第17話 悠久の魔女エミリーとの再会

 さて。ポーションを作ると冒険者たちに約束した以上、安定して材料を確保できるようにしたい。

 別にインフィが自分で作る必要はないのだ。

 この街のポーション職人のレベルは大幅に向上している。更に修行を積ませ、質のいい薬草を与えてやれば、中級ポーションくらい作れるようになるはず。


 というわけで、薬草の大産地に誰もが気軽に行けるよう、結界塔を再稼働させたい。

 だが、さすがのインフィも一人でそれを行うのは困難である。

 モンスターを蹴散らして結界塔に辿り着くのが簡単でも、塔に十分な魔力を供給するのに十数時間はかかる。飲まず食わずで、おまけにモンスターに襲われながらそれをやるのは避けたいところだ。


「やはり魔石に魔力を貯めて持っていくのが現実的でしょうね」


 インフィはこの街に来てから、それなりに歩いて回った。

 質のいい魔石を扱っている店は、すでに見つけている。

 ただ千年前と同じく、いい品物は、それに相応しい値段がついている。

 結界塔を動かす魔力をため込める魔石となれば、貴重品中の貴重品。

 魔法武器やポーションを売ってかなりの収入を得たが、正直、まるで足りていない。


 インフィが宿の部屋で困っていると、アメリアが提案を出してきた。


「マスター。魔王の城から持ってきた品の中に、高そうなのがいくつかあるぞ。それを売ればかなりの額になるはずじゃ」


「ああ、その手がありました。どうもボク、金策には頭が回らなくて」


「そういうのは任せておけ。吾輩の言うとおりにしていれば、金を稼ぐなど簡単なことじゃ」


 そしてインフィは古道具屋の前に行く。

 店に入る前に『金やプラチナで装飾された剣』『偉そうな紋章が刻まれたペンダント』『宝石がちりばめられた錫杖』などを零敷地倉庫ディメンショントランクから出す。

 そこに偶然、パトロール中の衛兵が通りかかった。

 なぜかインフィは逮捕されてしまった。


 なんとインフィが売ろうとした品々は、このバルチェード王国の国宝であるらしい。


 あの魔王がいた城は、もともとバルチェード王国の砦だった。そこで守られていた宝ごと魔王に奪われてしまった。

 悠久の魔女エミリーによって魔王が討伐され、砦が開放された。よって国宝を安全な場所に移動させようと、騎士団が乗り込んだ。

 が、国宝は何者かによって奪われたあとだった。騎士団は全力で捜索を開始。

 そんなときにインフィは、街の真ん中で国宝を広げてしまった。

 かくして容疑者インフィは牢屋に入れられ、取り調べが始まるのを待っている最中だ。


「どうしましょう。冤罪です、と主張したいですが、勝手に持ってきたお宝を売ろうとしたのは紛れもない事実です……実はこれ、冤罪ではないのでは? 向こうが全面的に正しいのでは……?」


「うむ。国宝だとは知らなかったと主張して、許しを請うしかないじゃろなぁ」


「人ごとみたいに。アメリアが『任せておけ』と自信満々に言うので任せたら、この有様です」


「し、仕方ないじゃろ! あれらが国宝だというデータがなかったのじゃ!」


 もし本当に罪人として裁かれることになったら、脱獄して国外に行くしかない。

 この街を気に入っていたのに。

 インフィは深刻なため息をつく。

 すると三人分の足音が近づいてきた。


 アメリアが実体化を解除し、不可視になって様子を探りに行く。すぐに嬉しそうな様子で帰ってきた。


[一人は吾輩たちをここに入れた兵士。一人は盗賊から助けた姫騎士キャロル。もう一人は悠久の魔女エミリーじゃ。マスターを釈放するために来てくれた様子。人助けはしておくものじゃなぁ]


 アメリアはしみじみと語った。

 そして、その三人が鉄格子の前に立った。

 兵士は慌てた様子で鍵を外し、インフィに謝罪してきた。


「ま、まさかエミリー様のお弟子さんだとは知らず、大変失礼しました! あの国宝はエミリー様の指示で、王城に運ぶ途中だったのですね。事情を説明していただけたら、投獄せずに済みましたのに……」


「極秘任務だったの。ねえ、インフィちゃん?」


 エミリーはニッコリと微笑んできた。表情も声色も優しげなのに、なぜか冷たいものを感じる。

 とりあえずここから出るため、彼女に話を合わせる。


「そうなんです。ボクは悠久の魔女の弟子なのです。えっへん。師匠、そしてキャロル姫。迎えに来てくれてありがとうございます」


「可愛い弟子を迎えに来るのは当然よ」


「ママ……いえ、インフィーさんは盗賊に捕まっていたわたくしを助けてくれた恩人ですわ。それが国宝を盗んで売ろうとするなんて、あり得ませんもの」


「エミリー様の弟子というだけでなく、キャロル殿下の恩人だったなんて……」


 エミリーとキャロルは、かわいそうなくらい恐縮している兵士を慰めてから、インフィを連れて馬車に乗る。

 インフィは改めて二人に礼を言う。

 そしてキャロルを見つめる。盗賊の洞窟ではみすぼらしかった彼女も、今は王女に相応しいドレスを着ている。見違えるほど綺麗だった。


「牢屋から連れ出していただき、ありがとうございました。ところでボクがあそこにいると、どうして分かったんですか?」


「わたくし、インフィさんの活躍が聞きたくて、つねに情報収集していたんです。工業ギルドの人たちに講習会を開いたとか、入院患者を救ったとか。あと、新しい服を買い、ご機嫌でスキップし、ガラスに映る自分を見てうっとりする銀髪の少女が目撃されていますけど、これもインフィさんでしょうか?」


