第四章
幽霊島より帰った翌日、宿として取った旅館の一室に、南方・高井戸・青山・菅田とその助手たち、それに奥山と源三を交えた九人が集まり、幽霊島という怪物のような生きている島に対し、今後どのように対処してどうすれば被害を受けずに済むか。等、それぞれの立場に立った意見の交換が行われていた。
「いやぁ、あっしもね。子供の頃でしたが、死んだ爺さんから幽霊島のことを聞かされましてね。子供心にも、そんな島が本当にあるんだろうか…、ウソに決まってらァ…。なんてね。生意気に考えてたもんですよ。それが実際に在ったってぇんだから、しかもそれが人食い島だっていうんですからねぇ。驚き・桃の木・山椒の木ってぇところですかねぇ…」
まず、奥山が子供の頃に祖父から聞かされた話と、実際に幽霊島を見た驚きを話した。
「ああ、おらが最初に見っけだんだ…。だども、周りのもんは昔っからのそういう言い伝えは知っていでも、自分だちは見でねえもんだでよ。おらのことをホラ吹き呼ばわりして、誰も信じでくれなったんだ…。まどもに聞いでくれたのは良さんと、ここさいる東京の大学がらきたっちゅう、高井戸先生と青山だちだけだった。誰も信じでくれねえがら、漁にも出ねえでふてくされていだどごろだったんで、これは神さまの思し召しとばかりに、おらは洗いざらい全部話してやったんだ…」
幽霊島のことを見た時の印象を、それぞれの立場や視点から語ってもらって最後が源三だった。
「みなさん、ご苦労さまでした。ここまでは、それぞれ皆さんが初めて幽霊島と遭遇した時のことを伺いました。ここからは、どうすればこちらが少しでも被害を受けずに、あの人喰い島を封じ込めるか。あるいは、別の次元へ送り返すことが可能かなのか等について考えて行きたい思います。どなたでも結構ですので、方法なり手段なりを思いつかれた方は、ぞぅぞ遠慮なくご発言ください」
「はい、教授。ひとつ提案があるのですが…」
と、高井戸が手を挙げた。
「はい、高井戸くん。どうぞ…」
「方法を講じる前に、あの島がどのようにして餌である生き物を捕らえ、どのようにして食しているのか。その辺のところを観察するとかしないと、こちらとしても手の打ちようがありませんよ…。
例えば、餌を島に放しておいて僕たちは飛行船の上から観察するとか…、そうだ。飛行船だ…。飛行船をチャーターしてください。菅田さん」
「わかりました。さっそく手配いたしましょう…」
菅田は助手にふた言三言話すと、ふたりの助手がどこへともなく立ち去って行った。
「これでいいでしょう…。後は飛行船が届くのを待つだけです。それから、源三さん。あなたにはできるだけ多くの子豚とか子山羊を買い集めてきて頂けますか」
「わがった。ほっだなごとは造作もなかんべぇ…。ほんじゃ、ちょっくら行ってくるべ…」
「あ…。それから、この小切手帳を預けますから、向こうの言い値で構いませんので、これで買ってきてください。ここに云われた金額を書き込むだけいいですからね。源三さん」
と、急に高井戸たちの周りも慌ただしくなって行った。
「これで、大体の準備も整ったようですね…。さて、どのような結果が出ますかねぇ…」
それから四・五時間が経過した頃、大型トラックに数十頭の子豚や子山羊を乗せた源三が戻ってきた。
「今、けえってきたど…。養豚屋の親父めが、こっち足元ば見やがって高く吹っ掛けてくっから、おらも意地になって『おめえんどこだげが、豚屋じゃねえんだ。別ンとごで買ううがら、もういらねえ』って、云ってやったら途端に態度変えやがって、結局は最初に云った金額の半額近い値段で買ってきたで、だいぶ儲かっただな。菅田のだんな…」
「そうですか…。それでは、その余った金額を源三さんに差し上げますから、取っておいください」
「おらぁ、いらねえよ。ほだな金額もらえるわげねぇべ…」
「そんなこと云わずに、取っといてくださよ。源三さん…」
「おらは、この調査団の船長にしてもらっただし、それで十分だってば…。あんだもしつこい人だな…」
「まあ、まあ…。源三さんも菅田さんもおやめなさい。それより、この子豚やこれから来る子山羊の入った檻を、揚げ降ろしするクレーン付きの船舶が必要だな…。源三さんは漁業だから、そちらのほうは詳しいでしょう。手配のほうお願いできますかな…」
