第18話 本当の話をする
インフィは悠久の魔女エミリーの自宅に招かれた。
リビングで向かい合って座り、ハーブティーをご馳走になる。
こうして改めて見ると、やはりエミリーは美人だ。ティーカップを持ち上げる所作に大人の雰囲気がある。
家にある調度品はどれも、所有者の雰囲気に合う、落ち着いたものだった。
もし、なんの負い目もなしに招待されたなら、とてもリラックスした気持ちになれただろう。
しかし、この場に流れる静けさは、緊張感に属するものだ。
これがもっと早い段階――例えばインフィが服屋に行く前なら、この気まずさを理解せずに済んだだろう。だがインフィは情緒を知った。本来は喜ばしいことなのに、それがこのピンチを生んでいる。
「まず率直な質問なんだけれど。インフィちゃん。あなたは何者なの?」
「率直ですか、それ? 範囲が広すぎて答えにくいのですが」
「……確かにそうね。言い方を変えましょう。あなたは私でさえ勝てなかった魔王を一瞬で焼き尽くした。そして常識では考えられない効力のポーションで私を治してくれた。何度でも言うわ。ありがとう。けれど、その幼さで、どうやってその強さを身につけたのかしら? ポーションもインフィちゃんが作っているんでしょう? どこに行けばその知識が手に入るのかしら?」
質問が具体的になってきた。
答えようと思えば答えられる。
インフィは千年前に製造が始まったホムンクルスで、つい最近、ようやく完成した。制作者イライザ・ギルモアの知識を受け継いでいるゆえ、現代の人々が『古代文明』と呼ぶ時代の技術を再現できるのだ――。
それを正直に答えるべきか、インフィは悩む。
まず、信じてもらえるのか。
信じてもらえたとして、敵意を抱かれないか。それが心配だ。
なにせ『魔族を作ったのは千年前の魔法師だ』という伝承があるらしい。それが事実だとしても、イライザが魔導釜でホムンクルスを作り始めて以降のことだ。インフィが責任を感じる必要はない。
しかし現代人がその理屈で納得してくれるか、確信を持てない。
千年前の人間は諸悪の根源で、その記憶を受け継ぐインフィもまた敵――そんな理屈で攻撃されたら悲しい。
では、嘘で誤魔化すか?
それで友好的な関係を作れたとして、ずっと嘘をつき続けるのか。
インフィは、自分がさほど図太い性格ではないと自覚している。
きっと自分の嘘に耐えられないだろう。
ならばいっそ真実を語ったほうがいいのではないか。
悠久の魔女エミリーは、おそらく現代において最強格の存在だ。最も常識の枠から外れている人間と言い換えてもいい。
そんな彼女なら、インフィを受け入れてくれるかもしれない。逆にエミリーが無理なら、インフィの真実を受け入れる者は一人もいないかもしれない。
[アメリア。エミリーさんに本当のことを言います。説得力を持たせるため、協力してください]
[思い切った決断を下したな。じゃが、本当のことを知っているのはマスターと吾輩だけというのは、ちと寂しいかのぅ]
アメリアは小さなドラゴンとして実体化した。
「魔王の城ですでに見ていますよね? このドラゴンはアメリア。街では精霊ということにしていますが、実際は千年前に作られた人造精霊です」
「うむ。そして吾輩のマスターであるインフィは、その時代に設計されたホムンクルスなのじゃ」
エミリーは呆気にとられた表情を浮かべるが、インフィもアメリアもお構いなしに説明を続ける。
その時代、病気で長生きできそうもない女性魔法師がいた。その魔法師は新しい体を作り、そちらに魂を移動させて転生しようとした。だが記憶の転写はできたが魂が移動せず、不完全な転生になってしまった。
そして人造精霊アメリアは、そのホムンクルス製造プログラムの制御と、完成後のサポートのために作られた。
魔王を倒した力も、ポーションを作る知識も、千年前のものだ。
ホムンクルス製造は予想外に『千年』という長い時間がかかった。その間に、なぜかつての文明が滅びたのかは分からない。インフィとアメリアは魔族など知らなかった。
もし仮に、あの頃の魔法師が魔族を作ったというのが正しいとしても、それはインフィたちが知らないところで起きたこと。
世界を滅ぼそうなんて意思は全くない。むしろ平和の維持に協力したいくらいだ――。
そういった内容を二人で語った。
「千年前の人造人間ホムンクルス……そして人造精霊……信じがたい話ね……けれど十歳かそこらの少女が、修行してあの強さと知識を身につけたってほうが更にあり得ない。だから信じるわ。あなたたちが世界に悪意を持っていないのもね。むしろ正直に話してくれてありがとう。勇気がいることでしょうに。でも私以外には迂闊に言わないほうがいいかもね。誰でも受け入れられる話じゃないから」
話を聞き終わったエミリーは、優しく微笑んでくれた。
肩の力が抜けた。信じてもらえてよかったと胸を撫で下ろす。
百年以上も誰かのために戦い続けたというエミリーの逸話を聞いて、インフィは少なからず彼女を尊敬していた。そんな人の信頼を得た。嬉しくてたまらない。
が。
状況は振り出しに戻る。
「それで、私のファーストキスを奪った件についてなんだけど」
エミリーは微笑んだまま、声のトーンを落とした。
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