第五章 

 陸に戻ると菅田はこれまでの経緯の報告と、須部田博士の意見を聞くために一時上京した。南像も、大学のほうをこのままにしておけないと、休暇願を提出しに東京へと帰って行った。それではとばかりに、高井戸も便乗するように、自分のも作成してもらうのを忘れなかった。

 しかし、高井戸はふたりが帰ったからと言って、のんびりしている暇はなかった。奥山たちと相談して、もう一度幽霊島に渡ろうとしていた。

「…そういうわけで、僕は船舶免許も持っていますから、今回はモーターボートを借りて行きたいと思うんですが、どなたか貸しボート屋さんを知りませんか…」

「それなら、源さんのほうが詳しいだろう…」

「ほんじゃ、おらに心当だりがあっから聞いでくっか…」

 源三もモーターボートを借りに出て行った。

「それでは、あっしも宿の人に、食材を分けてもらえるかどうか聞いてきましょう」

 と、言って、奥山まで食料をあさりに宿の女将のところに出向いて行き、部屋の中には高井戸と青山と由美子が残された。

「さあ、源三さんたちばかりに頼っていたんじゃダメだ。僕たちも用意をしておこう」

 用意といっても、そう大したことをすることもなく、身の回りを整頓するくらいで準備は整った。しばらくして、奥山が段ボールに詰まった食材を抱えて戻ってきた。

「どうしたんですか。マスター、そんなにいっぱい抱えて…」

「いえね。あっしもね、教授たちが帰るまでには戻りますから、そんなにたくさんは要りません。と、断ったんですが、ご遠慮なさらずにどうぞ。何て云われると、つい断り切れなくなりまして、こんなに分けてもらってきました」

「それにしても、すごい量ですよ。これは…。マスター」

「なーに、食料なんてあって困るものでもなし、中は発泡スチロールで冷却材も入ってます。それに、もし残ったら返せばいいんです」

それから、一時間ほど雑談をしていると、源三が息を切らせながら帰ってきた。

「ふう…、今帰っただ」

「どうでした…。モーターボートは、うまく借りられましたか」

「ああ、借りできたどもよ。ボート屋の親父がおらの顔で半額にまけてくれだ。浜の船着き場に止めであっから、早ぐ行ぐべ…」

「うわぁ、モーターボートに乗れるなんて、ひさしぶり…」

 由美子がひとりではしゃいでいた。

「由美子、おめえはダメだ。今回は連れで行げねえ…」

「あら、どうしてよ…。ねえ、どうして与点。伯父さんったら…」

「いいが、よっく聞げ、由美子。あそごは獣でも人間でも喰っちまう、恐っかねえ島なんだぞ。おめえみでえな、若い娘っ子が何回も行ってみろ。それごそよだれを垂らして喰れっちまうに決まってる。だがら、ダメだ…」

「その時は、青山くんが守ってくれるわよ。ねえ…」

 由美子は、そういうと青山の左腕にしがみついた。

「いんや、ダメだ。青山だってそうなったら、自分の身を守るだけで精一杯で、由美子なんて助けてる暇なんかあるはずもねえ。この前の地震の時ば思い出してみろ。                自分でも立ち上がれないのに、どだごどやって人のごどば助けられるわげがあんだ…」

「まあ、まあ、源さん。そんなにガミガミ云ったら、由美ちゃんが可愛そうじゃないですか。もう少し落ち着いて、穏やかに話してもわかると思いますよ。あっしは…」

「いんや、良さんは黙ってでけろ。あだな薄らっ気味の悪い島さ行って、由美子に万一のことでもあったら、おらは妹に合わせる顔がねえがら云ってんだべ。とにかぐ、ダメだっつったら、ダメだぞ。由美子…」

「しかしねぇ。源さん、由美ちゃんだって二十歳を過ぎたら立派な大人ですよ。それを頭っからガミガミ云われたんじゃ、由美ちゃんだって立つ瀬がないじゃありませんか。

 それに由美ちゃんがひとりで行くわけでもないし、あっしたちたちみんなで行くんですから、そう頭ごなしに云ったんじゃ身も蓋もないじゃありませんか。源さんはいつからそんなに頑固になったんてすかねぇ…」

