第41話 特別な封蝋
顔を挙げると知らない人達だった。
いつの間にか私を囲う形で立っており、これでは私の姿などすっぽりと覆われ見えなくなってしまっているだろう。
あえて周りから私の姿を隠そうとする意図が見える。
そうだった、ここはハインブルじゃない。
鳥人が最弱種族だという認識は世界共通だけれど、弱者を食い物にする輩はどこにでもいる。
日本だって治安は世界に誇る程に良くても、お年寄りを詐欺にかけるヤクザもいれば女性に乱暴する犯罪者だっていた。
同じことだ。
国を出る時にヴィスタさんに言われたじゃない。
鳥人が安心して暮らせるのはハインブルだけだって。気を付けてって。
青褪める私の様子に気を良くしたのか、男の一人がニヤニヤしながら話し掛けてくる。
「一人なら一緒に遊びにいかない? いい店知ってるんだよね」
行ったら最後でしょ、馬鹿じゃないの?
「結構です。待ち合わせしているので」
「来ないんでしょ?」
来るわよ失礼ね。
ううう、魔法でぶっ飛ばしたい。でも使っちゃいけないんだった。
身を護っちゃいけないなんてじゃぁどうすればいいのよう。
「そんな奴より俺達と遊ぼうぜ」
腕を掴まれた。痛い。ちょっと、鳥人のスペックなめないでよ痛いのよ。
「はなし、」
「いっっ」
叫ぼうとした途端、男の腕が離れた。
隙間なく完全に囲まれていたのにどうやったのか、待ち焦がれていたあの人が、男の腕を捻り上げていた。
「おい、何してんだよ離せよ」
他の男が掴みかかろうとするのに、彼はその男を相手にぶつけて躱した。
「この、」
他の男達が手を出してくるのを殆ど動かずにかわすと、彼はいつの間にか私の前に立ちはだかった。
「ラルク…」
「悪かったな、遅くなった」
「ううんまだ早いよ、私がちょっと早く来すぎて…」
彼の後ろからでも男達が苛立っているのが分かった。
けれど、次の瞬間、彼から殺気が立ち昇り、全員が青褪めるのもまた、私にははっきりと見えた。
「や、えぇと、」
「はは、ちょっと困っているように見えたからさ、助けようと思っただけだよ。だよな?」
「そうそう、ほんと、親切で、、、、ッ、」
言い訳をつらつら述べていた次の瞬間、男達は一斉に逃げ出した。
彼の背後に居て向けられていない私でさえ、鳥肌が立つほどのものだ。一般人が
けれど私に振り返る彼は一転して、いつもよりも、ちょっと優しい顔をしている気がした。
「…すまなかったな、一人にして」
撫でられる。今日はグローブをしていない、武装禁止だからだろう。
それでも掌は硬くて、だけど温かい。
涙腺が緩んでしまうけど、耐えた。
「…大丈夫」
そう言うのに、撫でられ続ける手が優しすぎて、結局ちょっと泣いてしまった。
身体が小さくて弱いって、こんなにも怖いのだと思った。
そしてそんな時に助けてくれる人がいることが、どれだけ安心することなのかも、知った。
「今後は待ち合わせはなるべくしないことにして、する時は俺が先に来る。お前は少し遅れてこい。あと、早い時間にしよう。家族連れや旅行客が多い時間帯の方がいい」
ミミニャとベリーティを買ってもらい、甘いものを食べさせれば落ち着くと思われているんだろうかと思いながらも、ベンチに座ってまんまと食べて心を落ち着かせている。
でも私も物思いに沈んで注意力散漫になっていたのも悪い。
そう言うと、ラルクにはそれは才能だから気にするなとフォローされた。
どういうことかと聞いたら、それだけ鋭い五感があるにも関わらず、何も見えず聞こえなくなるほど集中力があるからこそ、魔法や斥候でまたその力を発揮するのだと言われた。
そうなのかな?
ラルクは優しい。
落ち着いてから、一緒に歩き出した。
彼はどうやら認識低下を解除したみたい、明らかに人目を惹いている。
常は気配を殺している彼が、人を避けられる程度には圧を発しているからだろうと思う。そういった振る舞いをすればインビジブル系統は自動解除されるのだ。
さっきのことで、私を守るために必要だと思ってくれた、とうぬぼれていいのかな。
トラキスタには芸能界なんてないから、普通の人はこれだけ飛びぬけた美形を目にすることはそうそうない。耐性がないのだ。
圧のお陰で声はかけられないけれど、すれ違う人がみんな振り返るし、遠くから囁き合いながら見つめてくる女の子達もいる。
今日のラルクは一般人バージョンだ。
裾が長めの白いシャツに黒の細身パンツ、靴だけごつめの厚底で黒。実はこの靴はモンスター素材で出来ている上に金属板が入っていて、蹴られると無茶苦茶痛いらしい。とかつての同僚が言っていた。
モノトーンに決めているのにやたらと格好いい。
何処までもモブになろうとしてモブになれない男。
目立つのをあんなに嫌っている人なのに。
嬉しい。
「…目立つの嫌いなのに、ありがとう」
「認識低下をかけているのにナンパされる女を連れていたら、このくらいはしねぇと」
ラルクさんは圧のことを言っているんでしょうけれど、私は貴方のお顔のことを言ってます。
「あれは一人だったから…」
「一人の奴なんていくらでもいただろう。あれだけごった返すほど人が居ても、お前を選ぶなりの理由があったってことだろうに」
んー。
リッチェのことは、美人だと思ってるよ。
そして自分はリッチェでもあると思ってる。
だけど自分がそうだと認識するのは、小さい頃から周囲にずっとそう扱われて自然に染み付くからだと思うんだ。
平凡なモブ扱いをずっとされてきた認識が無意識レベルまで染み付いてて、なかなかに難しいんだよね。転生してからは殆ど認識低下してるし。
私が変な顔をしていたのか、苦笑されてしまった。
そんな表情にさえ小さな悲鳴が上がるんだから、改めて認識したけど私の推しはイケメンだ。
「あれ以上強くかけると、俺も探しにくくなるからな。仕方ない」
そう言ってから、彼が私に手を差し伸べてくれた。
はう。そ、それは、迷子防止という名の憧れのあれ!
