第一章

 島の中はひっそりと静まり返り、鳥の鳴き声ひとつ聞き取ることはできなかった。何びとも踏み入ったことがないのであろうか、ジャングルに近い樹木群が密生している。

 そんな森の中を前進しようにも、四方八方から垂れ下がっている、蔦や植物の蔓などが彼らの前途を阻むように前進を拒んでいた。

「うわぁ、これじや、前に進むことなんて到底敵いませんな…。よーし、ここはひとつあっしに任せてください」

 奥山はカバンを開けると、中から晒に巻いた出刃包丁を取り出した。

「そんな大事な物で、蔦なんかを切っちゃって大丈夫なんです。奥山さん…」

 高井戸が心配そうに訊いた。

「何、商売道具はこれ一丁じゃありませんから、ご心配には及びませんよ。高井戸先生」

奥山は器用な手つきで蔦や蔓を薙ぎ払っていたが、突然途中で手を止めてしまった。

「こりゃあ、いけませんや。先生、出刃一丁ではとてもじゃないが歯が立ちません。他に何か手を考えないと、どうにもなりませんよ。こりゃあ…、高井戸先生」

「何かいい手と云われましても、僕も今は何も持っていませんし困りましたね…」

「何も困ってっるこどなんかねえぞ。おらの船には小型チェーンソーが積んであんだ。学生ばふたりぐれえ貸してくれだら、今から取ってくるべえ」

 奥山が疲労困憊している姿を、見るに見かねたのか源三が言い出した。

「小型チェーンソー? 源三さん、漁師の方がどうしてそんなものを持っているんですか…」

 不審に思ったのか,高井戸は率直に聞いてみた。

「いや、たまにノコギリ鮫が懸かるんだで、そのままにして置いだら網がズタズタにされっかららよ。そン時にチェーンソーでノコギリ部分をぶった切ってしまわねえど、                                         こっちの網がボロボロにされっから仕方ねえんだ。ほっとぐよりも、このほうが後で修理するのが楽だがらな…」

「そうですか…、なかなか大変なんですね。漁師さんも…、わかりました。それじゃ、若柳と青山、君たちが一緒に行ってくれ」

 源三とふたりの学生は、チェーンソーを取りに行ってしまった。

「ところで、奥山マスター…。あれ、こっちのほうがいいかな…。これからは奥山さんじゃなくて、マスターって呼ばせてください」

「あっしはどっちでも構いませんがね。先生の好きなように呼んでください。ところで、先生。今あっしに何か云いかけたんじゃなかったんですかい」

「おお、そうでした。あのとんがり山までは、どれくらいの距離があるんですかね…」

「さあ…、こんなちっぽけな島ですから、そう大した距離ではないでしょうが、この蔦やなんかがなかったら、そんなには時間もかからんでしょう」

「そうですか。海洋物理をやっている僕が云うのもなんですが、よくもこんな島が実在したなと感心しているんですよ。しかも、こんな次元の切れ目の中に……」

「あっしもね。子供の頃に爺さんから聞いただけなんですけどね。こんな島が本当にあるとは夢にも思ってませんでしたからね。伝説とか言い伝えっていうのは、まんざらデタラメでもないんだなとつくづく思いましたよ」

 それから、二十分もするかしないうちに、源三たち三二がチェーンソーと、燃料の入ったポリタンクを手に戻ってきた。

「いや、待だせだな。だども、良さん。チェーンソーなんか使えんのが…、おらがやってもいいけんど、おらは海の男だで、どうも山ン中は苦手だでどうすんべ…」

「まあ、いいから、いいから。ここはあっしに任せなさい」

そういうと奥山はチェーンソーのエンジンをかけ、器用な手つきで垂れ下がっている蔦や蔓、その他行く手を阻んでいる木立などを片っ端から切り倒していった。後からついて行く者たちは奥山が切り倒した木の枝を、傍らに押し寄せるのに大わらわだった。

「ふー、皆さん。この辺で一休みしませんか。どうやら、この森もあと少しで終わりのようですから…」

 奥山に言われて前方に目をやると、木立ちの間よりとんがり山の地肌が、ちらちらと見えるようになってきた。

「しかし、凄い山ですなぁ…。この山は…、とんがり山とはよく付けたもんだよ。源さんも…」

「だども、それしか思い浮かばねがったんだがら、仕方なかんべ」

「ところで、源三さん。あなたが、この島を発見したのは、今からどれくらい前のことですか」

「ほだなぁ…、かれこれ一ヶ月ぐれえ前になるベがなぁ…」

「しかし、毎日のようにこの辺の海を通っている源三さんが、一か月前にこの島を発見した。が、またいつの間にか見えなくなったのに違いないな…。そして、今日われわれの目の前に突然その姿を現してきた。

 うーむ…、一ヶ月前に現われて今日もまた現われた。こう頻繁に現われるということは、もしかしたら…、この島を取り巻いている時空間の歪みが、もとに戻りかけているのかも知れませんね…」