奥山の言葉にいささかムッとしなからも、源三は渋々由美子の同行を承諾した。

「それでは、そろそろ行ってみましょう。皆さん」

 高井戸が声をかけて、浜の船着き場向かって五人は歩きだした。

「いや、実はね。僕も船を走らせるのはひさしぶりなんですよ。三年か四年くらいになるかのな…。確か」

「でも、先生はしょっちゅう外国に行ってるんでしょう…」

 青山が高井戸に訊いた。

「行ってるのは行っているけど、飛行機とか船で行ってるだけで、向こうでは滅多に運転なんかはしないんだ。それに車と同じで、船舶の場合も国際免許が必要になるんだよ」

「ふーん…、そうなんですか…」

「ほら、船着き場が見えできたど。高井戸先生」

源三に言われて港のほうに目をやると、古びたモーターボートが一隻止まっているのが見えてきた。

「なるほど…、ずいぶん古い型ですね」

「贅沢は云ってらんね。さあ、乗った乗った…」

 高井戸たちを急き立てるようにして、源三は自ら率先してモーターボートに乗り込んだ。

 高井戸の運転するモーターボートは、白い波を切って順調に進んでいった。

「今日も天気はいいし、雨も降りそうもない。あの化け物島も安定しとるといいがなぁ…」

 高井戸は独り言のように呟きながら、幽霊島を目指して進んで行った。やがて、島の象徴ともいえる〝とんがり山〟が見えてきた。

「おお、今日は化け物島も安定していると見えるな…」

 そんなことを話しながら、高井戸は浅瀬に乗り上げる形でボートを止めた。

「さあ、着いたぞ。まずはどこから廻ろうか…」

「あたしはやっぱり、あのお宝が眠っているという洞窟に行ってみたいな…」

「まだ云ってるのかよ。由美子ちゃんは…。まったく…」

「だってぇ…、もう誰のものでもないんでしょう。だったら、一個くらいなら、あたしがもらったっていいじゃない…」

「ああぁ…、女の子はちゃっかりしてるなぁ、ホント…」

 由美子のがめつさに少々呆れ顔で青山は言った。

「だってね。これは、もともとはどこかの国のお金持ちの船を、海賊が襲って無理やり奪い取ったものなんでしょう…。だったら、もういいんじゃないの。

 もとの持ち主も、海賊たちも遠い昔に死んだんでしょう。持ち主がいないんだったら、あたしが一個ぐらい頂いたって、誰も損する人がいないんだからいいじゃない…」

「どうして女の人って、そんなに宝石に執着するんだろう…。僕にはまったく理解できないや…」

「だってね。宝石数が少ないから貴重なんでしょう。だから、世界中のお金持ちが金を積み上げても欲しがるから、ますます数が少なくなるから貴重になるんじゃないの。

 その中のひとつくらい、あたしが頂いても誰も損する人がいないんだから、それでいいでしょう…」

「ああ…、好きにすればいいよ。僕は宝石なんて全然ほしくないからね…」

 由美子の欲の深さに、少々うんざり気味な表情を見せた。

 奥山が最初に来た時に切り倒した樹木の切り株には、横のほうから小さな枝が伸びて新芽が吹き出していた。

「おう…、もう芽がこんなに伸びている。少し伸びるのが早過ぎるんじゃないのか、ここの樹は…」

 普通なら何年もかけて伸びる枝が、もう十五センチ以上も伸びているのを見て、高井戸が不思議そうに言った。

「あ、見えてきたぞ。青山が見つけた洞窟が」

後ろのほうでは源三が、由美子にひと言注意していた。

「いいが、由美子。よっく聞げ、おめえは元々そそっかすいんだがら、洞窟ン中に入ってもうっかり物に触っちゃなんねえぞ。何が起きっか分かったもんじゃねえから、絶対に触っちゃなんねえぞ…」

「わかってるわよ。そんなこと、いちいちうるさいわね。御ちゃんも…」

 高井戸は足元に注意しながら洞窟に入って行った。中は明り取りの穴から差し込む陽光で、うっすらと視界が効く程度の明るさを保っていた。辺りを見渡していた奥山が高井戸に訊いた。