ドキドキしながらその手を取ろうとした、その瞬間に。
「見つけた!!」
突然、上から声がかかる。
二人して同時に見上げてしまった。
■■
人ごみにまみれるつもりで始めは居酒屋にでも入ろうと考えていたらしいんだけど。
諸々の事情から、さっき出会った人が口添えしてくれたレストランに入り、個室で食事をとることにした。
とは言えそこまで高価なところは色々な意味で緊張するので、比較的庶民的なお店にしてもらっている。
無作法だけれど、今は注文を終えてサービスする店員は居ないから。
私は受け取った手紙を出した。
「…これ、どうしよう」
「開けはしねぇから、見せてもらってもいいか?」
「うん」
さっきの人は、鳥人ネットワークの社員さんだった。制服を着ている配達員は自在に飛び回っていいらしい。
明言しなかったけれど社の偉い人からと匂わされ、直々に持ってきたのだと言われ。私をずっと探していたと言われた。
ラルクは封筒を受け取り、ひっくり返したりしながらじっと眺めて。
それから私に返してくれた。
「魔力のある封がしてある。…それはもしかしたら、噂で聞いたことがある希少なものかもしれねぇ」
「どういうこと?」
「俺も目にするのは初めてだから確証はないが。鳥人ネットワークには宛先人の魔力を記憶させることで本人にしか開けられないようにする、封蝋があるらしい」
「え?」
「つまり、お前専用の封蝋を持つ、少なくともお前にとって知っているはずの人物ってことだ」
私は目をまるくする。
「鳥人ネットワーク社に知り合いなんていないけど…」
「とりあえず開けてみろ、罠はない。連中は得体が知れない存在ではあるが、悪と決めつけられる存在でもない」
私は封を開けて中から手紙を取り出し、じっくりと読んだ。
どうしよう、やっぱり知らない。
困り果てて彼を見る。
「どうだ?」
「…やっぱり知らない。でも、向こうは知ってるみたい。しかも、悪魔のことが書いてある。どうしよう。アレクサーって誰?」
「は?」
彼は双眸を開いた。
あぁ、随分と表情が豊かに。じゃなくて。
私は彼に手紙を渡す。
「いいのか?」
「うん、一人じゃ抱えきれないよ」
彼も開いて中身を読んだ。
見る間に眉間に皺が刻まれる。
「文面だけ素直に読めばお前の味方のようだが…。ツッコミどころがありすぎるな」
「そうだよね?」
「社員が一人、このためだけに割かれるのなら、この送り主は社内で相当な地位にあるとみられる。
だとするなら、お前が奴隷魔術の被害にあっていたことを知っていたとしても不思議じゃねぇ。しかも返事は呼び笛を鳴らしたら引き取りに来るって言ってたよな、普通の待遇じゃないぞ。
その笛は誰にもらったんだ?」
「それが…」
私は俯く。
気が付いたら当たり前のように持っていたのだ。
「魔術をかけられる前の記憶がないの。だけど、これを吹いたら鳥人ネットワークの誰かが来るって自然と分かってた」
「…実は社長の娘、深窓の令嬢とかか? しかし、それにしては文面から若さを感じるな。お前とそう歳は離れていないだろう。
それと、この悪魔は、恐らくは、俗称のことだと思う」
「俗称?」
「悪魔のような男、のことだ」
あぁ。
そっか、そっちなのかな?
「でなけりゃ文面がおかしいからな。お前の敵が悪魔で、そいつらがお前の存在を把握していて、探している、ということをこいつが知っている前提になるからだ。
とはいえ、ゼロではない。心当たりは?」
「うう…ややこしい。でも、私には全く心当たりがない」
物語においても設定資料集においても。
世界の人々は魔王のことどころか、悪魔が暗躍していることさえ知らなかった。
勇者一行の使命に関して、事情を知っていて、密かに手を貸してくれる存在なんていなかった。
誰もかれもがそれぞれの立場で少しずつ察していって、出会いによって情報が集まり、ピースが埋まっていき、真実が明らかになる。
それに、リッチェに、強大な後ろ盾になるほどの特別な縁があったなんて、一度も出てきていない。いくら彼女がすぐに消えてしまう脇役だったとしても、それなら彼女が必死にラルクを探していた時に見つけられたはずで、そんな事実はなかったのだから。
一つだけ思いつくことがあるとするなら。
異世界転生あるある、”自分以外の転生者” の存在、だった。
自分が転生しているならば他の人だって充分ありうる。
だけれど、女神様に直に会った身としては、それも違和感が残る。
だってあの感じだと、世界を越える転生というのはかなりの特別処置で、そのために相応な重荷を背負うほどの代償が必要だということ。
魔王を倒すと同等の重荷なんて、この世界に他にあるだろうか。
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