第16話 病院にポーションを持っていく

 ようやく冒険者たちが必要な薬草を持ってきてくれた。

 冒険者ギルドで朝一番にそれを受け取ったインフィは、零敷地倉庫ディメンショントランクに一度しまって宿に持ち帰る。

 そしてアメリアに整理整頓を頼んだ。


「お任せなのじゃ」


 薬草は種類別に分けられ、テーブルの上に綺麗に並んだ。おまけに痛んでいたものは除外されている。

 これと同じことをインフィがやろうとしたら、それだけで何十分もかかってしまう。ある意味、ポーション作りよりも難しい作業だ。


「ありがとうございます。アメリアは本当に頼りになりますね」


「むふふ。もっと褒めるのじゃ」


 そしてひたすらポーション作り。

 よほど複雑な骨折でない限り数十分で治してしまうポーション。千年前なら『中級ポーション』に分類されるものだ。それを二百人分ほど作った。


「依頼された品です」


「え、もうできたの!? ありがたいけど無理してない? 人助けは大切だけど、それでインフィさんが倒れたら駄目よ?」


 夕方、冒険者ギルドに持っていくと、受付嬢は仰天し、そして慌てた。

 しかしインフィは無理をしたという意識がまるでなかった。


「ポーションを作るのが楽しくて、気がついたらこの時間になっていました。心配無用です。魔力も体力も余っています」


 インフィはブラウスの袖をまくって、ぐっと力こぶを作ろうとした。が、細い腕は期待したほど盛り上がらない。


「あの、力こぶはないですけど、本当に元気ですよ」


「どうやらそのようね。ちょっと待ってね。ポーションをチェックするから」


 瓶の中には、ちゃんと魔力光がある。全てがポーションだと認定された。

 早速、病院に持っていくらしい。

 インフィは同行する。

 受付嬢は病院につくと、知り合いらしき女医を呼び止め、ポーションを持ってきた旨を伝える。


「ほう。君が噂のポーション少女か。工業ギルドの連中に講習を開いて、えらく評判がよかったらしいね」


 女医はインフィに興味深そうな視線を向ける。


「病院でも噂になっていましたか。どうも、ポーション少女ことインフィです。そしてこの小さいドラゴンは精霊のアメリアです。自分のポーションの効き目をこの目で確かめに来ました」


「ほう。自信がないのかい?」


「いえ。自信があるから来たんです。なかったら逃げてます」


「はっはっは! 面白い子だな。それならいっそ、自分で患者たちに飲ませるかい?」


 インフィは女医に更衣室に連れて行かれた。

 そして紺色のロングワンピースを着せられた。その上に白いエプロン。ナースキャップ。医療関係者であるのを示す十字マークがついた腕章を装着する。


「おおっ、可愛らしい! 見たまえ受付嬢。ちびっこナースだぞ。冒険者にしておくのはもったいない。インフィをうちの病院にくれ。強力なポーションを作れるなら、立派な戦力にもなるし」


「駄目よ。インフィさんは貴重な人材なんだから。それにしても……本当に可愛いわねぇ」


 二人の大人に可愛いと褒められたインフィは、まんざらでもない。いや、むしろ、ご満悦だった。


「くふふ、女医よ。マスターにナース服が似合うと一目で見抜くとはやるではないか。眼福、眼福」


「精霊に褒められるとは光栄だよ」


「マスターの愛らしい姿を見るのは吾輩の喜びじゃ。見るがいい。照れくさそうに喜ぶマスターを! そなたら、マスターに似合いそうな服があったらどんどん持ってくるのじゃぁ!」


