第12話 影は何ゆえに在った
ラルクは押し黙った。
こういう設定は知らなかった。
つまり、虎人のゴーシュの存在を、ラルクはずっと以前から知っていたということだ。
代々の皇帝、つまり魔王は、奴隷魔術で亜人を支配し、第十三部隊を保ってきた。
けれど最初こそ使っていたものの、すぐに飽きて、ただ持っているだけで使うことはなくなったという。
さっさとやめてくれればいいものを、それでも十三部隊はずっと維持された。
とりわけ優れた能力を持った者は攫われ、売り払われ、皇帝に差し出され。気に入られれば直に魔術をかけられ。
お前は俺のモノだと言われる。
恐らくは、彼らが亜人の希望の星となり、人種差別を打ち破る原動力の一つとなることを防ぐためだったのでは、と、一部の読者からは考察されていたが。
彼らの苦しむ様を楽しんでいたけれど、それすら飽きて、惰性で気の向くままに維持していたのでは、という、絶望的な見解が多くの読者の同意を得ていた。
それでもその高い能力を持った者達を使って国を保とうと、政務に無関心な皇帝に代わって民が健やかに過ごせるように、十三部隊を借り受けて使っていたのが皇后だ。
とはいえ、亜人差別思考を持った貴族出身の彼女にさしたる情は期待できない。民とはあくまで人間のことだ。
それでも隊長は何かとうまく彼女と交渉して、私達を守ってきてくれた。
けれど。
この、ゴーシュの存在は。
皇帝が直に使う者がいるのなら、私達は居なくてもよかったのではないか?
皇后にも影が必要ならそれを納得の上で動く者を使えばよいのでは?
どうしてわざわざ私達の人生を奪い、幸福を奪い、その尊厳の全てを手中に収めた?
彼女の存在は、物心がつく前から影として縛られてきたラルクを苦しめたはずだ。
今も。
それを示すかのように、彼は押し黙っている。
『それも勅命で動いていました、全く役に立ちませんでしたけどねぇ。さぁ、返してくださいな?』
言われるまま、ラルクは腕を拘束したままではあるものの、ハイエを立たせ、こちらへと歩かせるように、背を押した。
ハイエは、まだぶつぶつ言いながらゴーシュに向かって歩いてくる。
私の目にはフラフラと揺れながら顔色も悪く目も虚ろにこちらへと向かってくる様が異様に見えて。肌にぞわりとするものを感じ、申し訳なくも、ちょっと怖かった。
「…一つ、聞かせてくれ」
『なんですー?』
「皇帝の影さえ騙して使う影がいるならば、影は、俺達は、必要か?」
嗚呼
押し殺した声の中に込められた彼の思いが
私の心を締め付ける
ゴーシュは弾かれたように笑い出した
『嫌ですねぇ、知っていたでしょうに』
やめて、それ以上、言わないで
『そもそも貴方達の存在なんて、あの方は、』
「黙って!!!!」
私は叫んで、その不快な声を搔き消した
『!?』
「彼を傷付けないで、どんな思いで生きてきたと、あの優しさを失わないために、どれだけ苦しんで生きてきたと、」
『…まさか、お前は』
「あんたなんか、あんたたちなんか、」
大地が揺れる
『っ、これは、』
「あんたたちなんか、女神様が、やっつけちゃうんだからあああああああああ!!!!」
明かりのささぬ、地下でも
閉ざされた、闇でも
私は希望を捨てない
貴方が、生きているから
■□ ※三人称(Ralk Side)
遠く離れた城下街の、あちこちから煙が上がり、非常事態を示す鐘が鳴るのが聞こえる。
しばし感慨にふけるように塀の向こうの喧騒を想像を交えながら眺めていたが。
ラルクは腕の中で気絶したままのリッチェをローブで包み、抱き直して、踵を返し、街を視界から捨てた。
あの煙はむろんラルクは関係ない。
あの現象がもたらしたものが何であったのか、理解した途端に暴れ出した者達によるものだ。
唐突に起きた地震。
地下から吹き出した眩いばかりの光。
悲鳴を上げて気絶したゴーシュとハイエ。
光の奔流に抱かれるように、絡んでいた影から解放され、宙に浮いていたリッチェ。
ラルクの咄嗟の動きは、光の消失と共に落ちてきたリッチェを抱き留めることだった。
彼女の首にあった傷は跡形もなく。
ラルクを縛り付けていた得体のしれない重圧は消え。
今だと思い。
自分達十三部隊を裏切った者を一瞥し。
それでも、ほかならぬ奴隷魔術をかけたその主の命に逆らえるわけもなかったことを鑑みて、ハイエをも連れて行こうと手を伸ばした。
けれど。
持ち上げようとしたハイエの身体は、異様に重かった。
その体型では考えられない程。
不審に思い、首に触れると。
魔法師の分厚いローブのせいで気付かなかったが、彼女の身体にはおよそ人の体温と呼べるものがなく。冷たすぎた。脈もなかった。
ついさっきまで動いていたのだから、例え心臓発作などで亡くなったとしても、体温が残っているはずなのに。
ラルクは手を引いた。
彼女は、彼女ではないものになった。
そうとしか思えなかった。
リッチェの言葉が蘇る。
『はじめは、光がなんなのか分からなくて放心したり感想を口々にしていたせいで、奴隷魔術が解けたってすぐ気付かなくて。だから初動が遅れるんです』
ラルクはリッチェを抱いて立ち上がった。
彼女にはハイエを置いてきたことを責められるかもしれない。けれど。
(
だから今、こうして、帝都を遥か後方にし、野を走っていられるのだ。
もたもたしていれば、解放された元奴隷の者達やそれを追う衛兵達の混乱に巻き込まれ、街の外門を抜けられなかったかもしれない。
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