「おっと、がってん…。任せでけろ」
こうして準備万端整ったのは夜に入ってらだった。旅館の大広間を借り切って、幽霊島の撃撃退祈願と集まってきてくれた人たちの、歓迎を兼ねて大パーティーが開かれたことは言うまでもない。
翌朝、朝食の後ミーティングが行われ、南像教授は挨拶の席上において自己紹介を兼ねて話し出した。
「皆さん、本日は誠にご苦労さまです。私が只今ご紹介に預かりました、東亜細亜大学で民俗学の教授をやっておます。南像耕之輔と申します。
さて、今回は人喰い島に餌となります、子豚やと子山羊(やぎ)を運ぶだけの仕事ではありますが、その結果によりましては、本格的作戦を行う可能性は大であります。それらの子を踏まえられ的確に事が運ぶように活動されるようお願いします。以上であります」
南像の挨拶が済むと、直ちにそれぞれの部署につきテキパキと仕事をこなして行った。南像たちは海岸線に止められている二台の飛行船に分乗して乗り込み、起重機のついた船舶では子豚や子山羊の入った檻を次々と積み込んでいた。
「どうやら積み込みも終わったようだね。それでは私たちも、そろそろ発進してみようじゃないか…。そちらのほうも準備はいいかね…」
と、南像は高井戸たちの乗り込んだ飛行船のほうを見やった。
「はい、オーケーでーす。教授」
元気のいい、青山の返事が返ってきた。
「よろしい、それでは発進!」
二台の飛行船はゆっくりと空に舞い上がった。
「飛行船って、こんなにゆっくりと飛ぶんですね…。先生、まるで風船に乗っているみたいだ…。ほら、源さんの船なんて、あんなに先に行っちゃってますよ」
「なにも、そんなに急ぐ必要はないさ。たまにはのんびりすることも大切なんだぞ。青山、ようは目的地に着くことなんだろう。そうアクセクしないでゆっくり行こう。それに、この飛行船には推進装置も付いているんだから、いざとなれば全速力で追いかければいいのさ。そうでしたよね。技師さん…」
高井戸に聞かれた技師は、何も言わずにこっくりとうなずいただけだった。しばらく遊覧飛行のごとくゆっくりと飛んでいたが、操縦席の技師が高井戸たちのほうを振り向いて言った。
「もう、遊覧飛行もこれくらいでよろしいでしょう。そろそろ速力を上げますから、ご注意のほど願います」
技師が、そう言い終わると同時に飛行船は速度を増し、源三と奥山の乗り込んだ船の後を追って飛び去って行った。
一方、源三と奥山の乗り込んだ船上では、源三が起重機船の係り員たちの指揮を執っていた。
「いいが、みんな。おらの話しばよっぐ聞いでけろ。これがら向かう幽霊島は、おらのガキの頃から…。いんや、それよりもずうっと昔から語り継がれできた島で、話には聞いでも誰も見たごどもねえ、まさに幽霊みでえな島だったんだ。
それを最近になって、おらが初めて見っけたんだども、見っけたとたんにいつの間にか見えなくなってしまったんだ…。そすて、その話ばどごで聞きつけたのかわがんねえんだも、今あの飛行船に乗ってる東京の大学の高井戸先生ちゅう人が、おらの話を聞きに来たどごろがら、今回みてえな大騒ぎになっちまったんだ。
んでもなぁ、これも聞いだ話なんだどもよ…。その島には、なんでも相当莫大な海賊のお宝が今でも眠ったままになっているんだそうだ…」
源三の話が終わっても、起重機船の乗組員たちは誰ひとりとして立ち去る者がいなかった。その中から、ひとりの船員が前に出てきた。
「なんだ、おめえ。話は終わりだがら、もう帰ってけろ…」
源三が話を終えて、乗組員を追い立てている時だった。
「ああ…、あの島でないのか…。幽霊島っていうのは…」
誰かが叫んだ。
「おお…、あれだ。あれに違いねえ…」
「あれか…、幽霊島っていうのは…」
「そうか、あれが幽霊島なのか…」
「なんか薄気味の悪い島だな…」
乗組員たちは、初めて見る異様な島の姿に驚きを隠せないようだった。
すると、ひとりの乗組員が源三のところにやってきた。
「あのう…、ひとつお聞きしますが、この子豚や子山羊を下ろしたら俺たちも、そのお宝を探してもいいんですかね…」