「須部田博士が寄りかかった岩も、あっしがよじ登って行った穴も、どこに行っちまったんでしょうかねぇ…」

「ええ…、僕も前に探してみたんですけど、どこにも見当たらなかったんですよ…」

「そうですか…。まったく不思議なこともあるもんですねぇ…」

「多分、無駄だとは思うんですが、上の青山が例の図面を見つけた、小さな穴のほうも念のために、もう一度行ってみましょぅか…」

「いいですね。行ってみましょう…」

 高井戸は、壁面に刻み込まれた階段へと歩いて行き、奥山たちもその後に続いてらせん階段を昇って行った。

「どなたか、懐中電灯を持ってこられ方はおりませんか…」

 階段を昇り詰めたあたりで、後ろを振り向いて訊いた。

「懐中電灯なら、僕持ってきました。だから、先生も早く上ってください。後ろが支えてるんですから…」

「お…、すまん、すまん…」

 青山に言われて、自分が中途半端半端な位置にいることに気づいて、急いで駆け上って行った。

 三番目に上がってきた青山は、ザックの中から懐中電灯を出して高井戸に渡した。

 小さな穴の床面に埃がたまってい、青山たちの歩いた靴跡と図面の入った箱の跡が、まだくっきりと残っていた。

「そんなに広くはないから、何か見落としはないか、みんなでよく探してみよう…」

 高井戸は、方々を懐中電灯で照らし天井に向けた。

「おや…、あそこに開いてる穴は何ですかね…」

奥山が指さした天井の真上には、人間がひとり通り抜けられるほどの穴が、ぽっかりと口を空けていたが、中は光が届かないほどの暗闇に覆われていた。

「あそこぐらいなら高井戸先生の借りれば、あっしでも届きそうな気がしますがねえ…。先生、ちょいとすみません。あっしを肩に乗っけて持ち上げてもらえませんかね…。中がどうなっているのか、ちょいと見てきたいと思いますんで…」

「いいですよ。どうぞ、どうぞ」

 高井戸が腰を下ろすようにして屈み込むと、奥山はまず履を脱いで高井戸の肩に手をかけると、腰を起点にして素早い動作で肩に乗りって静かに立ち上がった。

「はい、結構ですよ。ゆっくりと立ち上がってみてください」

 言われた通りに高井戸は静かに立ち上がった。

「大丈夫そうですね。岩も崩れそうにも見えませんから、あっしはこのまま上がって見てきますから、みなさんはしばらく待っててください」

そう言い残すと、奥山はまるで猿(ましら)のような身軽さで、穴の淵に手をかけるとするりと入り込んで行った。

「良さん、大丈夫だべか…」

 源三が心配そうな顔で高井戸を見た。

「心配することはありませんよ。源さん、マスターは、ああ見えても僕なんかよりは、よっぽどしっかりしていますからね。大丈夫ですよ…」

 とは言ったものの、高井戸の中にもある種の不安が過って行った。

 それは、ここでは何が起こっても不思議ではないこと。それも、この島自体が一個の生命体であり、いつの時代頃から現れ始めるようになったのかなど、何ひとつとして解ってはいないということだった。

 また、高井戸にとってどうしても納得できないのは、プランクトン等の微生物ならともかく、この島も地球と同じ岩石質で構成されているにも拘らず、ひとつの生命体であるということが、不自然極まりなく最大の違和感を抱かせていた。

「先生、マスターひとりじゃ心配だから、僕も上げてもらっていいですか…」

「何だ…。青山、君は大丈夫なのかい。怖くはないのかい…」

「先生、僕は杉田と違いますから、大丈夫ですよ。それじゃ、お願いします…」

「よし、分かった。さあ、乗れ…」

 高井戸は、奥山にしたように腰を低く下ろすと、青山を両肩に乗せてゆっくりと立ち上がった。両腕に力を込めて上半身を持ち上げてみると、穴の中はまったくの真っ暗闇だった。ようやく上がり込んで周りを見渡しても、懐中電灯の灯影も奥山の姿も見出せなかった。

