一章 ただ、夢中でいられる

冒険者編

第1話 いとし君よ

 私は宙に浮いていた

 そうして眠っている自分を見下ろしている


 私の大切なあの人は、むしろ私こそが大切とでも言うように、柔らかい毛布とローブで巻いて、私を抱いてかばっている


 襲い来る野盗を次々と落としていく身のこなしは、足手まといを抱えているとは思えない



 あぁ、私は何をしているの

 足手まといになるために世界を超えてきたんじゃないのよ


 どうして声が出ないの?

 何で私は目覚めないの?


 囲んでいた盗賊達は結構な数だった

 二十人近くは居たんじゃないだろうか

 なのに彼は片手しか使えないし、私を目掛けて振り下ろされた剣を弾き、ナイフを弾き、矢を弾く


 隙を突いて小型魔導爆弾ハンディボムが投げられた



――――やめて!!



 自由になれた貴方の足枷になるなんて、




『因果応報』




 え?




 全ての野盗から血が吹き出し、奴らは悲鳴を上げて倒れた


 彼は軽々と跳躍して爆弾を蹴り返し、それは野盗達の頭上で爆発する


 彼は咄嗟にマントを出して私を爆破の衝撃から守っている


 今のは?


 物語でも見たことのないわざ


 彼は腕の中に目を向け、私の無事を確認すると

 それまで何も表さない冷たい表情だったのに

 不意に雪解けの春のような優しい顔をした



 そんな顔をするの?

 私が見ていないところで?


 私には返り血一つ付いていない

 彼はかばってくれたのだろう、少し浴びてしまっていた


 それでも

 その顔は染まる赤と不釣り合いに穏やかで



 宙に浮いていたはずだけど私はくずおれた




 あれ? 床がある?

 座れるとはそういうことだ


 それでも眼下の景色は勝手に動いていく

 私は一歩も動いていないのに



 彼は落ち着ける場所を見つけると、クリーンという浄化魔法を使える魔導具で返り血や土埃などの汚れを落とした



 あれ、彼が遠のいていく

 私を連れたまま、私を置いていく




 待って、私はまだここに――――――




 目の前の景色にひびが入り、ガラガラと音を立てて壊れていく



 どういうことなの?

 あれは私でしょう? どうして私は置いて行かれたの?



 いつの間にか、私は真っ白なところにいて

 私の周りには色とりどりの光が沢山舞っている


 意志を持って語り掛けてくるような感覚がするけれど、何を言っているのかは分からないし、そんな気がするだけで声も聞こえない



「ねぇ、私はあの人の所に行きたいの、ここは何処なの?」



 やっと声が出た



 光が一斉にさざめいた気がした、でもそれは揃っているわけではなくそれぞれ主張をしているようで、声はないはずなのにやかましく感じる、その証拠に頭と耳が痛い



「いっぺんに喋らないで」



 ぴたりとさざ波が止まった

 私の言うことは理解できるようだ



 すると、光達が同色系統で集まり始めた

 それぞれが隣り合い重なれば違いが分かる程度に個性のある色だったのに、一つにまとまり大きくなっていくのだ



 見ていると、どうやら、黄と黒と赤と青と紫と茶と緑とほぼ透明な水色ごとに集まっている


 その八つの光は輪をつくりぐるぐると回りながら私の足元へやってくる


 私は見えない床に座っていたはずなのに、その下に入り私を持ち上げて浮かぶ



「何処へ行くの?」



 黄色い光が揺れる


 やっぱり言いたいことは分からない




 動いているのは分かる、景色が動かないから錯覚を起こしそうだけど、引っ張られる重力を感じるから


 私は振り落とされないようにくっついて並ぶ光の上に小さく伏せた





 ふっと重力が消える


 顔を挙げたら、急に頬を撫でる優しい風に驚く



 いつの間にか、私は、緑豊かな草原にやってきていた


 光達はそっと降りて私を降ろし、私を囲うようにふわりと浮き上がった





 風に草が揺れてさざ波を作った

 今度は確かな地面がある

 土の匂い、風の匂い、そして緑の匂い


 少し離れた場所に沢山の木が見える、穏やかで優しくけれど荘厳な……




「ここは」




 私は目を見開いた

 あの幹の肌、枝ぶり、薄くて柔らかそうな葉、あれはトラキスタのものじゃない

 だってあれは、



「桜……!!」



 そんな馬鹿な、どうして、

 私はトラキスタへ向かったのに、

 まだ奇跡を体験して魔王の元から逃げ出したばかり、

 物語はこれからじゃないの!?