「なに、欲たがってんだ。おめえら、命が惜しくねえのが…」
「それはよくありませんね。皆さん、今源さんが云った通りですよ。そんなことをするのは、みすみす命を捨てに行くようなものです。何しろ、その島は神をも恐れない人喰い島なんですから、悪いことは云いません。おとなしく帰ったほうが身のためだと思いますよ。あっしは…」
奥山も欲に目の眩んだ船員たちを止めにかかった。
「何を云ってるんだ。あんたたちは、自分たちだけで宝を独り占めしようとしているくせに、人喰い島が怖くて宝探しができるかって云うんだ。も俺たちにも宝をよこせ…」
「どうしてもと云うのでしたら、皆さんが運んできた子豚と子山羊を下ろして、どうなるかを確かめてからでも遅くはないと思うんですがね。あっしは」
「よし、いいだろう…。それじゃ、檻を下ろすぞ。みんな…」
「おおー」
「ほんじゃ、おらが檻の鍵を外してくっから、ボートば一艘一緒に降ろしてけろや…」
順調に作業が進み、降ろされた檻もすべて源三が鍵を外して戻ってきた。
「さて、これから一体何が起こるか、じっくり見物と洒落こみますか。源さん…」
「ほだなぁ…。どだな化けもンが出でくるが、ゆっくり見物すっぺが…」
その頃、頭上の飛行船では南像と高井戸が、スマホを使ってお互いに連絡を取り合っていた。
『どうやら、下のほうでは準備が整ったようですね。南像先輩…』
『うむ…、そのようだね。しかし、私にはどんな物が姿を現すか想像もできんがね…』
『それは僕も同じですよ。先輩、それにしても、子豚はともかくとして、なんだか子山羊たちは森のほうに、どんどん移動して行くみたいですよ…。森の中に入られた満足に観察もできませんよ』
高井戸のいう通り、子山羊は一匹が森に向かって歩き出すと、アリの行列のように子山羊たちは列を作って、森の中へと次々に姿を消して行った。子豚たちは、それぞれバラバラに動き回っていたが、しばらくするとやはり子山羊たちのように隊列は作らず、そこらの匂いでも嗅ぐように鼻をブイブイ鳴らしながら森を目指して動き出した。
『やや…、こんどは子豚まで森に向かっていくぞ…。これはどうしたことだ…』
南像は双眼鏡を片手に、驚きを隠せない様子で高井戸に言った。
『あの森の木って、この怪物島にとってどんな役割を果たしてるんですかね…。僕が見た限りでは普通の木にしか見えませんでしたが…』
高井戸の問いかけに南像は少し沈黙した後、
『それは…、高井戸くん。この島だって見たところは何の変哲もない普通の島だが、生きている島にいきている樹木というが、私にはどうも今ひとつ気にいらんところなのだよ。むしろ、何も生えてない無毛の地なら私も納得したろうがね…」
と、言いながら寂しそうに微笑んだ。
『あ…、子豚たちまで森に入って行って見えなくなりましたが、どうしますか…。これから…』
『仕方がない…。われわれも降りよう。このままじゃ、どうしようもあるまい。こうも、あっさり裏をかかれてしまってはな…』
南像は飛行船技師に降下するよ頼むと、また双眼鏡の角度を変えて覗き込んだ。
それを起重機船上から見ていた奥山が源三に言った。
「おや、向こうさんは島に降りるようですよ…。源さん」
「なぬ…。ホントが…、どれどれ…」
島のほうを見ていた、源三が急いで双眼鏡を向けると、確かに飛行船は高度を下げつつあるようだった。
「島さ下りて何する気だべな…」
「さあてね…。お偉い先生たちの考えてることは、あっしらに解かるはずがないでしょう。源さん…」
「それじゃ、俺たち下りてみんなで宝探しをやろうぜ…」
ひとりの船員が言い出すと、源三が話した〝人喰い島〟のことなど、もう忘れられたように宝探しだけが前面に押し出されて、乗組員たちは一気に色めき立って行った。
「よーし、みんな積んであるボートは全部下ろせ。一台も残すなよ…」
「ほら、モタモタしないでさっさと下ろせ。早くしろ…」
もう起重機船の上は、修羅場と化していて人の言うことなどに耳を貸す者もなかった。
「こりゃあ、あっしらの手に負えるようなものではなくなってきましたよ。源さん…」
「ほんじゃ、おらだちはどうなんだべ…」
