第4話
そこは全国規模のチェーン書店で、雑居ビルの3フロアを占拠している。勝手知ったるSFの棚――。だがその棚は、ミステリと冒険小説で占められていた。いつの間に模様替えをしたのだろうか。
「SFはどこに置いてありますか」店員をつかまえて訊いた。
「エスエフ、ですか……?」
相手は怪訝そうな顔をした。
「ほら、『スター・バトル』って映画があるじゃないですか。あんな感じのジャンルの本、どこに置いてあります?」
『スター・バトル』といえば第1作が1977年に公開され世界的なSFブームを巻き起こした映画シリーズだ。近年では新作が公開されること自体がニュースになっていたから、見ていなくても名前くらいは知っているだろう。
ところが店員はきょとんとしたままだ。ここの店員教育には定評があったはずなのに、どうなっちまっているんだ?
いや、それとも――。
俺の脳裏に嫌な予感が生まれた。その予感は背筋を凍らせつつ尾骶骨へと降りてゆく。まさか。
「じゃあ、じゃあ、空慎一の本はありますか?」
俺はその予感を直視する気になれず、今度は作家名で訊いてみた。ショートショートの神様と呼ばれ、国語教科書にも作品が採用された空慎一ならどうだろう?
すると店員の顔が、はじめて話が通じたというように明るくなった。
「ああ空慎一の本ならございますよ。ご案内いたします」
連れていかれたのは、文芸書でも文庫でもなくビジネス書の棚だった。
『空慎一の経営哲学』『部下をやる気にさせる空慎一のマネジメント術』『仕事がイヤになったときに読む空語録』……エトセトラ、エトセトラ。
何じゃこりゃ? 同姓同名の人がいるのか?
何冊かパラパラとめくってみた結果、以下のことが判明した。
空慎一は製薬会社社長の息子として生まれ、父の急死によって跡を継いだが当時すでに悪化していた経営を立て直すことができず、会社を手放すことになる。そんな折、気晴らしに入会した空飛ぶ円盤研究のサークル経由でSFの世界に足を踏み入れる……というのが俺の知っている空慎一だった。
ところがこの空慎一は会社を手放すどころか世界的大企業へ発展させていた。先年のパンデミックも空製薬の開発したワクチンと治療薬によって早期に収束したという。本人は20年以上前に亡くなっているが、いまでも経営の神様として扱われている。ショートショートの神様としてではなく。
もう店員はあてにできないと思った俺は、書店の検索システムにSF作家の名前を片っ端から入力していった。ほとんどは空振りに終わったが何人か例外があった。
ミスターSFと呼ばれた小梅西京に関する本はマスコミ関係の棚にあった。漫才の台本書きからキャリアをスタートさせた彼は、昭和のテレビ黄金時代を代表する放送作家になっていた。
唯一、文芸関係の棚にあったのが村雨拓也だった。司星官シリーズやジュブナイルSFで知られる髭村拓の本名だ。彼は高校時代に俳句をやっていたが、小説家にはならずそちらで名を成したらしく、句集が何冊も出ていた。ちなみに代表作として人口に膾炙しているのはこんな句だという――
『初雪に佇むなぞの転校生』
ことここに至って、俺はあの嫌な予感が真実であると認めざるをえなかった。
俺は、SFの存在しない世界へ転生してしまったのだ。
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