 女医と受付嬢と人造精霊は頷き合い、なにやら同盟のような間柄になった。

 インフィはそれを止めようかと思ったが、服を紹介してくれるなら損にはならないと思い直した。

 それに可愛いと褒められるのは、恥ずかしいけれど……嬉しい。


 受付嬢はギルドの仕事に戻る。

 インフィは病院のスタッフと手分けして、怪我人たちにポーションを飲ませて回る。


「どうぞ。ボクが調合したポーションです」


「へえ。ポーション作りのお手伝いをしたのか……ボランティアかな? 小さいのに偉いなぁ」


 冒険者はポーションを飲み干す。


「な、なんだ、一瞬で痛みがなくなったぞ……!? 傷が見る見る塞がっていく! このポーションを作った職人は何者なんだ!」


「だからボクですよ。手伝いではなく、全てボクがやったんです。こう見えてポーション職人なので」


 すると隣のベッドに寝ていた冒険者が話に加わってきた。


「そう言えば、この前、見舞いに来てくれた奴が噂していたな。幼い少女なのに、常識外れなポーションを作れる子が現われて、あの工業ギルド長が負けを認めたって。まるで信じていなかったけど、それが君か!」


「はい、ボクです」


「凄い! 俺にもポーションをくれ!」


 その話を聞いた患者たちが、次々とポーションをねだってきた。なにせ目の前で傷が治るのを見ているのだ。ポーションの効果を疑う理由がない。


 病室から病室へと渡り歩いている途中、遠くから悲鳴が聞こえてきた。

 何事か、とその部屋を覗き込む。


「いやだ、俺はインフィちゃんに飲ませてもらうんだ! ほかの部屋の奴がわざわざ自慢に来たんだぞ! 天使みたいに可愛い子に優しくポーションを飲ませてもらったって……俺たちも同じ病院の患者なんだから、インフィちゃんに介抱してもらう権利があるはずだ。おばちゃんナースは嫌だぁ!」


 恰幅のいいナースは、無感動な表情で冒険者の腹を殴って気絶させた。そして強引にポーションをその口に流し込む。

 それを見た冒険者たちは、慌ててポーションを率先して飲んだ。

 こうして病院中の冒険者にポーションが行き渡った。


「もうほとんどの人は完治しましたね。まだ治りきっていない人は、明日、追加でもう一本飲んでください。それで治るはずです」


「うむ。話には聞いていたが、まさか本当にこれほど効くとはね。完治した患者は一晩経過観察して、明日退院だ。インフィ、本当にありがとう。お礼にそのナース服を差し上げよう」


「いえ。ポーションの代金は冒険者ギルドから受け取っているので、お礼なんて、そんな」


「遠慮するな。その服、気に入ったんだろ?」


「……はい」


 遠慮しないことにした。

 そしてナース服を着たまま病院の玄関に行くと、完治した冒険者たちが追いかけてきた。


「君のおかげで助かった! あれほどのポーションを用意するのは大変だっただろう……けれど、俺たちの仕事はつねに危険がつきまとう。またポーションを作ってくれないだろうか。君のポーションがあれば、命を落とさずに済む者、現役を引退せずに済む者が増える……!」


 ベテランの冒険者たちが、こちらに尊敬と懇願の眼差しを向けている。

 インフィは心地よい優越感を覚えた。鼻がにょきっと高くなった気分だ。


「分かりました。このボクにお任せを」


[おい、よいのかマスター。そんな安請け合いして?]


[だって、見てくださいよ、みんなのボクを尊敬する顔。イライザ・ギルモアも、賞賛されるのを好んでいました。それに倣って、ボクも素直に舞上がります。とてもいい気分です!]


 インフィは冒険者たちを安心させるため、胸を反らし、拳でドンと叩いた。

 自信たっぷりの様子を見せてやれば、彼らの不安は吹き飛ぶだろうと考えたのだ。

 それは成功し、全員に笑顔が浮かんだ。


「ドヤ顔だ、可愛い……」

「どんなに胸を反らせても迫力ないなぁ」

「俺の娘より小さいや」

「とにかく可愛い」

「インフィちゃん可愛い!」

「インフィちゃーん!」


 おかしい。ポーションの匠として尊敬を集めていたはずだ。それがなぜマスコットのような扱いになってしまったのか。

 悠久の魔女エミリーのように、英雄的に見てもらいたいのだが。


[アメリア……ボクはどうやったら威厳を出せるのでしょうか]


[無茶言うな。ないものは出せぬじゃろ]


 人造精霊は非情にも、インフィの悩みを一刀両断にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る