「どうしようもありませすね。これは…、しばらくはおとなしく見ているより、手はないでしょうね…」
奥山も。そういうと両手を広げて見せた。
「ダーン、ダダーン」
突然、船上に数発の銃声が響き渡った。
「勝手な真似は許さんぞ。何をしているかと思いきや、自分たちの任務も忘れて貴様たちは何をしておるか…。全員直ちにそれぞれの持ち場にもどれ…」
奥山と源三が振り返ると、この船の船長らしい男が、両手に銃を構えて立っていた。
船員たちは、ヘビに睨まれたカエルのごとく、さっきの元気はどこへやらで、全員すごすごと自分たちの受け持っている部署へと戻っていった。
「いやぁ…、大変お騒がせを致しまして失礼しました。
私はこの船の船長ををやっております。川添と申します。よろしくどうぞ…。
うちの連中も、根っからの海の男でしてな。悪気は毛頭ないのですが、どうも気が荒くていけません。どこぞ怪我などはありませんでしたかな…」
「これはご親切にどうも、あっしは川崎町で小さな食堂をやっております。奥山という者でございまして、こっちは同じ町で漁業をやっている源三という、あっしの古くからの友人でございやす」
「源三っつうもんです。ぞんどよろすぐ…」
「ほう…、お友達ですか。いいですなぁ。友達というものは…、親兄弟には云えないことでも友達になら云えるという、私にも経験がありますよ。遠い昔のことですがね…」
「あの…、ところで船長さん。船長さんも海の男ですから、この幽霊島の伝説とか昔からの言い伝えのことは、ご存じでございましょうね…」
「私も知っていることは知っていますが、なにしろ、かなり古い時代からの言い伝えですから、幼い頃に私の祖母に聞かされていましたが、このような形で実際に目にすることになるとは、夢にも考えておりませんでしてので、自分でも驚いているところですよ」
「やはり、そうですか。いや、あっしもね。噂としては、だいぶ昔から聞いてはいました。
ですが、こうあからさまに現れられますと、こっちもいきなりド胆を抜かれた思いでしてね。それに大学の偉い先生がおっしゃるには、この島はなんでも古代メソポタミア文明頃には、現在のイラクの沖合の辺りにあったそうで、それが次元連鎖とかを起こしているそうで、今ではこの界隈の海域に出たり消えたりしているっていうんですよ」
「ほう…、そんな古い時代からあった話とは、私もまったく知りませんでした。それで、ひとつお聞きしますがうちの船員たちが、先ほど騒いでおった莫大な財宝というのは、本当にあるのてしょうかな…。私も聞くとはなしに話が耳に入ってきましたものでね…」
「それがですね。船長さん、あっしたちも幾度となく足を運んで、知り合いの学生が見つけてきた図面を頼りに探してはみたんでが、雲をつかむような話で一向に手掛かりすら見つからない有様なんです…。しかも、島自体がひとつの生物のようなもので、生きてるものなら虫けらだろうが動物だろうが、人間であろうが何でも餌にしてしまうという、ちょいと厄介に代物なんですよ。とても、あっしらには想像もつかない話なんですがね,…」
「それでは、先ほど下した子豚や子山羊は…」
と、船長は少し頬を引きつらせながら言った。
「ええ、あっしも可哀そうだとはおもいましたが、この人喰い島がどんな風にして生きてるものを食べるのか、調べないと手の打ちようがないということで、今回のような結果になったいう次第なんですよ。船長さん…」
「うーむ…、この島がそとつの生き物とはねぇ…。私にはとてもじゃないが信じられない話だが…、一体そんなものがどこから、どうやって現れてきたのかねぇ…」
船長は、やたらと不思議がって奥山の話に聞き入っていた。
「あ、飛行船のほうも無事着地したようですから、あっしたちも上陸してみませんか…。船長さん」
「よろしいでしょう。すぐ船員たちに準備させますから、少々お待ちください」
船長の川添は船員たちに指図をすると、上陸用のボートを数隻下ろさせた。
「そろそろ用意もできたようです。われわれも降りてみましょう」
「すみませんね。それでは失礼して…、どっこいしょ…」
奥山も源三と一緒に、上陸用のボートに乗り込んだ。
