第40話 都会のヘンリー

 この町は一般エリアと冒険者エリアが分かれているらしい。

 武装している冒険者が歩いてるだけで町の人々が怖がるからだそう。なので、一般エリアでは武装が禁じられている。

 とは言っても分からないようにしていれば、とがめて身体検査をしたりはしないそうで。


 お洒落で可愛いお店はみんな一般エリアにある。

 私は私服に着替え、指輪はネックレスにして服の下に隠すことにした。


 とは言っても、手持ちの服は殆ど売ってしまった。外出用に数点と、部屋着兼夜着くらいしか残っていない。

 もっとも、ハインブルでの収入が思ったより多くて、リッチェの貯金額程度ならあっという間に回復しそうではあった。

 ちなみにあのゴブリンテイマーは度々出没してCランクの討伐依頼が出ていたのは、後からヴィスタさんに言われて知った。その場で言ってほしかった。ハインブルの人ってちょっと説明が足りないと思う…。


 ヘンリーは都会なのでお店も多い。これなら服を増やしても良さそうだから、カーテンのついでに少し買い足しちゃおうかな。


 本日の装い。

 蝶型モンスターレインブラッジの羽根で出来たシフォンブラウス。

 レインブラッジはモンスター領域に生息しているものは大体巨大で、羽根は薄いけれど丈夫で衣服の生地に耐えうる。

 しかも、一見薄い蒼に見えて近付くとシースルーなところが人気の生地だ。

 もちろん下にキャミソールを着ている。

 そこに伸縮性抜群な蜘蛛型モンスターブラックスパイダーの糸で織り込んだ、スマートな白の八分丈パンツ。

 髪はゆるふわ編み込みハーフアップ。靴はレッサードラゴンの骨と革で作った白パンプスで。


 小柄なのでガーリーにしすぎると子供っぽくなってしまうのでこの辺りにしてみた。


 しかしながら。

 バッグがなかったのであります!

 売りすぎた。せめて一つだけでも残しておけば…。


 マジックバッグはごっつい黒革のポーチ型なのでどこからどう見ても冒険者用ですありがとうございました。


 仕方なく、バッグには特に認識低下を強めにかけている。稀少魔法をこんなことに使うのきっと私だけ。



 一般エリアは道のタイルの色が違うので一目で分かる。冒険者エリアは濃い目の色合いのものだけど、こちらは一転して淡い色合いのものになる。

 煉瓦造りの家々に合うように、凝った絵を描き込んだタイルが所々にはめ込んであったりする。


 帝国はいつモンスターが襲ってくるか分からない恐怖から、むしろ武装の人達が歩いていると市民は安心したし、一般家庭にも大斧の一つくらいは置いてあった。

 だから町並みは石造りでごっつい感じで、見た目より機能性重視だった。


 帝国ともハインブルとも違うこの雰囲気を味わい、異国に来たんだなって感慨にふけりながら歩く。


 町を歩く人達も、防御力まるっと無視で、春に相応しい薄着でお洒落重視の装いばかり。


 可愛い露店も多くて覗きたい気持ちも食べ歩きしたい衝動もあるんだけど、まずは用を済ませてからじゃないと、気が付いたら約束の時間になっていそうで。

 ベッドは最悪、寝袋でやり過ごしてもいいけど、カーテンはないと困る。辺りに人気がなくてもさすがに…。


 道行く人に聞いて家具を扱っているお店を教えてもらい、職人通りへとやってくる。

 さっきまでの道はデートコースや友達との散策に使われるような、服やアクセサリー、スイーツのお店が多いんだって。ダンスパフォーマンスや曲芸なんかもあるそうで。何それすごく行きたい、行きたい、けど、が・ま・ん。


 それにしても、情報化が遅れてるってこういうところで体感するね。


 家具と一口にいっても、家族が求めるようなものと、一人暮らしやシェアハウスで求められるようなものは、雰囲気が全く違うわけで。家族と言っても子供がある程度成長してからと、幼児では全く異なる。


 選ぶ以前の問題で、求めているのはこういうのじゃない、の繰り返し。

 日本だったらまずスマホで検索して、お店のホームページやレビューで大体の雰囲気が先に分かるし、訪れるお店を絞って場所を調べておくことも出来るのに。


 ガイドブックがあったとしても情報が新しいか疑問だよね…。


 かなり苦労して、やっと私の年代の子達が求めるような家具のお店を探し当てた。

 そこまでに何件回ったかもう分からない。


 お店の人に聞いたところによると、メルスンはそもそも国民が国外に出たがらない上に、外から移住してくるのが難しく、家を出るのは結婚してからのことが多く。

 こういった家具の需要が少なくて、お店の数が少ないのだそうです…。



 はわー。


 すっかり疲れた私を気の毒に思ってくれたらしく、店主さんが自ら、色々とカーテンを出して来てくれた。

 煉瓦造りにあった雰囲気、と伝えただけで、十数点を持ってきてくれる親切。

 しかも座らせてくれたし、冷たいお茶も出してくれたし。いいの? 商品を汚しちゃうかもしれないのに。


「鳥人さんにはお世話になったことがありましてね。『その親切は明日の我が身に』ですよ」


 似たようなことわざがあることに少し心がほぐれて。


 すっきりしたフルーツティをいただき、水分を補給してから、じっくり眺める。


 やっぱりお値段的に一番手が届きやすいのは無地なんだ。

 次が単純な模様の繰り返し。

 ここから分かれて、花柄だったり、隠し模様だったり、レースだったり。

 