「マスターの姿がどこにも見えないんですけど、僕探してきますから先生たちは、そこでしばらく待っていください」

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だけど、青山。君も充分気をつけて行くんだぞ…」

「わかってますよ。先生、それじゃ、行ってきます」

 青山の姿が高井戸たちの視界から消えた。青山は暗闇の中を手探りでゆっくりと進み、奥山の名前を読んでみた。

「奥山マスター…、どこですか……」

 すると、青山の声は、旋律の波となった木霊が四方八方から返ってきた。

 幾度か呼んでいると起点ははっきりとはしなかったが、どこからともなく微かな声が聞こえたような気がした。

『あ…、マスターの声だ…』

 微かに声の聞こえてきた方向にむけて、青山はでき得る限りの声を振り絞って奥山の名を呼び続けた。

「奥山マスター…、どこですか…。どこにいるんですか…。もう一度、返事をしてくださーい…。マスター…」

 だが、青山がいくら読んでも奥山の返答は返ってこなかった。

「どうしたんだろう…。マスターは…、確かこっちのほうからだったよな…。声がしたのは…。よし、僕も行ってみるか…」

 さっき奥山の声がしたほうに、ゆっくりと青山は歩き出した。周囲は鼻をつままれても分からないほど、真っ暗闇だったが幸い床に当たる岩面には、つまづいて転びそうなものはないようなので、青山は安心して進むことができた。

 どれくらい歩いただろうか。行けども行けども、暗闇は尽きることなく続いていて物音ひとつ聞こえてこない。

『とんがり山をひと廻りした時だって、こんなに時間が掛からなかったのに、どうなっているんだ…。この島は…』

 そんなことを考えながら歩いて行くと、やがて青山の行く手に薄ぼんやりとした光のようなものが見えてきた。

「あ、明かりだ…。ついに外へ出られるぞ…。暗闇よ、さよならだ…」

 青山は、一気に闇の中を走り抜けて光の中へ飛び出して行った。暗闇に慣れすぎた眼には、光が突き刺さるほど眩しかった。ようやく目が慣れてきて薄目を開けてみた。

「何だ。これは…」

 青山は驚愕の声を上げていた。それもそのはずで、青山が立っていたのは洞窟の淵でなく、とんがり山を麓の平地だったからだ。

「こんなバカな…、僕は一度も斜面なんて降りた覚えがないぞ…。それが何で平地なんだよ…。やっぱり、この島はおかしいぞ。何かが狂っているんだ…」

「青山さん…。あっしも、そう思いましたよ」

 振り向くと奥山が立っていた。

「確かに、ここはおかしいですね。時間とか空間がメチャメチャになっているんですかねぇ…。あっしも多分、青山さんと同じくらいの距離を歩いてきたと思うんです。それが外に出て時計を見ると、時間にするとものの十分も経ってないんですからね。摩訶不思議としか云いようがありませんねぇ…」

「たった十分ですか…。僕は二時間くらい歩いたと思ったのになぁ…」

「さあ、戻りましょう。青山さん、ふたりとも見えなくなったんじゃ、高井戸先生たちも心配していると思いますよ」

「そうしましょう…。でも、何だか知らないけど変ですよね…。ぼくはあんなに歩いたつもりでも、たった十分しか経ってないなんて…」

 ブツクサ言いながら洞窟に戻ると、まだ上にいるのか下には誰もいなかった。

「あれ、誰もいない…。まだ降りてきてないのかな…。先生ー…」

「高井戸先生…、源さーん…」

 ふたりで呼ぶと、高井戸が驚いた様子で石段を駆け下りてきた。

「どうしたんだ。君たちは…、何がどうなっているんだ。これは…」

「どうもこうもありませんよ。高井戸先生、あっしはね。。暗闇の中を歩いて行ったんですが、歩いても歩いてもどこまで行っても闇ばかりだったんですよ。

それでも前進していくと、前方にぼんやりとした明かりが見えてきましてね。あっしは喜び勇んで走って行くと、結構高いところにあったはずの穴の外が、このとんがり山の下の地面すれすれのところに抜けたんですよ。あっしも何がなんだか分からなくなりましてね。そうしているうちに青山さんが出てきたのでね。こうして戻ってきたわけですよ」