人喰い島の浜辺では、飛行船から降り立った南像たちが話し合っていた。
「こうも裏をかかれた状態では、われわれとしても手の打ちようがありませんね…。まさか、せっかく餌が目の前にやってきたのに、手を出すどころか子山羊たちが森の中に入っていくのを、みすみす見過ごしてしまうとは考えてもいませんでしたからね…」
菅田が悔しそうな表情で言った。
「いや、それが案外理に適っていることかも知れませんぞ…。
もし、この怪物島に知能があったとして、餌を食べるのにわざわざ外界から見える範囲で食べるでしょうか…。私たち人間でも食事をする時は、静かに食べたいと思うのが理の当然でしょう。
これはあくまでも私の推論ですが、子山羊たちを森の中に誘い込んでおいて、何らかの方法によって餌である子豚や子山羊たちを、食するのではないかと考えてみたのですが、諸君はどのようにお考えなのかな…」
南像の話を聞いていた一同は急に騒めき始めた。
「その何らかの方法というのは、例えばどんなことを想定したのですか…。南像さん」
「これは、あくまでも私の推論であって、どのように食するのかまでは分からんよ。高井戸くん」
「とにかくですな。このままでは、何のためにここまでやってきたか分からなくなってしまいますぞ。われわれも森の中へ入って行こうじゃありませんか。どうですか。皆さん…」
菅田は周りにいた者に対して、躍起になって森の中への同行を求めていた。
「止したほうがいいんじゃないですか…。僕も最初は知らなかったからできたけど、今となってみればとても危険な行為だったんだなと思いますよ。やっぱり…」
と、青山もやめたほうがいいと止めた。
「何ですか。あなたは、若者のくせにそんな弱気なことを云っていたら、女の子にモテませんよ。ホントに、もう…。
もう、いいです。こうなったら私たちだけで行きますから、君たち私と一緒に着いてきたまえ…」
菅田は三人の助手たちのほうを振り向いて言った。すると、助手たちは急にモジモジしながら、菅田の助手の遠山が言った。
「あのう…。すみませんが、行きたかったら先生だけで行ってもらえませんか…。僕は危険な場所には近づくな。という、死んだ父親の遺言でありまして、そのー…」
と、尻込みをした。
「何ですか。あなたは、それでも菅田三志郎の助手ですか。いいです。勝手にしなさい。それじゃ、海原くんたちは一緒に行ってくれるね…」
今度は須部田博士の助手たちのほうを見て言った。
「それが、その…。うちの先生からも、あの島は非常に危険なところだから、くれぐれも危ないことだけはしないようにと、きつく云われておりますのでご遠慮申し上げたいと思うのですが…」
「何ですか…。君たちまで、そういうことを云うのですか。もう、いいです。私ひとりで行きますから、もう誰にも頼みません。本当に情けない人たちですね。君たちも…」
「まあ、まあ、菅田博士。そうカッカされることもないでしょう。マスターたちがお客さんを連れてきたようですし、もう少し落ち着いてください…」
南像に言われて振り向くと、起重機船の船長を始め船員たちを引き連れて、奥山と源三たちが海岸線を近づいてくるのが見えた。
「ほう…、これが噂で聞いた幽霊島ですか…。いやぁ…、初めまして。私は起重機船『運河』の船長をやっております。川添と申します。よろしく」
「いや、これは、これは、船長直々のお出ましとは恐れ入りますな。私は東亜細亜大学の民俗学教授をやっております。南像と申します。こちらは宇宙空間物理学の菅田博士と助手の方々、こちらはわが校の学生青山と源三さんの姪御さんで名前は…」
「由美子と云います。東京で学生をしています。よろしくお願いします」
南像が紹介していると由美子は、自分から一歩前に出て自己紹介をした。
「これは活発そうなお嬢さんだ…。川添です。よろしく」
一通り挨拶が済んでとんがり山を見上げたり、島のあちこちを見渡してから川添は南像のほうを振り向いた。
「時に、南像教授。先ほど下した子豚たちは森の中に入っていったようですが、その後どうなったのか足取りは掴めんのですか…。いや、私も船上から拝見させてもらったもので、つい気になりましたものですから…」
