第11話 新たな姿と新たな名

「魔法の試し撃ちを見てみたいところだが、まずは何よりも、姿を変えようか」

「うん。姿見を出してもいい?」

「そんなもんを担いで旅する冒険者は居ない。マジックバッグを持っていると宣言するようなもんだ。こういう時は、水を使う」


 あう。ごもっともです。


 これがラルクの凄さなのかも。一緒に居ることでこの用心深さが身に着けば、私も足手まといにならないで済みそう。


 実は彼はアイテムボックスのスキルを持っている。文字通り何でも収納できて、しかも容量無制限の時間停止だ。

 なのに、なんと最後まで仲間にも気付かれないまま、エピローグで初めて描写される徹底ぶりだった。


 今、一緒に旅をしていても、必要な荷物は全部担いでいるし、スキルを使う素振りも見せない。


 楽できるのに使わず、あることを悟らせないから、突然何処からか武器を出しても、さすが凄腕の隠密、油断できないと恐れさせるだけで、そのスキルを持っているなんて露とも思わせない。

 設定資料によると、彼はそういう使い方をするらしい。


 話は物凄く逸れちゃうんだけど、二次創作ではそれに湧き立ったファン達が、彼が捕まったところをそうやって抜け出すエピソードを入れたりしてた。

 そもそも捕まらないでしょうって? そこをいかにキャラを壊さずにイベントを起こすかが、二次の腕の見せどころなのです。



 近くの木立まで歩いて、木の根元に荷物を降ろし。私は細長くて薄い板のようなウォーターボールをつくり、前に設置した。

 なおかつ生活魔法で明かりを灯してライト、まだ暗い中でも色味の具合を正確に見られるように、光を広げて明るさを調節する。


 あぁ、推しに見られています。

 今は見逃してください、だってこれからずっとその姿になるわけで。一生ものなの!


 で、髪や睫毛、瞳の色を変更。顔を変えるのは永続できないのでかえって無理が出てくるから、認識低下で済ませようということになった。


 賛成です。そのご尊顔を変えるなんて、ダメ、絶対。


 変身魔法はマックスだと体毛と目は永続可能なのです。凄いのが、髪が伸びても生え際から変わっていること。幻でなく実際に。細胞変化の域じゃないかと思う。


 認識低下はいわゆるモブ化です。居ることが分からないとまではいかないけど、印象が薄くて記憶に残らなくなる効果がある。

 強く意識されてしまえば覚えられてしまうけど、そもそもそうなる機会が少ないから、無難に日常を過ごせる。

 これは定期的にかけなおしが必要。


 私は魔法があって、ラルクはスキルを持っていたのでそれで解決。



 そして、私は、白髪赤目から、ピンクゴールドの髪、ローズピンクの瞳になった。ファンタジーでしかありえない色なので、やってみたかったの。

 ラルクは紺髪藍目から黒髪黒目になった。これですよ、これでこそラルクですよ。


 で、姿見の前でくるくると回転して、色むらがないかしっかり確認してから、ライトとウォーターボールを解除した。水がぱしゃん、と地面に落ちて染みになる。



「名前はどうする?」

「そうでした。……リチにします」


 つい、自分前世の名前を呼んでほしくて、そう言った。覚えやすくて呼びやすいと思うし。


「分かった、リチだな」

「うん」

「ならリチ、試し撃ちしてみようか。パートナーなら把握していないといけないからな」

「パートナー…」

「噛み締めるな。で? 何を撃つ?」


 ちょっとくらい感慨に浸らせてくれても…。



「風にします。風刃ウィンドカッターで」

「……嫌な予感がする」

「え?」


 風の初級魔法なんだけど…。簡単に想像できる使い勝手の良さそうな魔法だからこれにしようかと。

 ボール系って力任せに吹っ飛ばして壊しそうで、使いにくいイメージ。アロー系はピンポイントすぎてこれも使いにくそうな。


「まぁいい、とりあえず撃ってみてくれ」


 ラルクの予感が良く分からないまま、木立に向かって手を翳す。



 ズバババババッ



 瞬時に発動した真空の刃は、回転しながらかまいたちを起こして何本か木を切り倒した。


 横を見ると、私の推しがすんってなっている。なんかこう、転生してから、あんまり見たことない表情をいっぱい見られて嬉しい、な…。


「チャクラムかっつーの…普通はシンプルに真っすぐだろうに」

「良くないってことかな?」

「違う。複数の敵に囲まれても通用するってことだ。敵が縦一列に並んで突っ込んでくるわけはないからな」

「そ、それはそうだね」

「一発でかなりの人数を戦闘不能に出来る」


 まぁ、まともな喧嘩もしたことがないアラサー日本人じゃ、そのくらい盛らないとすぐ死んじゃうってことかな。


「私、ラルクの言う通りに出来るかな」

「…確かに、お前が規格外なのは、俺の想像以上なのかもな。同じ魔法でも何処かしら違うようだ。

 今は結論を急いでも仕方ねぇから、当初の予定通り、主に使う魔法だけ決めておいて、様子を見よう」


 普段は冷静沈着で何事にも動じないラルクが、驚いてるのを二連続で見られたわけだから、そうなのかもしれない…。


 付き合ってもらったお礼を言って、時計を確認すると、五時になった。この時間なら冒険者ギルドは開いているだろう。


「ラルク、五時だよ」

「あぁ…まだ、どの町に行くか決めてない。今、地図を出す」

「うん」


 い、椅子出したい…。昨日の足の疲れが取れてなかったみたいでズキズキするし、魔法を撃ったから、一晩中飛んだ疲労が復活してきた。

 地に置いた荷物に目を向けていた彼が、気配を察したのか、ふと私を見てから、荷物を担ぎなおした。私はぼんやりした眼差しを向ける。


「限界そうだな。休もうか」

「そこの中で…?」


 木立を見やる。彼は首を振る。


「いや、これじゃ外から丸見えだ。もう少しマシな野営地を探す」

「うん…」


 鳥人のフィジカルよ。子供並みというのは伊達じゃない。飛翔能力のために元々そういう身体のつくりなんだよね。その代わり飛べば物凄い速いし、二日もあれば大陸の端から端まで飛べてしまう、その移動距離は全種族と移動手段を凌駕するのだけど。


