第10話 『終焉の魔女』現る
目の前に現れたのは黒を基調とした一人の少女……らしき人物。
しかし、状況的にこの人物が何者であるかは、火を見るより明らかだ。
そう――目の前の人物こそ『終焉の魔女』で間違い無い。
ヴィルドレットも瞬時に目の前の人物を『終焉の魔女』だと判断したが、同時に違和感を感じた。
◎
ヴィルドレットは『終焉の魔女』と実際に相対した時、その瞬間こそが勝負を左右する一番のターニングポイントとして捉えていた。
正直、幾ら剣術や魔術、更には魔剣士としての技術が優れていたとしても、『終焉の魔女』へ抱く己の恐怖心に打ち勝たなければその先はないだろう……。
『世界最強』をほしいままにする魔剣士ヴィルドレットでさえ、その恐怖心は例外なくその心に根強く蔓延る。
初会の瞬間――ここでまず恐怖心に打ち勝って初めて勝負が始まる……もし、そこで恐怖の濁流に飲み込まれてしまっては……その先は言うまでもあるまい。
◎
そして、今まさにこの瞬間こそが、そのターニングポイント。最初にして最難関。
幾らイメージトレーニングをしていても、所詮は空想。
現実に『終焉魔女』を目の前にした時、どれ程の恐怖心が押し寄せてくるかは想像し難く、計り知れない。
おそらく、幾ら誇張したイメージ像でも、本物には追いつかないだろう。
そのつもりでいた。そのつもりで構えていた――
しかし、実際に初会の瞬間を得たヴィルドレットの心を満たした感情は想像していたのとは全くの別物だった。
――やっと会えた……
ただ、ひたすらにこの想いが心を満す。ヴィルドレット自身まだその意味に辿り着けないが、何よりも懸念していた己の中での恐怖心はどこにも見当たらない。
出会う前には確かに持っていた『終焉の魔女』への恐怖心。
思い返せば、この山(『魔女の棲家』)へ足を踏み入れてから何かがおかしい。
あった筈の恐怖心は全く無くなり、その代わりに湧き出てくる感情は、安らぎと懐かしさと、何故か……愛おしさ。
そして、『――やっと会える』という謎の高揚感。
一体誰に会えるというのだ? まさか、あの最強魔術師マリカが『化け物』と称した『終焉の魔女』に対して
◎
ヴィルドレットの目に映る『終焉の魔女』の姿はやはり思った通りの不吉な風体だが、それに対してヴィルドレットは己がとある衝動に駆られてしまった事に愕然とする。
――帽子に隠れる彼女の素顔が知りたい……
ヴィルドレットの中でまず、真っ先にこの思いが駆け巡った。
なんという緊張感の無さ。自分で自分が情け無いが、正直言うとこの思いが一番大きい。
しかし、次の瞬間に、その謎だらけの己の衝動を理解するキッカケが訪れる。
「……たった一人でこの私に挑もうとは舐められたものですね」
「……え……その、声って……」
そう、あの声……『私の、旦那さんになってくれる?』
ヴィルドレットは呆然と立ち尽くし、自然、涙を零す。
何度も耳にした紛うことなき、その声音。
――追い求めた……否。 追い求める事すら叶わないと思っていた『その人』。
その対象がこうして目の前に現れた事に涙を流すほどに歓喜する。
「……本当にいたんだ……」
文字通り夢にまで見た『その人』。いや、もしかするとこれも夢なのかもしれない……いや、むしろ夢であってくれとも思う。
そうすれば『終焉の魔女』が『その人』だったなんて冗談もあり得なくなるのだから。 但しその場合、『その人』は再び架空の人物へとなってしまう……。
この複雑な状況下でヴィルドレットは一人、心を掻き乱し、とてもじゃないが戦える状態では無くなっていた。 まぁ、当たり前と言えば当たり前である。
あのマリカを振ってまで最愛を貫いた存在――実在しない人物と思っていた『その人』がせっかく実在したのだ。
そんな最愛の人と本気で命のやり取りなど出来るはずがない。
しかし、そんなヴィルドレットの想いとは裏腹に『その人』――いや、『終焉の魔女』は臨戦態勢をとる。
ヴィルドレットの目に映っていた『終焉の魔女』の姿は突如として消え――刹那、
「何、ボーっと突っ立ってるんですか?」
美しい声音は己の背中の方から聞こえた。
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