 帰らなくちゃ、トラキスタに

 私は日本に戻るなんて言ってない


 小さな足で走り出す

 飛べばいいのに混乱しているからなのか、私の中の理智が目覚めたのか

 鳥人は走るのは得意じゃない、歩くのさえ長距離には向いていない、

 すぐにもつれて転んだ



「…あきらめ、ない、」



 土にまみれて起き上がると、また八つの光が私を囲んだ



「私は日本には帰らないから!!」




 ざわっ




 さっきよりずっと強い風が吹いて、私は思わず目を瞑った




 風が止んで目を開け

 目の前の光景に目を見開いた






 一瞬、大岩かと思ったそれ

 漆黒の鱗で全身を覆い、鋭い牙と爪を持ち、私一人なんて簡単に入りそうな巨大な目玉で私を見つめる、


 黒龍と



 先端が見えない程、高く遠くへと続く幹、何処までも広がる枝、豊かに繁る葉をさざめきのように揺らす、



 大樹たいじゅ



 私の目の前に揃っていた




『よく来た、女神の愛し子よ』


『よく来ました、運命さだめの子よ』


『『我らは世界の守護者なりし』』




 私はそれを聞いて思い出した


 物語における主軸となるトラキスタの隠された歴史、

 帝国の初代皇帝と英雄ガルンとシアノスの物語


 そこに出てくる、ガルンとシアノスに加護を与えた、世界の守護者の二柱、

 古代龍と世界樹だ



 だとすれば、ここは間違いなく聖地

 女神のお告げにおいて勇者達がそれぞれ夢の中で招かれる場所

 ここは、世界の龍脈が集う、文字通り、世界の中心にあり、人の踏めぬ侵せぬ場所だ


 だったらあの桜は―――――いえ、気になるけれど今大事なのはそれではない



「お二方が私を呼んでくださったということですか?」


『さよう』


『動じませんか、なるほど、女神様より承った通り』


『我らのことも知っておるか』


『なれば話は早いというものです』


『人の子よ、名を何という』



 聞かれるままに名乗ろうとして、一瞬の間を置いてから、答えた



「リチです」



 ラルクは逃亡後に名を変える

 物語のリッチェは、彼との過去の繋がりを強調するために名を変えず、彼のことも隊長と呼んだ

 それは、彼をいつまでも過去から逃さない鎖となり、苦しめ続けた


 だからこそ私は名を変えるつもりだった

 それなら、あの優しい声でこう呼ばれたいから



『リチ…良い名よの、可愛らしい』


『賢くも愛らしい、凛とした意志の強さも見えましょう』



 お、おほめにあずかり…

 名前だけでそんなに褒められたら照れるのでその辺にしておいていただけませんか、ご用事はなんなのかしら



『さようさよう、何故そなたを呼んだか、と』


『女神様よりそなたのことを頼まれております』


『見ておったが、あまりにか弱き身、あれほどの強者と共におるのはちと過酷に思う』


「それは……足手まといになりたくはないです、でも、一緒に居たいんです」


『分かっております、そのためにそなたを呼びました』



 私は黙ってじっと二柱を見つめる

 とは言ってもとてもとても大きいのでかなり見上げなければならない


 世界樹様にいたっては何処を見ればいいのかも分からないんだけど口に出すのは失礼な気がするので言えない



『そなたは女神の愛し子でもあるが、精霊の愛し子でもある』



 そういえば、さっきは考えることがありすぎて流しちゃったけど、そもそも愛し子ってどゆこと?


 私の疑問に構わず話はトントン拍子に進んでいく



『なれば私が適任でしょう』


『我が授けるのは先んじて、天空の覇者のみにしておくか』


『なれば私は全属性の適性を』



 え



『全属性ときたか、そちも欲張ったの』


『余計な手出しは私の怒りを買うことを知らしめねばなりませぬゆえに』


『おぉ怖い怖い、そちの怒りを買うような愚か者が現れることがなきように、見守らねばの』


『当然でございます』


「あの……ちょっと大きすぎませんか? 転生特典が」



 ラルクは主力だけど、私はその陰にいるモブのつもりだったのに

 オーバースペックじゃありません?



『『何を言う、そなたに手出しする不届き者がこれから多くあるというに、これでも少ないくらい、されどこれ以上はそなたの身が持たぬ故、最低限じゃ』』



 声を揃えて言うほど!?




―――――――




 八つの光が動き出し、それが再び弾けるように沢山の小さな光に分かれ

 それぞれが私を囲い、それぞれが何かを伝えようと震えだす


 わぁ、まただ、頭が割れるように痛い



 光の奔流、いえそれは情報だったのかもしれない、魔力だったのかもしれない、

 ありとあらゆる熱量が私の中に流れてきて、私はたまらずに目をつぶり





『幸あれ、愛しい子』


『幸あれ、運命の子』




 贈られる言葉と共に意識は途絶えた

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