「そ、それは違うと思います」


「あら、そうですの? 服装が一致していますけど? 本当に可愛らしいですわ。うふふ」


 そう言ってキャロルは頭を撫でてきた。


「まあ、そんなわけでして。わたくしのところに『銀髪の小さい女の子が、魔王の城にあったはずの国宝を所持して逮捕された』という情報が入ってきました。ああ、インフィさんだな、と一発で分かりました」


「なるほど……キャロル姫とエミリーさんは、お知り合いなんですか?」


「ええ。わたくし、エミリーさんのファンなんです! たまに城にお招きして、冒険譚を語っていただいているのですわ。それで魔王にトドメを刺したのはインフィさんだとか、そのあとエミリーさんの唇を奪ったとか……しっかり情報共有していますわよ?」


 インフィはギョッとした。

 魔王にトドメを刺したのは武勇伝なのでバレても問題ない。冒険者ギルドの人たちに言いふらしていないのは、たんに信じてもらえないと思ったからだ。


 しかしキスの件は知られたくない。

 悠久の魔女の唇を奪った、というのはもしかしたら武勇伝かもしれない。だが恥ずかしい。インフィはあのとき、なんとも思わず口移しでポーションを飲ませてしまったが、軽率な行動だった。なにせホムンクルスとして起動したばかりで、感情の起伏が今ほど豊かではなかった。色々な人と接した今にして思い返すと、赤面の至りである。


「わたくしには哺乳瓶で飲ませたり、エミリーさんには口移ししたり……インフィさん、マニアックなプレイがお好きなのですね?」


 キャロルはニヤリと笑いながら言う。

 一方、インフィによる口移しの被害者エミリーは、馬車に乗ってからずっと黙ったままだ。

 その沈黙が逆に怖い。


「あ、あれは、その。ポーションを飲ませるため、仕方なく……」


「けれど口移しでやる必要はないでしょう? ふふ、インフィさん、こんなに小さいのに悪い子ですわねぇ」


「ち、違います。あれはキスをしようとしたのではなく、結果的にキスになってしまっただけで、キスしてやろうという意思はボクには……あわわわ」


 キスの言い訳のためにキスと連呼していたら恥ずかしさが高まっていった。


「まあ、わたくしもエミリーさんも、あなたに命を救っていただきました。わたくし、あれ以来……赤ちゃんになってインフィさんに甘えたい欲が高まって仕方ありませんが! 命に比べたら、新しい性癖を植え付けられるくらい甘受しますわ!」


「あの……なんか、ごめんなさい」


「うふふ。謝る必要はありませんわ。けれど、たまに甘えさせてくださいね……ああ、今すぐオギャオギャしたいでわぁ……!」


「ぜ、善処します……」


「しかし、わたくしは甘受しましたけれど、エミリーさんはインフィさんに言いたいことがあるようですわ。なので二人っきりで話し合ってくださいませ」


 馬車はいつの間にか王都の壁の外に出ていた。

 そして街道から外れた場所にある一軒家の前で止まる。レンガ造りのおしゃれな家だった。

 インフィはエミリーに手を掴まれ、その庭に降ろされた。

 キャロルは手を振りながら馬車で立ち去ってしまう。


「さあ、ここが私の家よ。誰にも邪魔されないわ。色々と話し合いましょう」


 エミリーは真剣な表情で言った。

 もちろん、インフィとてエミリーと話したいことが沢山ある。

 魔王に放っていた光の矢はどういう技術なのか。これまでどんな修行をして、どんな戦いをしてきたのか。百年以上も生きるとどんな感覚になるのか。

 だが、エミリーが話題にしたがっているのは、おそらく別のこと――。


[アメリア。いつまで隠れてるんですか。マスターのピンチですよ。早く実体化して、私を擁護してください……!]


[うむ。できるだけやってみるのじゃ!]


 人造精霊は頼もしいことを言ってくれる。

 ところが――。


「美少年に初めてのキスを奪われてときめいたと思ったら、実は美少女だったと判明し、そのときめきをどこにぶつけていいか分からなくなった私の気持ちが分かる!? 百二十一年も大切にとってきたのに……!」


 エミリーが必死の形相で言うと、人造精霊はトーンダウンした。


[あー……吾輩、ちょっとエミリー側に立ちたくなったのじゃ]


[そこをなんとかするのが人造精霊の仕事でしょう……]

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