第2話 ゴリゴリゴリオ

 「何これ……」


 目を覚ますと、そこは知らない部屋。

 窓一つない箱のような小さな部屋。

 日が入らないそこは、彼女の持つろうそくが無ければ、闇に包まれるそんな部屋。


 まるで魔女がいそうな部屋だな。


 そう思いながら、正面に立つ菫色髪の彼女を見る。

 俺の主、アイオライト王国の第1王女――――アズレリア姫は綺麗な灰色の瞳を俺に向けていた。


 「おはよう、イヴァン」

 「おはようございます、殿下……これはどういうことですか?」

 

 椅子に体をひっつけるように、手足をロープで拘束。

 しっかりと椅子に固定され、身動きが取れない。拷問を受ける前のような状態。


 まさかとは思うが、これ、全部姫がやったのだろうか?


 「さっきのことは覚えてる?」

 

 アズレリア姫にそう言われ、俺は意識を失う前の出来事を振り返る。

 確か姫の宝物庫に入って、珍しく寝室以外で寝ている姫を起こそうとして、その前に見つけたのは――――。


 「BL本……」


 ベチンっ――――!!!!


 そう呟いた瞬間、鞭で叩く音が響く。

 見ると、姫の手には鞭があった。


 「やっぱり記憶は飛んでいないのね………」

 「殿下、一体何をされているのですか……」

 「知ってはならないことを知ったから、あなたの記憶を消そうと思ったのよ……でも、もう一回殴らないといけないようね」

 「え? 殴る?」

 「ええ。さっきの一発で記憶を失ったかなと思っていたのだけれど、忘れていないようだから」

 「え、殴るのなら、なぜ鞭を……」


 てか、なんで姫が鞭なんて持ってるんだ。

 Mな人に取っては嬉しい状況だろうが、俺にとっては怖さしかない。

 しかも殴るなんて言っているのだから。


 「気にしないで、これは小道具よ。じゃあ、行くわよ。もう痛くしたくないから、この一発で忘れなさい!」

 「ちょっ! 殿下! 待って!」

 「はぁーい! 歯を食いしばってぇー! 舌噛んじゃうわよ!」

 「待ってください!」

 「はぁーい! 待たないよ!」


 姫が振りかぶって、殴ろうとした時。


 「俺、なんでもします!」


 突拍子もないことを叫んでいた。

 必死だった。殴られたくなかった。

 先ほどの殴打された痛みを思うと、もうこれ以上ボコられたくなかった。

 

 「殿下、どうか僕を殴らないでください!」

 「…………」

 「な、なんでもしますから!」

 「…………本当になんでもするのね?」

 「ええ、します! します! もちろんしますとも! 過酷なことでも、ちょっとエッチなことでも! なんでもしますから! だから、殴らないで!」


 そう必死に訴えると、ニヤリと笑うアズレリア姫。

 その悪魔よりもいたずら笑みに、俺は背中の冷や汗を感じた。


 ………………………………ア。オレ、イヤナヨカンシカ、シナイヨ?


 「分かったわ。あなたの顔を殴らないであげる」

 「…………」

 「ついてきなさい」


 そう言って、彼女は俺を恫喝から解放すると、スタスタと1人で部屋を出ていく。

 ついて出ていくと、部屋を出てすぐにあったのは上り階段。


 ん? この階段はどこに繋がってるんだ?

 というか、ここはどこだったんだ?


 疑問を抱きながら、姫を追いかけ階段を上った先に辿り着いたのは宝物庫の部屋。

 あのBL本だらけの部屋だ。

 先ほど変わらず、宝物庫はどこもかしこもBLだらけ。見ると、漫画だけでなくノベル本もあるようだった。


 これ全部アズレリア姫が……確かにこれを秘密にしたい気持ちは分からなくはない……。


 「やっぱり殿下はBLが好きなんですね……」


 そう俺がこぼすと、顔を真っ赤にするアズレリア姫。

 涙目を浮かべる彼女はまた僕の胸ぐらをつかんでいた。


 「……………黙らないとまた殴るわよ」

 「はい、黙ります。はい、お口にチャック」


 ここで働き始めて1ヶ月という短い期間ではあるが、こんな姫を見たことがない。

 こんな感情の起伏が激しい人だっただろうか?

 今まで抑えていたのだろうか?


 すると、潤んでいた瞳をさらに潤ませ、胸ぐらをつかんでいた手をぱっと緩ませる。


 「うぅ……今まで誰にも見られないようにしてきたのに……」


 そして、泣き始めた。

 それはもう子どものように。座り込んで、わんわんと大泣き。


 正直、ドン引きだった。

 今までのイメージが壊れていくというか。

 でも、声をかけらずにはいられなくて。


 「……………ど、どんまい?」

 「黙んなさいよッ!」


 キッと睨む姫様。

 ………………………そんな目で見ないでくれ、姫様。

 絶世の美女に睨まられちゃったら、俺、新たな扉を開きかねないよ?