「それがですよ。先生、僕もマスターも二時間は、たっぷり歩いたつもりでいたんですが、マスターに聞いたら、マスターの時計は十分くらいしか経ってないって云うんです。先生たちは僕たちが見えなくなってから、どれくらい経ったと感じましたか…」

青山の問いに高井戸は、自分の時計を見ながら言った。

「君たちがいなくなった時間が、正確にはなからないが三十分程度かな。確か…」

「やっぱり、そうか…。この島では、その人のいる場所によって、経過する時間が違って感じるんですよ。多分…」

「何…、ちょっと青山。君の時計を見せてみろ…」

 青山が差し出した腕時計と、自分の時計を見比べていたが、

「すみません。マスターのも見せてもらえますか…。それから、源さんと由美子さんのもお願いします」

「はい、あっしのはこれですが…」

「はい、どうぞ…」

「おらは腹時計だで、腕時計なんか持っとらん…」

 高井戸は三人の時計を見比べていた。

「僕のと由美子さんのはほとんど変わりはないが、マスターのと青山のは十分前後の誤差が見られます」

「やっぱり、そうか…。先生、さっき僕が暗闇から外の世界に、抜け出した時に思ったんですが、この島…、と云うか、生きているのかなんかは知らないですけど、この島自体が時空間そのものがおかしいんです。

 現に僕は傾斜面なんて下りた覚えもないし、上の穴の暗闇の中を歩いていただけで、出口が見えたから出てきたんですよ。そしたら、いつの間にかとんがり山の外に出たんだから、そんなこと常識では考えられないことじゃないですか…。この島の時間と空間は完全に狂っていますよ。先生…」

「確かに青山のいう通りかも知れないな…。これだけの歴然とした証拠がある以上、もはや疑う余地はないのかも知れない…。

 時空間に狂いが生じているのなら、この幽霊島にいること自体が危険極まりないことだぞ。人喰い島よりも、そっちのほうが心配だな…。うーむ…」

 高井戸はさらに腕組みをして、考え込んでしまった。

「何がですか。先生…、何がそんなに心配なんですか…」

「それはだな。青山、君は浦島太郎の話は知ってるね」

「ええ、知ってますけど…、それがどうかしたんですか…」

「いいか、よく聞けよ…。われわれは今、その浦島太郎になりかけているかも知れないということだよ」

「浦島太郎って…、だって、先生。あれはお伽話で誰かが創った話なんでしょう…」

「ところが違うんだよ。これが…、詳しい話は南像教授にでも訊けば分かると思うが、浦島太郎は実在の人物なんだ…」

「え…、そうなんですか…」

「ああ、浦島太郎の伝承は浦島子伝説として、日本各地に残されているらしい。

 お伽話の筋は大体こんなものだったな…。

ある日太郎は、浜辺で子供たちに虐められている亀を見つける。可哀そうにと思った太郎は、子供たちに金を払い亀を助けて海に放してやる。それから数日経って、太郎の前に助けた亀が現れて『助けてもらったお礼に、あなたを龍宮城にご案内しましょう』と云って、太郎を背中に乗せて龍宮に連れて行くんだ。

龍宮に乙姫というお姫さまがいて、飲めや唄えの大歓迎を受けたちまち三年の月日が過ぎ去る。太郎はふと故郷が恋しくなって、乙姫に一度故郷に帰してほしいと願い出るんだ。

すると、乙姫は別れを惜しみながらお土産に玉手箱をくれるんだ。

『これを差し上げますが、どんなことがあっても蓋を開けてはなりません』

 こうして、玉手箱をもらって故郷に帰ってみると、知っている人は誰いなかった。そして、寂しくなった太郎は乙姫との約束を忘れ、玉手箱の蓋を開けてしまうんだな…」

「すると、玉手箱の中から白い煙が立ち昇って、太郎はたちまち白髪頭のお爺さんになってしまいましたとさ…」

 奥山が話の最後を締めくくった。

「と、これが浦島太郎の大体の筋書きだ。

ここでひとつ注意してもらいたいのは、亀は両生類だから海の中でも平気だが、浦島太郎は人間だから長時間潜水具もつけずに、海の中にいられるはずがないと云うこと。

それともうひとつは、太郎は三年と思っていた月日が故郷に帰ってみると、何百年も経っていたという事実と、玉手箱を開けた途端に白い煙とともに、一瞬にして白髪の老人になってしまったことだ…」

