第8話 聖女の直感
「うーん…そっか、どうしよう」
ニコルスは考え込む。
私も新聞記事で確認したのだけれど、聖女公表はほんの数日前のことで、何か仰々しいことを出来る段階でもないと思ったのだけど。
ニコルスが困っているようなので不思議に思い、声をかけてみた。
「あの、今、私達に騎士になってもらいたい理由があるんでしょうか?」
「理由…はあると言えばあるし、ないと言えばないです」
「どういうことです?」
「直感だからです。私にとっては理由になるけど、きっと対外的には理由になりません」
なんともニコルスらしい回答だ。
もし彼女を知らなければ取り合いもしない言い分。
けれど私は物語を読んでいる。彼女がどんな子なのか知っている。
時に空気は読めないけど裏表がなくて素直で真っ直ぐな子だ。
考えるより行動が早く出るタイプではあるけど、彼女なりの考えがあり、賢くないわけでもない。
勉強は不得意ではないし、物語では図書館に通い詰めて独学でかなり勉強していた。
ラルクの求める賢さとは種類が異なり、彼には度々一蹴されていたが。
こうして彼女の素直で真っ直ぐな部分が表に出ると、彼に対しても意外とすんなりと通ったりした。
現にラルクが沈黙している。取り合う価値もないと思えば即刻、跳ね除ける彼が、だ。
さて、ここで問題になるのは。
私はラルクに休息をとってほしくて、物語の聖女との一連の関わりの部分をほとんど説明していないこと。
となると私が話を進めるしかないだろう。
「それはどうしても今、だと思っています?」
「うーん…そこまでは分からないけど、お二人を見た瞬間に、この人達だ、今この人達を逃してはならない、と思いました」
それは。
物語において。護衛依頼が終わってラルクが帰ろうとした瞬間に、ニコルスが得た直感と殆ど同じものだ。彼女は、今はまだ登場していないが、後に出てくる陰謀の要である付き人の神官ヒヒナ=バーデンの隙を突いてまで彼を追いかけている。
私としては時期尚早に思うけれど、彼女にとっては私達が必要ということ。
だったら、何か折り合いをつけられる方法はないだろうか。
私は彼を見た。
「ラルク…指名依頼は受けられないけど、何か彼女と関わる方法はないかな?」
「…それは何かあったら守る大義名分を得られる方法を得たいということか?」
「うん、無関係の人が横から口出ししても相手にされないからね」
ラルクは静かになった。何処を見るともなく見ている、こういう時の彼の思考は常人では追えない速度で回転している。
それからふいに黒曜の瞳に意思が戻る。
「現時点では何もない。ただし」
ニコルスが期待に目を輝かせた。
「目的や向かう方向が同じで偶然同行することは可能だろう。その時、目の前で不穏なことが起きれば、見逃さないのは人として当然のことで、非難されるいわれはない。これが冒険者なら厄介なことになるが、逆に聖女がそういう意味では素人なのが幸いする」
ニコルスが首を傾げた。分かりやすい。
「冒険者には他の冒険者の戦闘中には一切手を出さないというルールがある。例えそれが放っておいたら死ぬようなことであってもだ」
「え、そうなんですか?」
白いもふもふ耳がぴんっと立った。なんて分かりやすい。
ラルクはニコルスのこういうところは受け入れていたような気がする。
現に、ラルクは丁寧に説明を続けている。
「あぁ。過去に数多くの問題が起きて、そうなった。
逃走してきた奴にモンスターをなすりつけられたのに横取りされたと言われたり。
加勢したら不要かつそのせいで素材を損傷したと言いがかりをつけられたり。
数え上げたらきりがない。
始めの頃はその問題を解決するため、獲物は止めを刺した者の所有というルールが出来たが、止めだけを狙う悪質な輩が出るようになっただけで根本解決には至らず、そのルールはなくなった。
そもそも冒険者は、モンスターとの戦闘においては全て自己責任であり、イレギュラーがあったとしても、そのリスクを承知で冒険者になっている。
ゆえに、なすりつけは重罪であり、いかなる状況であっても手出しは厳禁、救助活動はギルドが選定した冒険者に巡回して行なってもらうことになった」
「……そんなことする人が居るんですね、色んな人が居ますもんね。
でも、逆に言えば助けちゃいけないってことで、それはそれでつらいですね」
「それについては今でも度々議論になるところではあるな。
だが、そういった揉め事は、ギルドが仲介することで解決したものもあれば、取り返しがつかない遺恨を残したものもあるんだ。
だからギルドはやむなく、そもそも揉め事が起きないようにルールを作った」
「そっか…そうなんですね」
ニコルスはふんふんと頷く。
「なるほど、となると冒険者登録は悪手なんですね…」
戦闘能力皆無なのに何する気だったの。
と、ニコルスがぱんっと軽い音を立てて手を合わせた。
「いいことを思いつきました。こうしませんか?