 一緒に冒険者をしたいなんて、ちょっと無謀だったかな…でも、今回は特別な事情があったからだと思うんだけど…。


 彼は見かねたのか、私の分の荷物まで持って、私を抱き上げた。


「ふぁ?」

「寝て構わない、なんとでもなる。飛んでくれたのに気遣えなくてすまなかった」

「急にきちゃって……ごめんね」

「いいさ。おやすみ、リチ」


 穏やかに囁かれて、私はもう起きていられなかった。

 やっぱり思った以上に疲れてたんだな……。





■■ ※第三者視点





 部屋というよりは施設の一室と言った方がしっくりくる、白い壁の味気ないそこに設えられたベッドで、ピンクゴールドの長い睫毛を伏せた美女が眠っている。


 その傍ら、起こさないように少し離れたテーブルに、スーツを着た熊人の男性と狼人の青年が向かい合って座っていた。

 熊人の役人は、その種族の割には体格が人間に近かった。この連邦では珍しい混血なのかもしれない。


 ここは、ハインブル興和連邦のマール町役所、敷地内にある、宿泊施設である。




 少し時を遡ると。

 リチが眠りに落ちてしまった後、改めて解放された感慨に耽りながら、ラルクはあえてゆっくりと歩いていた。

 早朝にして周辺の集落からは離れた場所を選んだ甲斐あって、人通りもなく。落ち着いて考えてみれば、静かな生活が出来るなら冒険者にこだわる必要はないなと思った。


 内勤を探せばむしろ冒険者より目立たずに済む。何故、拘っていたのだろうか。


 逃走後のキャンプの時はうなされていたのに、今は穏やかな顔をして、すうすうと小さな寝息を立てるリチを見ていたら。

 彼女には冒険者は似合わないような気がした。



 不思議な話である。

 過酷な諜報の任務をこなし、失敗すれば躊躇わず毒を飲んだ彼女だというのに。



 では何処へ行こうかと、考えを巡らそうとした瞬間。

 彼の目に、いきなり看板が飛び込んできた。



『鳥人に暴力、ダメ、絶対!

 見つけたらすぐ連絡を!!


 ハインブル興和連邦マール町役所』




 熊人の役人、ヴィスタと名乗った彼は、一通り聞き取った調書を改めて眺めながら、内容を確認していた。


「彼女にはなんの外傷もないし、医者も眠ってるだけと言ってるから、貴方が査問にかけられることはありません。

 わざわざ登録しに自分から来てくれてるし、嘘発見器で潔白も証明されました」

「あぁ」

「彼女が目覚めれば余計な疑いをかけられなくて済んだのに、起こさないでやってくれとは、困った色男だなぁ」

「放っておけばそのうち起きると言っただけだろう」

「はいはい、だけどね」


 ヴィスタは改めてラルクに向き直る。


「知っての通り、我がハインブルは、鳥人を庇護対象としています。各集落の完全自治ゆえに、手に負えない事態になっても、鳥人さんが間を取り持ってくれなきゃ、誰も助けてくれないから。

 他にも、彼らが郵便配達をしてくれたり、地図の更新をしてくれたり、新聞を発行してくれたりしなきゃ、立ち行かなくなるわけですよ」

「…」

「だから、か弱いけれど頼りになる彼らは大切にされていて、鳥人には危害を加えてはいけないというのは、いい加減な我が国での数少ない、かつ、厳守されるべき法で」


 とうとうと語るヴィスタの台詞を、ラルクは静かに聞いている。


 知らなかったわけではない。

 ただ、リチは緊張のしっぱなしで、ラルクは思いもかけない出来事の連続で、すっかり頭から抜け落ちていたのだ。

 ラルクにとってリチは、日常に居て当たり前の存在であったせいもあるだろう。


「一緒に居るだけで貴方は危険視されかねないんだから、もう少し危機感を持って自衛を…聞いてます?」

「聞いている。目覚めるのを待つまでの間だけだからな」

「俺が頭が柔らかくて良かったですね? リア充爆発しろコノヤロー」

「正直すぎるだろう、お役人。外面消えてんぞ」

「彼女がうんと言わなきゃ保護登録も終わらねー上に、貴方の保護者登録も終わらないんですよ。俺は立場上、無理やり起こせないんです」

「この借りは必ず返す」

「…はー…気持ちはわかるけどさ、ちょっと起こすだけだよ、また寝かせてあげればいいじゃないか」


 そう言われても、ラルクは静かに首を振った。


「迷惑をかけてすまないとは思っている。ただ、詳しくは言えないが、こいつはずっと心労があって限界だったんだ。

 やっと安心して眠っている、目覚めるまで眠らせてやってほしい」


 そう言われると、ヴィスタは複雑な顔をした。


「彼女のために自分を簡単に危険に晒す、貴方のことを心配しているんですけどねぇ、俺は。たまたま受け付けた奴が頭の固い思い込みの激しい話を聞かない奴だったら、査問官を呼ばれていたかもしれないんだよ?」

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