なし。銀行預金の残高は記憶と同じ。
どうしてこんなところまで律儀に一致しているんだ、チクショー!
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