第9話 明けの明星

 ピウチュはトマトに似てる、じっくり煮込むととろみが出て、ちょっと味が濃くなる野菜。だから何も足さなくてもクリーム煮込みのようになる。塩気はないからお好みで足すと味が引き締まる。

 コッコリは玉葱に似てる。ただ、少し小さめの玉で房のように集まって木に成るので、大体一房単位で買って、一つ一つもぎ取って使うのだ。


 調理の仕方は殆ど同じ。コッコリは頭を切って皮を剥いて、出来上がりに合わせてお好みで切る。新玉葱並に水分が多いのはいいのだけど、味がちょっと水っぽいので、炒めものにするなら少し乾燥させないといけないそうだ。そこは残念。


 ピウチュとコッコリを小さく刻んで。バッグを見て余り野菜をありったけ、同じように細かく小さく刻んで、水を張った鍋に入れる。コンロは魔導コンロで、卓上コンロみたいなものを、調理台に置いている。

 そこにスープの素になる干し肉の塊を入れ。複数の種類を入れて味に深みを出すのがコツだ。


 しっかり火が通ってから、塩で味を調え、ご飯を投入。

 ある程度ご飯がお水を吸ったら、チーズを入れ。そしてふわっと感を残すために、最後に溶き卵を入れるのだ。


 チーズはこっちではキットというらしい。でも野上里智前世が強く自己主張する自分としては、もう翻訳魔法でどうにかして、物の名前は全部日本のもので通したいところ。今度試してみよう。



 そんなことをしていたら、いつの間にか、ラルクが私の傍に戻ってきて、手元を見ていた。私のすぐ横に立っている。私の鋭すぎる嗅覚だと、この距離なら彼の匂いさえする。ドキドキしてしまう。


「丁度よかった、味見してくれる?」


 私は恥ずかしくなって、火を止め、おたまで小皿に少しよそって渡してみた。

 彼は私の顔を見てからそれを見て、受け取る。

 なんだろ? 変なものとか入れてないんだけどな…。


 やっぱり信用されていないのか、元からの習性なのか、彼はそっと匂いを嗅いで少し口に入れるとゆっくり味をみている。ううん、習性なのよね、知ってるの、しない方が落ち着かないの、職業病というものだ。


「…美味い」

「よかった」


 彼は小皿を洗ってくれた。


「お前、こんなに気が付く奴だったか?」

「え?」


 洗い終わって、桶に溜めた水を捨てながら、彼はそう言った。どう返していいか分からないでいると、彼はこちらを見た。


「徹夜明けでろくに食ってなかろうが、これから寝るんだろうが関係なく。前のお前はボア肉の焼いたもんを大量に皿に積んで出すような奴だっただろう」

「…ごめんなさい」


 驚愕からの猛烈な反省の元に謝ってみる。


「いや、謝ってほしかったわけじゃ。俺の好物だと思ってくれたんだろうし。ただ、急にこんなに気が付くようになって……しかも別人が作ったかのように美味ぇし驚いただけだ」

「もう寮生活じゃなくなるから、お料理を沢山覚えようと思って…」

「そうか」



 ピロリン



 あ。鳴った。ということは。

 慧眼を使われているわけでもないし、疑っているとかではなかったのか。そう言えば、彼は器用なのに感情表現に関してはとことん不器用な人だったかもしれない。


 心臓に悪い。リッチェったら割と単純な子だったのね…。





 ひとまず問題なさそうだったから、出来上がったリゾットを食器に取り分けて、ラルクに渡し。調理器具を洗い、調理台から何から全部バッグにしまってからテントへ入った。

 彼は待っていてくれた。



「いただきます」

「いただきまーす」


 ここでもいただきますとご馳走様の文化はある。そんなちょっとしたところで安心する。


 うん、美味しい。

 似ているとはいえ、素材や調味料などのほんの少しの違いで、思ったのと違う味になっちゃうものだから、心配したけど。

 しっかり味にも深みが出てるし、ピウチュトマトの酸味がキットチーズでまろやかになっている。


 食事をしながら、ラルクがぽつりとつぶやいた。


「…お前の言ったことは本当だったな。信じなくて悪かった」

「ううん、否定しないで出来ることをしてくれたから、皆が逃げられたんだよ。私もラルクも怪我なしだよ、すごいよね」

「…そう言ってくれるか。ありがとう」

「こちらこそ」


 貴方が居ないなら、そもそも頑張る意味だってない、私には。


 あぁそうだ、メルスンに行くってことだけは決まったけど、それからどうするかは話してなかったな。たまたま行く方向が同じだから一緒に行ってくれるだけかもしれない。


 心配だから、ちょっと聞いてみようかな。


「…あのね」

「ん?」

「その…メルスンに着いてからも、一緒に居ちゃ駄目かな?」


 ラルクの手が止まった。

 ちょっと誤解を招く表現だったかもしれない。これだと告白してるみたい?


