一章 貴方が歩む世界は愛しい

寄り道、ハインブル編

第10話 再び、異なる大きな分岐点

 辺りが見えない程に暗くなってから、私達は荷物をまとめて、飛び立った。


 ギヌマさんの特製、重量軽減布は、大きくて丈夫で、触れたものの重さを大幅に減少する。馬車の荷台に敷くと、商隊の一台分の大荷物を、一人で引いて運べるほど軽くできる。

 それを座れるように籠の形に縫い上げた。縫い目に負担がかかって千切れることもない。


 ラルク一人なら軽々と運べるし、空気抵抗をなくす結界と防御結界を重ね掛けしたお陰で、多少はスピードをあげてもびくともしない。


 モンスター領域にさしかかり、険しい山脈を遥か下に見ながら、それも飛び越えると、段々と小さな家がぽつぽつと並ぶ、のどかな田舎風景のようなハインブル連邦が見えてくる。


 帝国は石造りの建物が圧倒的に多かったけれど、ハインブルは木造のこじんまりした家屋の集まった村が多い。

 けれど小さな村は排他的なので当然、入れてもらえない。

 私達が目指すのは、ハインブルの中でも比較的大きな街だ。


 けれどいきなり街に入る前に準備が必要なので、どこの集落からも遠い、魔法を気楽に使えそうな開けた場所を見つけて、降り立った。


 なんだか、構えていた割には拍子抜けな程に、あっという間に国境を越えられたな。衛星やらレーダーやらで空をも監視されている地球とはずいぶん違うね。





 地に降り立って、ラルクが降りてから、籠を丁寧に折りたたんでしまう。何かの折にまた使えるだろう。ラルクの安全に気遣いながら、慎重にかつ、なるべく速度を出して飛んだので、疲れたみたい、ちょっとふらふらする。


「鳥人の飛翔力には恐れ入るな…。こんなに簡単に国境を越えられるとは」


 でも、貴方にそんな風に言ってもらえると、一気に心が浮ついてしまう。


「ちょっとは役に立てないとね」

「ちょっとじゃねぇよ、ありがとう」



 ふわぁ

 嬉しい



「さて…いきなり高度な結界を見せられたわけだが」

「あれ?」

「…無自覚か」


 確かに、ラルクに何かあってはいけないと思って、重ね掛けしたけども。


「どういうことだ? 生活魔法もろくに使えなかったお前が、結界なんておかしいだろう」


 え? そうなの? おかしい、記憶と齟齬はないんだけど。

 ステータスを見ても、魔法の習熟度、全部マックスだったんですけど。


 ……女神様? もしかしてチートくれた? おまけに記憶もいじった?






 駄目だ、凄く疲れていて眠い、思考がちゃんと働かない。


「奇跡の復活の時の余波って言うか……」


 あぁ、推しが呆れている。

 ごめんなさい、今は多分、難しいことを聞かれても何一つちゃんと答えられない気がします。


「蘇生したことで新たな能力に目覚めたと?」

「そうとしか思えない…」

「習熟度は?」

「女神様の慈悲の恩恵じゃないかな。私にも分からないです」


 魔法の習熟度というのは、一言で言ってしまえば、慣れ。いつもしていることは簡単に出来るようになるように、使い慣れた魔法ほど、簡単に発動して、正確で、効果も高いってこと。


 ただし個人差があって、どれだけ練習しても最高ランクまでいかなかったりもする。それは経験を積めば自分の程度は大体分かる。



「実は、結構、色々と属性魔法が使えたりするの。だから、冒険者としては、魔法師で登録しようと思ってたの…」


 私の推しが固まった。


 そんなにまずかったかな?

 確かに私も、ステータスを見た時は引くほど驚いたけど…。もしかして、私の驚き程度のものではないとか?

 それとも、ラルクの口ぶりでは、実績がないから信用がないってことかな?