 「……う゛ぅ……私、噂だって流していたのよ。この宝物庫に入れば呪いがかかるって噂を……」

 「そんな噂、一度も聞いたことがありませんよ」

 「し、新人だから、聞いたことがないだけよ! ……噂を流して、頑張ったのに、あなたにバレてしまうなんて……」


 俺ははぁと息をつく。

 まさか、みんなが憧れるあの完璧姫が腐女子で、本当は泣き虫で。

 あーあ、これが全部夢だったらいいのにな………。


 と思いながらも、俺はしゃがみ、泣きわめく姫と目を合わせる。


 「まぁ、別に趣味は人それぞれですから、殿下はBL好きでもいいんんじゃないんですか?」

 「………………………………そう?」

 「ええ、いいと思いますよ」

 「………イヴァンは私の趣味、誰にも言いふらさない?」

 「ええ、言いふらしませんとも」


 こんなの誰に言えるかっつーの。 

 言ったとしても、絶対に信じてもらえない。

 『こいつ何言ってんの?』という顔をされてお終いだ。


 「約束?」 

 「約束です。破りはしません」

 「絶対よ」

 「ええ」


 そう言うと、姫は泣き止み、ゆっくりと立ち上がる。


 「それで、イヴァン。あなた、なんでもするって言ったわね」

 「………………」


 そういえば、殴られたくないあまり、そんなことを口走っていたな。


 「まぁ、はい。言いましたね。あ、だけど殿下。やっぱりえっちなことはできません」

 「…………そんなこと頼まないわよ……いや、いつか頼むかもしれないけど」

 「え? 嘘でしょ?」


 いつか頼むって、え? 

 動揺する俺に対し、アズレリア姫はドスルー。何事もなかったように冷静に話していく。


 「ま、ともかく。あなたには手伝ってもらうことがあるの」

 「手伝う?」


 何を?

 まさか街へ出てBL本を買いあさってこいとか?

 …………まぁ、姫は自由に街へはいけれないし、ましてやBL本を買うとなったら、不可能に近いだろうな。


 「じゃあ、明日買いにいってきますよ。本のタイトルはなんですか? 『君を食い散らかしたい』とかですか?」


 そんなタイトルの本はないと思うが。

 しかし、アズレリア姫はブンブンと横に首を振る。


 「そうじゃない! そのタイトルの本はちょっと気になるけど、そうじゃないの!」

 「……気になるんですか」

 「ええ、めちゃくちゃ気になるわ……本当にそんな本があるの? 私の知らない所で出版されてたの?」

 「……」

 「ごめんなさい、今のは忘れて。さ、あなたにはこれを手伝ってほしいの!」


 と言って、彼女が指さしたのは机に置かれたあの用紙。

 漫画を書く時の原稿用紙だった。


 「え? 俺に漫画を描け、と?」


 無理無理。

 BLなんて描いたことないよ?

 小説は書けるかもしれないけど……漫画なんて無理だよ?


 「安心して。あなたはべた塗りとか、背景とかぐらいだから」

 「背景ですか」

 「そうよ」

 「背景って技術いりません?」


 背景はおろか、絵もまともに描いたことないんだが……。


 「あの……締め切りはいつなんです?」

 「…………ぁさ」

 「え? なんです?」 

 「ぁさよ」

 「え? 明後日?」

 「違う! 明日の朝よ!」


 大声で答えるアズレリア姫。

 今日はもうすでに夜中で、締切だという明日の朝まで残り数時間。


 「それ、マジですか」

 「マジよ」

 「何枚できてるんです?」

 「13枚よ」

 「予定は?」

 「30ページ」

 「…………」

 「…………」

 「……僕を殴ってる暇なんてなかったじゃないですか」

 「……ええ。だから、早くやるわよ。じゃないと、編集がびーびー言ってくるから」


 そうして、アズレリア姫はBL本を移動させ、机を空けてくれて、そこで俺は作業を始めた。


 「殿下、BL漫画家だったんですね」

 「黙って作業しなさい」

 「あの完璧姫がBL漫画描いているのかぁ……世界って不思議だなぁ」

 「黙んないと、あなたが受けのBL描くわよ」

 「…………それだけはご勘弁を」


 自分が主人公のBLなんて見たくない。

 脅された俺は黙々と言われたところの作業に取り掛かっていく。


 ……漫画を描いて、締め切りがあって、ってことはアズレリア姫はBL漫画家としてデビューしているってことだよな。

 名前はなんなんだろ?

 本名ではさすがにないよな?


 「殿下」

 「なに?」

 「その……殿下のペンネームはなんて言うんです?」

 「ゴリゴリゴリオよ」

 「…………」


 ゴリゴリゴリオか。

 王女様のペンネームが……ゴリゴリゴリオね。


 「……何か言いなさいよ」

 「……ぷぐっ」

 「なんで笑うのよ!」

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