「はあ…、それが子豚や子山羊の鳴き声ひとつさえせず、ご覧のような静寂そのもののような有様でしてな。もし、この島に喰われるようなことにでもなれば、それ相応の鳴き声が聞こえてきても、可笑しくはないと私は思っています。それで森の中にもう一度入ってみようかと、相談していたのですが、それはあまりにも危険過ぎるという意見も出ましたな。あなた方が来られるまで、迷っていた矢先だったのですよ」
「私も長い間、船舶関係の仕事に携わってきたのですが、この幽霊島に関する噂もあちらこちらで耳にしてきました。ですが、私はいわゆる都市伝説のようものであろうと考えておりました。しかし、こうして目の前で見ますと、なるほど実に異様な形をした島であることを実感しました。まさに現代の脅威とでも云うところでしょうかな…」
そう言うと、川添船長はもう一度とんがり山を見上げながら、ポケットから葉巻を一本取りだして火をつけた。
「ほう、それはキューバ産のハバナですな…」
「わかりますか…。教授もおやりになるのですか。どうです。教授も一本…」
「いや、結構です。私も昔は一時やっていたこともありましたが、気管支を患って以来タバコ類は止めましたからな…」
「これは失礼を致しました。ところで、話はこちらの奥山さんから伺いましたが、この島自体が生きている、ある種の生き物のようなものだ云うことでしたが、これからどうなさるおつもりなのですか…。よろしければ、うちの船員どもも宝探しをしたぃと、先ほどからバカ騒ぎをしておりましたので、何かありましたらお手伝いをしましょう。
これだけの人数がいれば、いかに人喰い島であろうとも、そう簡単に手出しはしてこないでしょうから、何なりと申し付けてください。われわれの任務は半分以上終わったようなものですし、後は子豚と子山羊たちを入れてきた檻を回収して帰るだけですから、われわれで出きることがあればお手伝い致しましょう。うちの船員たちも宝探しをしたがっているようですので、ぜひ…」
「これはご親切にどうも…、実は今回貴船にご足労をおかけしましたのは、この幽霊島が捕らえた獲物をいかようにして食しているのか、見定めようとしたのが始まりでした。
そこから何か撃退する方法を見出せるのではないかと、この計画がスタートしたのでしたが、結果はご覧の通りの有り様でして実に情けない限りです……」
「それで、これからどうなさるおつもりですか…」
「今回は、一応引き上げまして、改めて計画を立て直して出直して来ようかと考えておりました」
「まあ、そんなに気弱なことをおっしゃらずに、もっと元気をお出しください。教授、そういうことでしたら、今日のところはわれわれも引き上げます。もし、次回も何かありましたら、私までご一報頂ければいつでも飛んでまいりますぞ。では、失礼…」
川添は立ち上がって、吸っていた葉巻を捨てて踏み消そうとした時だった。
急に地面がグラグラっと揺れだした。
「うわぁ…、地震だぁ…」
「キャー…」
青山は由美子を支えようとしたが、激しい揺れに持ち応えられず、ふたりとももんどりを打って倒れ込んでしまった。周りを見ると、他の者も全員転倒しているようだった。
激しい揺れはしばらく続いていたが、やがてゆっくりと終息に向かっていた。
南像がようやく立ち上がって、起き上がれないでいる川添に手を貸しながら言った。
「大丈夫ですか…。船長、ここは危険です。一度船に戻られたほうがいい…、もう一度あのような揺り返しが来たら、とんでもないことにもなり兼ねません。とわれわれも一旦空に退避しますから、船長たちも船に戻られたほうがよろしいかと思います。さあ、君たち。直ちに飛行船に乗り込みたまえ。ここは危険過ぎる…」
南像は青山たちを先導するように飛行船へと向かった。残され川添も船員たちを誘導して母船に戻るよう指示を出した。
幽霊島を遠巻きにして、飛行船もゆっくりと周回を始めた。島は何事もなかったかのように平然と浮かんでいた。
「しかし、どうしてあんな急に地震なんて起きたんですかね…。あれはどう見たって、震度八以上はあったと思いますよ。僕なんか大津波がくるんじゃないかと、ヒヤヒヤものでしたからね…」