 ここでふたりの間には一瞬の間が空いた。

「先生は何を云いたいのか、僕にはまったく分かりまんせん…。浦島太郎と幽霊島では何の関係もないと思いますが…」

「いや、違うんだ。青山、僕が云いたかったのは、龍宮と地上との時間の経過する速さが違うということなんだ…。浦島太郎は三年と思っていたが、地上で三百年が経過していたこと。そして、乙姫から決して開けてはならないと云われていた、玉手箱を開けると白い煙とともに老人になってしまった。この二点にあると思うんだ…。

つまり…、龍宮というのは地球上ではなく宇宙のどこかか、次元の違う異世界の中にあったとも考えられる。亀というのも宇宙船か、あるいは何らかのマシーンではなかったとも考思える。

だから、乙姫なる者が浦島太郎自身の時間を制御するために、そのコントローラーとしての玉手箱を渡す。そう考えるのが順当じゃないのかな…。

そして、太郎は故郷のあまりにも変わり果てた姿に、絶望して乙姫との約束を忘れ玉手箱をを開けてしまう。すると、たちまち太郎は白髪の老人になってしまった…。この時、玉手箱から立ち上った煙というのは、何かの比喩なんだろうがね…」

「でも、幽霊島とどういう関係があるんですか…」

「いや、だから、この島も時空間がめちゃくちゃ狂っているから、いつ時間から切り離されて、とんでもない時代に弾き飛ばされてしまうか分からないんだよ。だから、今は一刻も早く島から離れたほうがいいだろうと考えていたんだ」

「するってえと、何ですかい…。先生、あっしらもうかうかしてたら、江戸時代とか未来の世界に世界に飛ばされる云うんですか…。それは、また偉いことだな…」

「そういうことですから、一刻も早くここを立ち退きましょう。みんな準備して帰る用意をしてください」

次々と変化する事態に、何が真実で何を信じたらいいのか誰もわからなかった。

 やっとの思いで、とんがり山の洞窟をぬけ出し平地を歩いて行くと、しんがりを歩いていた由美子が何かに躓いて転んだ。

「きゃあ…」

「大丈夫かい。由美子さん…」

 青山が由美子のもとに駆け寄った。

「うん…、大丈夫。今ね、あたしの靴に何かが引っ掛かったの…。何かしら、これ…」

 見ると、土の中から半円形になっていて、ちょうど靴のつま先が引っ掛かるように飛び出していた。

「なんだろう。これ…、何かキラキラ光っているみたいだけど、ちょっと掘ってみようか」

 青山はザックを下すと、中から何か土を掘れるようなものないかと探していた。

「あ、これでいいや…。これを使おう」

 青山が取り出したのは、長さ十五センチほどのカッターナイフだった。

「それで掘れるの…」

「掘れるんじゃないかな…。とにかく掘ってみるよ…」

 青山はゆっくりと掘り始めた。中に何か埋まっているのか期待で胸がドキドキした。

 掘り進むにつれて、光の反射具合から見て宝石の類であることが分かった。青山は、それから三十分ほどかけて掘り進んだが、もともとカッターナイフは土を掘る道具ではないためになかなか捗らなかった。

「おーい、青山…、由美子さーん。どこだぁ…」

 高井戸が青山と由美子を探しに来ていた。

「何だ…。君たちは、こんなところにいたのか。何をやっているんだ…。こんなところで…」

「先生、大変です。由美子さんが凄いものを見つけたんです。見てください。。これを…」

 青山は、今ほりだしたばかりのものを、両手で持つと高井戸に広げて見せた。

「何だ。これは…、凄いじゃないか…。これが、その辺に埋まっていたのかい…」

 高井戸が驚くのも無理はなかった。青山の手にしていたものは、かの有名なエジプトの女王クレオパトラが身に着けていたような。宝石がビッシリ張り詰められた豪華さそのものの首飾りだった。