お友達になってください。お友達の冒険者と一緒にお出かけすることくらい、ギルドは口を出さないですよね?」
「…………は?」
さすがのラルクも呆気にとられた。
驚きつつも私は感慨深かった。
本物のニコルスだ。
「えぇ、喜んで」
もともと私のランクが低いせいで護衛依頼を受けられない可能性があった。
それを考えれば渡りに船だろう。
何より、ニコルスと仲良くなれるなんて嬉しいしね。
「やった! よろしくねりっちゃん。私のことはコルって呼んでね、敬語もいらないよ」
「うん分かった」
「おにーさんは?」
「遠慮しておく」
「早くない? もうちょっと悩んでくれてもいいんじゃないですか!?」
「リチと友人なら問題ねーだろ、話はすぐ伝わる」
「う、うーん、なら、いいのかな?」
一緒に暮らしてるから、たぶん大丈夫…って本当に推しと一緒に暮らすのかな私。分不相応じゃないかしら。今更ドキドキしてきた。
「ではさっそく! 私、街の外に出してもらえないので、観光地の湖に行きたかったの!」
「仕事関係なくない!? でも、観光地なら私も行ってみたいかも…」
何か反論しようとしていたラルクが私の言葉でそれを吞み込んだ。
ご、ごめん。
■□
図書館を出てショッピングモールを歩く。
ニコルスとは手紙のやり取りをすることにして。お出かけの日にちは調整することに。
「一ヶ月もの間、ラルクに随分とお世話になっちゃったと思うんだけど…生活用品とか買い足すものあるかな?」
隣を歩くラルクに話しかける。
「それより、聖女に会うのを警戒していたのに図書館に連れていっちまってすまなかったな」
「ううん、そういう訳じゃないんだよ。ただ、時期尚早だと思っただけで」
「…それはつまり、あそこで出会うことは分かっていたってことか?」
「ううん、そこまでじゃないよ。さっき少し話したけど、ラルクは聖女と出会う運命だから、もしかしたら会うかもしれないなっていう予感があったの」
「出会う運命…」
ラルクは眉間に皺を刻んだ。
うーん、会ってもなお、ニコルスの印象はあんまりよくないのかなぁ。
「あぁ、日用雑貨はこの店だ。俺もまだこの辺りは詳しくないが、大体揃ってるからここで買っていた」
「うん。私、家庭菜園やりたいからこの辺り見てもいい? 鉢とか土とか種とか置いてあるから、必要なものがあると思う」
「家庭菜園? するのか?」
「うん、食べ物が妙に高いなって思って」
「あぁ…メルスン共和国は食料を殆ど輸入に頼っているから、食品だけは高いんだよ。それ以外は殆どが工業生産品で、逆に他国よりずっと安いんだけどな」
「え、そうなの?」
「魔法工業で、分担して流れ作業を行っている。世界でもメルスンだけの画期的な生産法だ。この国だけでなく、他国においても、一般人が手にするような生活回りを支えている魔導具はほぼメルスン共和国産だな」
「この、私達が使ってるクリーンとか?」
「それを一般レベルだと思うな。ギヌマの作品は普通じゃない。一般人が使ってるクリーンは手洗いする時に入れて補助の働きをするものだ、レベルが全く違う」
「ひぇぇ」
「その代わり、工業製品は安価で手に入りやすい。生活には必須だ、もう誰も手放せないだろう」
「……そっかぁ。でも、お野菜が高いのはつらいから、やっぱり家庭菜園するよ」
「分かった、荷物になるから邪魔じゃなければ一緒に見る」
え、付き合ってくれるの?
というか、荷物になるってことは持ってくれるってことなのかな?
ラルクに荷物持ちをさせるなんてとんでもない!
「今の時期ならこの辺りか?」
既にラルクは種のところを見ている。
慌てて隣へ行くと、彼は初心者でも簡単な葉物野菜の辺りを見ていた。
日本に居た頃、トマトやナス、きゅうりぐらいは家庭菜園する人も居たけど、私は上手に育てられなくて、プロの農家さんの野菜の美味しさに屈服してたな。
ところが今は植物の類は全部味方してくれる確信のようなものがあって。
私の技量は関係なしに美味しいものが作れる気がしている。
ラルクが横にあった魔導具のボタンを押すと、ナマケモノみたいな外見のモンスターが次々と飛び出してきて、私はひゅっと息を呑んだけど。
なんの匂いもしないことからこれが映像と気付いた。
現代のホログラムとはレベチである。
彼らは種の袋を見せてからバラバラとプランターにそれをまき、芽が出るのを見て一つ一つ拾って捨てる。
間引きをしているみたい。
それから畑に移し替えて丁寧に土を被せた。
見ていると野菜の種類によって細かなお世話の仕方が変わっている。
同時進行なので把握が大変だけど、ラルクはマルチタスクを持っていたはずだから平然と眺めていた。
後で聞いたら教えてくれるかな?
一番簡単そうなものくらいはと凝視して、モフモフと育つ野菜との和やかな絡みを堪能していたら映像が終わった。
「病気しやすいのは最初はやめておくか?」
ふとラルクの意識が私に戻って黒曜の瞳に私が映ると、一気に顔に熱が集まるのを止められない。
こんな反応はきっと迷惑だ、そう思うのに。
「色々と出来そうな予感があるの、ひとまずお庭の規模に収まりそうなものは一通り買っていきたい」
「…………それは、また。分かった」
止められるかと思ったけど、そうじゃなかった。
ラルクは得体のしれないはずの私を信じてくれるんだろうか。
それから結局ラルクが荷物を全部持ってくれて、何もかもお世話になっているのに荷物持ちをさせるなんてとあわあわしたけど、鳥人には重いと言われて。
こんなに手間のかかる存在がそばにいて、迷惑に思っても仕方がないのに、当たり前のように気遣ってくれる彼を尊敬せずにはいられなかった。
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