 ち、違うの。いえ勿論そうなったら嬉しいけど、言うの早すぎる、そうじゃない。


 ラルクの表情は変わらないし、効果音もしないから不安で仕方ない。


「…パーティを組むってことか?」

「うん」

「そうか…分かった、これからもよろしくな」

「やったーーーーー!!」

「…声でけぇよ」


 ピロン

 いやああああん嬉しいいいいい好感度あがったあああ


 よ、良かった、嫌悪感でも持たれてしまった日には希望が潰えてしまうところだったよ。


 最大の難関だったんだよ実はこれは。

 ラルクは情は厚いけど執着がない人で。

 逃げた後の部下の行方を調べたりはしないのだ。嫌な過去を思い出させる自分が現れる必要はないって。どっかで生きて元気にやってんならそれでいいって。


 ラルクが過去を忘れたいのは、小説も現実もきっと変わらない。

 ついていきたいって言っても、嫌な思いをさせるかなって怖かった。



 普段なら町が活気を帯び始める時間だけれど、国境を超えるのは夜の方が当然いいので、早々に休むことになった。鳥人の飛翔能力なら、陽が沈んですぐ飛び始めれば、南のモンスター領域を抜けて遠回りしても一晩でハインブル興和連邦に着く。

 どこかで宿を取り、また夜になってから飛べば、すぐメルスン共和国だ。これは鳥人にしか出来ない離れ業。


 まぁ、ぶっちゃけ、転生してから緊張の連続で、片時も心が休まらなかったから、まだ国を出ていないというのに、もうへとへとで。限界だったから、休めるのはありがたい。


 色々と仕掛けもしてくれたし、見張りはやめて、二人とも休むことにした。人に見つかったとしても、彼らがラルクの罠を突破してくる前に私達が起きる。


 体力を回復した方がいい。



 諜報員は、男女の性別を配慮するような繊細な気遣いはしてもらえないし、そんな事を言っていたら務まらない現場や仕事が多いので、同じ空間で並んで横になるのは普通のことだった。

 それでも、警戒心の強いラルクの性格を思えば、今回のことで大分信用してもらえたのかなって思う。


 眠るまで、中でほそぼそと話してたら。


 実は、ラルクは門を越えられるすべがあるから、私は単身、空から山を越えさせるつもりだったらしい。道理で。歩いて越えられる山じゃないよなぁと思ったんだ。


 そうなっていたら、きっとそこで私と彼の道は別たれてしまっていたのだろう。

 ホントに危なかった、事前に魔導具を揃えたのは無駄じゃなかったみたい。何処に運命の分かれ道があるか分かったもんじゃない。


 冷たく見えるけどそうじゃないんだ。ラルクは人生の大半を諜報奴隷として過ごした分、自分自身を大事にしないし、自分への好意を理解しない。


 人としての尊厳とか、幸福になる権利とか、そういうものが自分にあることを知らないの。


 だから自分が愛されるなんて、思いもしない。


 私が、ラルクと離れるなんて考えられなくて、過去を忘れられなかろうが、捨てられなかろうが、そんなことよりも。ラルクと一緒に居ることが何よりも大切だなんて発想は、彼の頭にはない。


 だからこれから、貴方のことが大好きで、幸せでいてくれなきゃ悲しいし、居なくなられたらつらいんだって、理解してもらわないといけないの。頑張る。



 パーティ名は『明けの明星』になった。新しい門出の象徴である暁を入れたいと言う私の主張がこんな形に。痛々しい厨二っぽいらしいので名乗るのは私がやるもんいいもん。






―――――――


※作者より:章の切れ目ですので少し短いです。次回から章が変わります。

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