「まさか、こんなものが見つかるとはね…。どう安く見積もっても数億…。いや、数十億は下らないだろうなぁ…。いやぁ、由美子さんも大変なものを発見したものだ…」

 高井戸は一人でため息をついた。自分が一生かけて働いたとしても、この首飾りの爪の垢ほどの金額も稼ぎ出すことができないだろうと思った。

「これ、どうするんですか。先生…」

「うん…。陸に戻ったら、まず、これを発見した由美子さんが警察に拾得物として届けるんだ。そして、半年…、いや一年だったかな…。それで持ち主が名乗り出なかったら、拾い物として由美子さんに、払い下げられるんじゃなかったかな。確か…」

「ええ…、あたしがもらえるの…。うーん……」

「あ…、しっかりしなよ。由美子さん…」

 あまりのショックに由美子は気が抜けたように、その場に倒れ込んでしまった。青山はあわてて抱え起こしたが、そのまま気を失ったようだった。

「無理もないと思うよ。由美子さんにすれば、一生掛かっても手に入らない時価数十億という、とてつもない財産が転がり込むんだからね…」

 それから、しばらく経っても由美子は気を失ったままだった。

「さっきも云ったようにここは危険だ。青山、君が由美子さんを背負いなさい。僕が首飾りを持つから、とにかくここは危険過ぎる。いつ何時、何が起きる解かったもんじゃない。さあ、急いでここを退却だ。急げ…」

 高井戸に急かされて青山は由美子を背負うと、高井戸ととも奥山たちが待っている場所まで駆け抜いた。やっと奥山と源三が立ち話をしているところまで辿りついた。

「すみません。だいぶ遅くなりまして…、フウ…、ハア…」

「あんれ…、由美子、どけんしただ…」

 青山の背中で、ぐったりしている由美子を見て、源三が駆け寄ってきた。

「それに高井戸先生がお持ちになっている、それは何ですかい…」

 奥山も高井戸が手にしている、首飾りを目ざとく見つけて寄ってきた。

「これはですね。由美子さんが偶然見つけた首飾りですよ。かなり古い時代のものらしいから、時価数十億はすると思いますね…」

「由美子、大丈夫が…、しっかりすろ…」

 源三の手を借りて由美子を下すと、青山もその場にへたり込んでしまった。

「しかし、これもかなりの値打ちものらしいですなぁ…。もっとも猫に小判で、あっしにはまったく判りませんがね…」

「そんなことより、マスターも源さんも一刻も早くここから退きましょう。そうしないとわれわれは、いつ別の時代に飛ばされてしまうか判らないんです。詳しい話は後程話しますから、とにかく、今すぐここを離れましょう…」

 源三と青山は、由美子をふたりで抱え上げるとボートのほうに向かった。

「いや、まったく素晴らしい首飾りですなぁ…。これは…」

 ボートのほうに歩きながら奥山が言った。

「本当ですね。まだ土塊が残っていますから、きれいに洗ってみないと判りませんが、相当な宝石類だと思いますね。よほど高貴な女性が身に着けていたものなのでしょうね…」

「まあ、どっちにしても、あっしらには無縁な代物でしょうがねぇ…」

「ははは…、マスター。それに違いないですね」

「あ、その真ん中についている紅い石はルビーでしたっけ、こんなに大きなルビーは見たともありません。もっとも、あっしの生活が宝石なんかとは程遠いものでしたから、仕方がありませんがね」

「そんなこと云ったら、僕だってそうですよ。大体において男は、宝石になんんか目もくれないで、仕事一筋ってのが男の本質だと思ってますからね。僕は…」

「ははは…、まったくその通りですよ。先生」

 ボートに着くと、どうやら由美子の意識も回復したらしかった。

「どれ、由美子さんも正気に戻ったことだし、僕たちも引き上げることにしましょう」

「まあ…、いやだわ。先生ったら…」

 由美子は恥ずかしそうに、身を捩って源三の肩に顔を隠した。

「さあ、帰りましょう。明日にでも南像教授と菅田博士が戻られると思うから、おふたりの意見を伺ってから、これからどうするかを決めなくてはいけません。それでは、皆さん。まいりましょうか…」

 高井戸がエンジンをかけるると、ボートはゆっくりと後退して方向を変えると、幽霊島を後にして自分たちの住む陸地へと戻って行った。

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