 彼はふっと息を抜くと、眉間に指をあててグリグリと押している。困った時の癖。

 彼がこれを見せるのは、身内認定した部下の隊員達の前だけだった。


 記憶にないことは、私に聞かれても、ホントに分からない。


 ラルクマイスターの私でも、現実の貴方の心の全てまでは分からないよ。

 今、とっても疲れてるから、マイナス思考になっちゃって、不安になるから話してほしい。


 ラルクはようやく手を降ろして、私を見た。

 そこで、私の表情を見て、それまでの険しい気配が和らいだ。


 私はどんな顔をしていたんだろう。


「…メルスンに行くのはしばらく止めだ」

「え、どうして?」


 思いのほか、柔らかい声。

 安心と不安が同時に生まれて混ざり、胃の中で重たい灰色になる。


 ラルクが優しいのは嬉しいけど、予定とも物語とも違うのは不安。私が何かしちゃったの?


 ハインブルでは自給自足の集落も多いし、街でもほとんどが顔見知りで、よそ者には仕事を見つけづらいと思う。


「俺も魔法には詳しくない、専門外だからな。お前のレベルがどの程度なのかも分からずに、あの国に行くのは危険だと思う。


 特権階級こそ居ないが、議会という政治勢力があるし、学会も存在している。もし仮にお前が特別な存在なのだとしたら、放っておいちゃくれねぇだろう。

 それこそ最悪は、皇帝陛下の耳に入り、再び興味を引きかねない。


 だがハインブルなら、良くも悪くも他人に興味がない奴が多い。干渉も少ない」

「…そこまでだった?」

「少なくとも風圧をなくす結界魔法なんて俺は見たことがない。普通はどの程度なのかを知ってからにしないか?」

「う、うん…」


 頷いておきながらなんだけど、知ったところで合わせられるか、全く自信がない。


 完璧に魔法を習得した記憶とその事実があって、手足や羽根を使うのと同じくらい自然に魔法を使ってしまうのに。

 たぶん、咄嗟に使っちゃうと思うの、何の違和感もなく。さっきのように。


「最初は様子見で、基本属性の一つを選んで、その初級魔法だけ使うことにしよう」

「うん……」


 ふと、影が差した。

 私はいつの間にか俯いてしまっていたみたいで、近くに来た彼の顔を見あげる。


「…怖いか?」


 静かに聞かれる。そっか、私が貴方の心が分からないように、貴方も私の心は分からない。


 怖いことを言われて私が怖くなったと思っているのかも。


「…あのね」

「あぁ」

「皇帝陛下は、怖いよ。権力も、好きじゃないよ。でも、そうじゃないの」


 目立ちたいわけじゃないし、権力に使われて擦り減らされるのも、自由を奪われるのも、もう沢山。


 でも、そこまで深刻に恐れてもいない。


 私がそれを不安に思わないのは、お告げが降りて、私達が勇者一行となることが分かっているからかもしれない。

 創世の女神が後ろ盾に居るようなものだ。


 もちろん目立たないに越したことはないけど。


 私達が警戒しなくてはいけないのは、皇帝陛下のみだ。

 あの男だけが、あらゆる権力を更なる横暴で跳ねつけ、踏みにじり、力づくで私を捕まえることが出来る。


「ただ、私は貴方の望むように、器用には振る舞えないかもしれない。

 それで迷惑をかけたり、負担をかけるのは、つらい」


 それで貴方に嫌われるのが、一番怖い。



 少しの間。


 そんなことを言われても困るんだろうなって思って、私はまたも俯く。


「…ひとまず」

「うん」


 彼の声の静けさは何も変わらなくて、効果音もしない。変わらず優しく接してくれるのは分かっても、思いまでは見えない。


「出来ることを模索してみよう。

 平均を掴めるように、中規模くらいの街で冒険者登録して、初心者講習を受けて学びつつ、他の冒険者の動向を見ようか。

 小さい町だと魔法師自体が居ないかもしれねぇし、でかい街だと妙に絡んでくる奴も中には居るかもしれねぇ」

「魔法師って少ないの?」

「そう多くはない。魔法を使える奴自体は何処にでもいるが、魔法師という職業を名乗って、まともに冒険者の仕事がこなせるレベルとなるとな」


 例えるなら、絵が描ける人は何処にでも居るけど、絵を仕事にできる人は限られる、みたいな感じかな。

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