「機能を考慮されるのでしたら、こちらは遮光と防音になります。モンスター素材を使用していて魔導具ではございませんので、完全ではありませんが、ありとなしでは大分違いますよ」


 機能はなかなか魅力的だけど、正直いって、その辺は結界で済んじゃうな…。

 さっきは急いで出てきちゃったけど、敷地には色々な機能を詰め込んだ結界を張る予定。


「デザインを重視したいんですけど…」

「でしたらこの辺りでしょうか」


 店主さんは私の服装の雰囲気に合わせたのか、割と可愛らしいものを中心に選ぼうとしているみたい。


「えと、シェアハウスのリビング用なんですけど…」

「あぁなるほど、失礼しました」


 何を思ったのか店主さんがにっこりした。


 …もしかして防犯を重視してないから男性が居ると思ったのかなこれ。あってるけど思ってるのと違うんじゃないかな…?


 言われてもいないのに否定するのも変なので、妙に照れくさくなってしまい、誤魔化すためにカーテンに集中することに。



 結局、隠し模様とドレープの二択まで絞って、散々悩んだ末に、クリーム色のドレープに決めた。焦げ茶の木造の窓枠に、ふわっと風でゆらめくドレープはとても品が良くて素敵だと思ったから。

 あとは念のため目隠し用のレースカーテンも選んだ。


 折角なので私室用とリビング用をお揃いにして、その場で支払いを済ませる。デビットカードのように、ギルドカードで引き落としが済むらしい。


 それから店主さんに寝具を扱っているお店を聞き、今度はすんなりと辿り着いた。

 あの店主さんはお客のニーズを読み取るセンスがあったんだと思う。今度は楽しく選ぶところからすぐ入ることが出来て、お陰でとても良い買い物ができた。


 カントリー風の焦げ茶色をした木製ベッド。重厚過ぎず、あったかくて可愛い感じの。ちょっとした物を置ける飾り棚付きなのも良き。ラルクのアクスタとか読みかけの本とか置きたいもんね。アクスタは勿論自作する予定!


 ベッドは配送の手続きをした。カーテンはちゃんと物陰でしまいました。

 マジックバッグは持ち主にしか扱えないし、譲渡でしか持ち主は変わらないけれど、それはそれが手に届く位置にいる人達しか知らないこと。

 普段、縁がない人はそんなこと知らないわけで、だからこそ狙ってくる。人前で迂闊にしまうわけにはいかないのだ。



 そんなこんなでカーテンとベッドだけで疲れ果て、待ち合わせの中央公園へ向かおうと、職人通りを戻っていったら。


 な、なんと。

 見つけちゃったんです。


 ショウウィンドウに並ぶ可愛らしいメイド服の数々を。


 そ、そうよね、城でも普通に見ていたもの。ここではコスプレじゃなくて仕事着として本当にメイド服がある!


 ウィンドウに映るリッチェは文句なしに美女。

 こんなに可愛いのだからメイド服まではいかなくてもエプロンは似合うんじゃないだろうか…。


 前世ではとても着られなかったから、着てみたいな。…ちょっとくらい、いいかな?





■■





 中央公園はその名の通り、一般エリアの中央に位置している。

 人に聞かなくても看板ですぐ分かる程、有名な場所みたい。


 そこは思った以上に沢山の人でごった返していて。

 噴水前と言っても、その噴水もすごく大きくて。


 これ、来ていても、会うのに苦労しない?

 それでも待ち合わせの定番になっているのは、噴水が綺麗で、露店が沢山あって、パフォーマンスなんかも絶え間なくて、待っていても退屈しないで済むからかもしれない。


 定期的に吹き上がる水はその都度形を変えて、白鳥になったり、花になったり、荘厳な九重の滝になったり、見ていて全く退屈しない。これは間違いなく魔導具だ。


 露店では、ウォーターサーバーの中で、氷の代わりにクリオネみたいなモンスターがキューブに入って冷気を発し、ジュースを常に冷やしている。

 それがまた虹色を発していて光彩を変え、いつまででも見ていられる。


 あっちは、メルスンの国民的お菓子らしい、バタークリームを中に閉じ込めたふわふわスポンジボールのミミニャ。それをさくっと銀のスコップですくって紙のカップに入れてお客さんに渡している。


 いいなー。

 でも、これからラルクと夕食だし…。

 お買い物にあんなに時間がかからなければ、この辺りを見て回るつもりだったんだけどな。


 時間的に親子連れは帰っていく。

 少しずつ客層が大人の男女に入れ替わっていくようだ。


 私達も、はた目から見たら、そういう風に見えるんだろうか。

 でも、現実はそうじゃないから、それに慣れちゃうと、彼の口から現実を突きつけられたら、ショックで立ち直れないかもしれないなぁ。

 あんまり浮つかないようにしないと…。




「ねぇ君、ひとり?」

「浮かない顔してるね、待ち人来たらずかな?」


 突如、不躾な声が振ってきて我に返った。


 私としたことが、足音に気付かないなんて。

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