第8話

ビル内は薄暗く、埃っぽい。


「真紅郎、ライトとか持ってないか?」

「ペンライトならあるよ」


サクヤがポケットから取り出したのは、某猫型ロボットの道具みたいな形のペンライトだった。


「なんでそんな物を持ってるんだ?」


「兄貴がくれたんだよ。お守りだって言ってたけど、役に立ったね」

「サクヤのお兄さん、何者なんだ?」


今まで知らなかったが、どうやらサクヤの兄はファンシーグッズ集めが好きらしかった。

しかし今はそんな事より美雪さんを探す方が先決だ。


俺達は階段を上がり二階に向かった。二階にはいくつかの部屋があったが、ドアが壊れていて中に入る事が出来た。


「ここは……事務所かな?」


一番奥の部屋に入るとそこには机があり、書類棚が並んでいた。そして壁一面にスプレーアートが描かれ、床にはゴミが散乱していた。


「ここも随分汚れてるな」


俺はスマホを取り出し、マップアプリを確認した。すると赤い点は一階にある倉庫に向かって移動しているのが分かった。


「おい、こっちに来てるぜ」


俺はサクヤ達に言った。


「行こう」


俺達は急いで下の階に降りた。


「あれ?」


真紅郎が立ち止まり、何かを見つけた。


「どうかしたのか?」

「これ……」


そう言いながら指差す先にはスプレーアートがあった。


『Freeze! Do not move!』


動くな、か…。

俺はふと後ろを振り向いた。

すると、上半身裸の身長2メートル近い男が俺たちを見下ろしていた。


「おい、ガキ共。『任意団体椎名殺人鬼夫妻絶許団にんいだんたいしいなさつじんきふさいぜっきょだん』の基地に何用だ?」


男は手に持っていた鉄パイプを肩に乗せた。


「あんたこそ誰だよ!?」

「俺が誰かなんて、お前らにゃ関係ねぇ。ただ、一つだけ教えてやる……今すぐここから立ち去れ。さもなくば……」

「さもなくば?」


大男はロン毛をかき上げ言った。


「この鉄パイプ『蛾次郎丸がじろうまる』の錆にしてくれるわ」

「アンタ、武器に名前付けてんのか」


俺は思わずツッコんでしまった。


「うるせぇ! とにかく、俺を怒らせるんじゃねえ。死にたくなかったら大人しく帰んな!」


大男はそう言って鉄パイプをブンブン振り回し始めた。


だが、美雪さんを探さないといけないし、こいつは放って置けない。


「悪いけど、通してもらうぞ」


俺は男に突っ込んでいった。


「オラァッ!!」


俺は男の股間を蹴り上げた。


「ぐはっ!」


大男は股間を抑え、倒れて痙攣し始めた。

意外と弱いな。


「今の内に逃げるぞ」


俺が言うとサクヤ達も走り出し、俺もそれについて行った。


「待てやコラアアッ!!!」


背後から大声と共にドタドタッという足音が聞こえてきた。振り返ると、いかにも『悪党』といった感じの連中が追いかけて来ていた。俺はポケットに手を入れ、スタンガンを取り出そうとしたが……


「うぉっと、危ない!」


俺は咄嵯に身を屈めた。その頭上をバットが通過していった。


「チィッ、外したか」

「いや、当たったら死ぬだろうが!」


モヒカン頭のチンピラが金属バットを舐めながら言う。


「いいからこの金属バット『越乃寒梅こしのかんばい』の餌食となれ…」

「だから、なんで酒の名前が武器名になってんだよ!?」


ツッコミながらも俺は襲ってくるチンピラどもの攻撃を避け続けた。


「あーもう、キリがないな……真紅郎にサクヤ、大丈夫なのか?」

「ああ、走り慣れてるぜ」

「あたしもよ」


二人は息切れする事なく、平然と走っていた。


「よし、このまま屋上まで走るぞ!」


俺は二人に声を掛けた。その時だった――


「きゃあっ」


サクヤが足をもつれさせ転んだ。


「サクヤ!」俺は慌てて駆け寄った。サクヤは膝から血を流している。


「大丈夫、擦りむいただけよ」


サクヤは涙目で言った。


「ちょっと見せてくれ……」


俺はサクヤの傷口を見た。派手に擦りむいてはいるが幸いそこまで深くはないようだ。だが、この状況で治療する余裕などあるはずもない。


「ごめん、真紅郎。サクヤを背負ってくれ」

「うん、分かった」


サクヤを背負い立ち上がった時…とうとう連中に追いつかれてしまった。


「ヒヒヒ、ガキ共…おイタが過ぎるぜぇ」

「思い出したぜ。そこの姉ちゃんは先日仲間の指を何本もオシャカにしてくれてたな…」

「殺しゃしねぇが、五体満足は保証しかねるぞ」

「覚悟しろやぁっ」


俺達は逃げようとしたが、囲まれてしまい退路を失ってしまった。


「くそ……」


どうすれば良い? 何か手はないか……。

俺が必死に考えていると、背中にいたサクヤは俺の耳元で囁いた。


「あたしを置いて行って……」

「何言ってるんだ! そんな事出来るわけないだろう?」


俺は怒鳴るように言った。

しかし、サクヤは真剣な表情のまま話を続けた。


「お願い。あたしなら、一人でも何とかなるわ。それに…美雪ちゃん見つけて帰るんでしょ?」


「それは……」


確かにそうだ。ここで俺達が捕まったら、それこそ取り返しがつかない事になる。


「頼む、あたしを信じて行って」

「でも……」

「心配すんな」


真紅郎は俺に微笑みかけた。


「サクヤならやってくれるさ」


そう言いながら真紅郎は自分のリュックを下ろした。


「これ使え」


真紅郎はリュックの中から消毒液と包帯と解熱鎮痛剤を取り出し、それをサクヤに差し出した。


「ありがとう……」


サクヤはそれらを受け取り、擦りむいた箇所に軽く消毒液をかけ包帯を上から巻くと、鎮痛剤を水なしで飲み込んだ。


「これで少しの間、痛みを我慢できるわ」

「そうか、良かった。じゃあ、行くぞ!」


俺の言葉と同時にチンピラどもが襲いかかってきた。


「死ねオラァッ!!」


チンピラの一人が鉄パイプを振り下ろす。

だが、サクヤはそれを見切り最小限の動きで避けると、相手の腕を掴み背負い投げをした。


「ぐおっ!」


地面に叩きつけられた相手は白目を剥き気絶した。


「このアマァッ!」


別の奴がナイフを構えて突進してきた。

サクヤはそいつに近づくと手をはたいてナイフを奪い、滅多刺しにした。


「ぎゃあああっ!」


刺された男は血を流し、悲鳴を上げ倒れた。


「いくらでもかかって来な! 変質者ども!」


サクヤの怒声が辺りに響き渡った。

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