高井戸が、つい今しがた起きたばかりの地震を思い起こし身震いしながら言った。
「ふーむ…、確かに変だ…。海に浮かんでいるだけの浮島なのに、あのような大規模な地震をなど起こせるはずがない。まして、あの島は一種の知能を持った生命体だ…。わからん…」
「生命体か…、生命体なら何か刺激のようなことでもない限り、そうは反応しませんからね…」
「うむ、刺激か…、刺激ねぇ…。ん、待てよ…。確か、あの時は川添船長が葉巻を吸っていて、葉巻を消そうとして地面に捨てて、足で揉み消そうとした時だったな…。そうか…、わかったぞ。高井戸くん…」
「え…、何がですか…。南像先輩」
「葉巻の火だよ…。人間だって、タバコの火を押し付けられたら、火傷するんじゃないかと大騒ぎするだろう。それと同じことを島は感じたのだろうよ…。
つまり、この島は岩塊などで出きたものではなく、理由は解らないまでも少なくとも一個の独立した、知能を待った生命体であることが判明したわけだ…」
「しかしですよ。先輩、僕はこれまでそんな生き物が存在しているなどという、記述された文献も記録も見たことがないですし、聞いたこともありません…」
「それでは聞くがね。高井戸くん、君は日本の三大妖怪と云われている、河童・鬼・天狗と云った妖怪のことは知っているね。鬼と天狗は別としても、河童は憎めないところもあって、一般的にはわりと親しみやすい妖怪のひとつで、茨城県のある寺には河童の手のミイラがあるという話だが、どうやらそれは偽物だったらしい…。
だが、この河童にはふた通りの見方があって、人間を川に引きずり込んで溺れさせて、尻子玉を抜き取り食するということ。もうひとつは、土木工事の手伝いをしたり、薬の作り方を教えた。という記録も残っているくらいなんだが…」
「…しかしですよ。南像さん、河童とか鬼とか天狗だなんて…、あなたが何をおっしゃりたいのか、僕にはまったく解かりませんが…」
「いいかね。高井戸くん、伝説伝承などというものは、その時代その時代によっても、話に尾鰭が付いたりして、内容も拡大したり縮小して行ったのではないかと、私は考えているのだよ。ましてや、この幽霊島に至っては滅多に人前に姿を現さない。まさに、幽霊そのものと云ったところじゃないか…。しかも、生きている島とあっては前代未聞の大事件に他ならない。実際にこんなバカげた事態になろうとは…」
「でも、教授…」
と、何かの計算をやっていた、菅田が手を休めながら南像に言った。
「ひとつだけでも、この島の弱点が見えてきましたから、それで良しとしなければいけませんよ」
「何…。弱点ですと…、弱点…。むむ…、そうか。タバコの火か…、この島は燃え盛る火が苦手だったのか…」
「それと、もうひとつ…。雨でしょうな。正確に云えば水ですよ。だから、雨の日は別の次元に転移しているのでしょう。高井戸先生たちが見てこられた、紫色の海は別の次元の世界だったというになりますな」
「ですが、菅田博士…」
高井戸が菅田に話しかけた。
「この島が水を嫌っていることは判りました。しかし、どうやって雨が降るのがわかると思われますか…。それと、ここは海とは云っても海水も同じ水です。その辺はどのように解釈すればよろしいでしょうか…」
「そ、それはですな…。それは、つまり…、この島も生き物であるならば、やはり動物的な勘のようなものが働いて…」
菅田はしどろもどろになりながらも、必死になって答えようとしていた。
そんなふたりを横目で見ながら、南像は一同の正面に立った。
「諸君、今日のところは非常に残念ではありますが、一旦引き上げたいと思います。子豚や子山羊たちには気の毒なのですが、これ以上ここに止まっておれば、私たちのほうが危険になり兼ねますので、今回はこれにて戻りたいと思います。皆さん、本日はどうもありがとうございました」
南像の挨拶が済んで、来た時より一名づつ増えはしたが、それぞれ二組に分かれて飛行船に乗り込むと、ゆっくりとした速度で浮かび上がり、奥山と源三の住んでる町を目指して飛び去って行った。
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