第3話 不思議な地下階段

 小鳥のさえずりが聴こえ、空は明るくなった頃。


 「できたわ!」

 

 朝になって、俺らはようやく原稿を完成させた。

 ぶっ通しで作業をしていたので、身体はボロボロ。

 眠たいし、お腹空いたし、眠たいし。


 正直、ここ1ヶ月で一番きつかった。

 騎士学校にいたころよりもハードな作業だった。

 そんなクタクタな俺と違って、アズレリア姫は。


 「やった! 間に合ったわ!」


 最後の原稿を抱きしめ、ぴょんぴょん飛んで大はしゃぎ。

 満面の笑みを浮かべて、「やった! やった!」と叫んでいた。


 男の裸ばかり見つめて精神的ダメージがハンパなかったけど……ま、姫様が笑ってくれるなら、よしとしますか。


 なんとか足を起こし立ち上がろうとしていると、姫に抱き着かれた。

 その抱擁は思った以上にきつく、ドギマギする暇もない。


 「やったわ! 久しぶりに期限を守れたわ!」

 「そうでぇつかそうですかつぉれはそれはじょかったでぇつよかったです

 「本当に間に合ってよかったわ!」

 「つぉでぇつねそうですねつぉれはそれはつぉれとちてそれとしてじぇんか殿下おでくるちぃでぇつ苦しいです

 「ああ、ごめんなさい」


 アズレリア姫に解放されると、俺はぱたりと倒れ込んだ。

 姫にゴリラ並みにハグをされたせいで、俺のHPはもう0。力尽きていた。


 …………はぁ、疲れた。

 もう男の裸なんてみたくない。

 早く寝たい、ベッドに飛び込みたい。

 あまりの強さの睡魔にやられているとと。

 

 「殿下、おはようございます」


 という男の声が聞こえてきた。

 その声は随分と爽やかで、穏やか。健康的な声だった。


 いいな。きっとちゃんと眠れたんだろうな……。


 と思いつつ、頑張って顔を上げる。

 すると、そこには1人の金髪イケメンがいた。

 アズレリア姫は先ほど完成した原稿を持って、そのイケメンのところにかけていく。


 「おはよう、ギネヴィア! はい! これ、原稿よ!」

 「ありがとうございます。入稿時にこんな元気な殿下を見たことがありませんね」

 「そう? 私はいつも元気と思うのだけど」

 「入稿の時の殿下はいつも死にかけじゃないですか……あそこで倒れている方のように……それで、あの死にかけの方はどなたです?」

 「あれは私のアシスタントよ」

 「違います。執事です……殿下、このイケメンさんはどちらさんですか?」


 そう言うと、長身イケメンがへばりつく俺に手を差し出してきた。


 「初めまして、アシスタントさん。僕はギネヴィア・ギリース。殿下の担当編集をしております。よろしくお願いします」

 「まぁまぁ、ご丁寧にどうも。僕はイヴァン・カーターです。あと、アシスタントじゃないです。執事です」


 と修正を入れながら、イケメンさんの手を借りて立ち上がる。

 改めて、ギネヴィアさんを見ると、圧倒された。

 背が高くて、絹のようにさらさらの金髪。

 透き通った青の目で、声も優しい、イケメン属性を網羅しているギネヴィアさん。


 こんなイケメンがBL漫画の編集とか……。


 俺がBL好きなら、きっとじゅるっとよだれを垂らしていたであろう。

 あいにく俺にそういった趣味はない。主人公にデレデレの可愛いヒロインの方が好きだ。

 

 「それで、イケメ……ギネヴィアさん。どこからやってきたんです?」

 「僕ですか? 僕はあの地下から来ましたよ」


 イケメンさんはそう言って、数時間前に拷問された地下の部屋の方を指さす。


 はて?

 あの地下は上に上がる階段しかなかったような。

 首を傾げていると、アズレリア姫が「こっち来て」と地下室へ来るよう促してきた。


 「殿下? 一体、何をするんです?」

 「まぁ見てて。ギネヴィア、お願い」

 「了解しました」


 そう言って、イケメンさんは持っていたペンダントを壁にかざす。


 「回れ、回れ、全ての駒よ。アイオライトの名の下に、我が道を開け」


 イケメンさんが中二病染みた言葉を言うと、先ほどまで壁だったところに、下へと続く階段が出現。


 「殿下、これどういう仕組みなんです?」

 「私の秘密の魔術よ。そのペンダント持った状態で言葉を言わないと、壁が消えないようになってるの」

 「へぇ……」


 完璧姫の魔術か。初めてみたかも。


 「あの、この階段どこに繋がっているんです?」

 「街ね。まぁ、街といってもギネヴィアの家だけど」


 まぁ、それもそうか。

 街の変なところに繋がっていたって、関係ない人間が来るだけだものな。

 そうして、イケメンさんは。


 「じゃあ、殿下。お疲れさまでした」

 「ええ。じゃあね。ギネヴィア」


 そう言って、灯りをともし、暗い階段を下りていく。

 イケメンさんの姿が見えなくなったところで、姫は再度ペンダントをかざし、「閉じよ」と命令。

 元通りに壁が出現した。


 「本当にすごい仕組みですね。殿下が1人でお造りになられたんです?」

 「そうよ。因みにそっちの壁は王城のある場所に繋がってるわ」

 「へぇ……」


 右の壁を見るが、何の変哲もない壁。

 言われてみれば、術式が組み込まれている。

 俺はそっと壁に触れ、目を閉じ、術式を分析。


 …………これ、なんて術式なんだよ。すごいな。


 「殿下、これ変容連鎖十段術式ですか」

 「あら? よくわかったわね」

 「『よくわかったわね』じゃないですよ、殿下。あなた、なんてものを作ってるんですか」


 変容連鎖十段術式なんて、そうできる人はいない。

 大学の教授レベルならできる人もいるだろうが、それでもごくわずか。

 変容連鎖十段術式なんて世間では『理論上はできる』みたいな感じのやつだ。


 これを1人でするなんて……。


 「そういうあなたこそ、なぜ分かったの?」

 「魔術は俺の得意分野なんで」


 そう答えた瞬間、どこからか、ちりんちりんと鈴が鳴った。


 「あ、来るわね」

 「え? 来る?」

 「ええ。きっと仕事が一段落したのでしょうね」

 「?」


 そう言って、アズレリア姫は階段を上がり、宝物庫へ戻っていく。

 来るって誰が来るのだろう?

 今日の予定にはアズレリア姫に謁見される方はいらっしゃらなかったような。


 すると、右の壁が消え、上り階段が出現。

 そこにいたのはアズレリア姫と同じ髪色の男性。


 「アズレリア、お邪魔するよ」


 階段を下りてくるアイオライト王国国王の姿があった。

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