 高井戸は何かを考えて込むような仕草で言った。

「それはどういうことですか…、先生」

 奥山が、何のことやら分からないといった表情で訊いた。

「いや、これはまだ僕の推論でしかないんですがね。マスター。この島のある領域は、われわれのいる普通の空間と違っていると思うんですよ。

 次元、つまり線を一次元と考えて絵のような平面が二次元で、それに高さを加えた世界がわれわれのいる三次元なんですよ。ところが世界というか、この空間には僕たちの目には見えない。いくつかの似通った世界が、積み重なった紙のように存在しているって云うんですよ。パラレルワールドって云うんですがね。それが、どうもこの界隈の領域と、隣り合わせになっているんじゃないかと考えていたところなんです…」

「そうですかい…。どうも、あっしには先生の話が難しすぎてサッパリなんですがね。するってえと、何ですかい。この島は先生のいう別の世界と、行ったり来たりしているって訳ですかい…」

「ええ、まあ、そんなところですか…。しかし、こう頻繁に消えたり現れたりするというのも、何故か不気味な気がしてならないんですよ。古くは江戸時代の昔から、この島を見たという人は極限られた人だと聞きました。そのような幽霊島に、僕たちはこうして現在いるわけですから、どのように表現すればいいのかわかりませんが、近い将来には幽霊島ではなく次元の歪みから解き放たれた、一個の島として人々の前に姿を表すのではないかと思うんです…」

「それは本当ですかい。先生、それっていつ頃になるんですかい…」

「さあ…、それは僕にもわかりません。しかし、その場合どうなるですかね…。僕は法律のことは詳しくないんですが、確か…、第一発見者の人のものになるんじゃないんでしたっけ…」

「なぬぅ…、この島がおらのものになんのげえ…、おらはいらね。こだな薄らっ気味の悪い島は、おらいらね…」

 それまで大人しくふたりの話を聞いていた源三が、この島が自分のものになるかも知れないと聞いた途端、急に大きな声で喚きだした。

「おい、源さん、源さん。そんなに騒ぎなさんな。源さんがいらないと云えば、それで済むことじゃないか。そんなに大騒ぎをするほどのことでもないよ」

 奥山が源三をなだめているのを見ながら、高井戸は学生のひとりに言った。

「杉田くん。済まないが、青山くんとふたりで海岸に行って様子を見てきてくれないか。少しでも変わったことがあれば、すぐに戻ってきて知らせてくれないか。もっとも、異変に気がついた時には、もう手遅れかも知れないが……」

 語尾のほうは独り言になっているのに気づいて、高井戸はひとりで苦笑した。

「さあ、元気を出しなさい。源さん、もぅひと踏ん張りしなくちゃいけなぃからね。高井戸先生、そろそろ始めますか…。あれ、学生さんの姿が見えないようですけど、どうかされたんですか…」

「いや、海岸のほうが気になりましたので、見に行かせました」

「そうですか。それではやりましょう。ボヤボヤしてたら日暮れちゃいますからね」

 奥山は、またチェーンソーのエンジンをかけると、行く手を阻んでいる蔦や木立を伐採し始めた。それからしばらく経って樹木が疎らになって、とんがり山の岩肌が直に見えるようになってきた。

「よーし、これで最後だ。ようやく終わりましたよ。先生、ちょっと休みましょうか」

 切り倒した切り株に腰を下ろすと、ポケットからタバコを取り出すと一本咥えた。

 その時、杉田と青山が息急き切って駆けてくるのか見えた。

「先生、大変でーす。海が…、海が……」

 みんなところまでくると、杉田と青山はベッタリとその場に座り込んでしまった。

「おい、杉田、青山。海がどうしたんだ。しっかりしろ。杉田、青山」

 杉田も青山も高井戸の問いかけに、肩で息をしながら途切れ途切れに答えた。

「う、海が…、海が…、さっきまで青かった海が…、いつの間にか紫色に変わっていたんです…」

「何、紫色に…、しまった…。遅かったか……」

「どういうことですか。高井戸先生」

 奥山の問いかけに、高井戸は思い詰めたような口調で言った。

「マスター…、海が青から紫色に変わったということは、われわれのいるこの島がすでに次元が転移して、別の世界に移ってしまったことを意味しているんです…。幸い源三さんの船は残っているようですが、しばらくはここでの生活を余儀なくされるでしょう…」

「それじゃ、源さんの船で一刻も早くこの島から抜け出して、さっさと帰っちまったほうがいいんじゃないんですかい…」

「いいですか…、マスター。今も云ったように、この島の外海は僕たちの元いた世界とは、まったく違う異世界かも知れないんですよ。棲んでいる者だって、われわれとは全然違う生き物かも知れないんです。そんな危険を冒してまで無理矢理出て行くよりも、自然に元の青い海に戻るのを待つほうが賢明だと思うんです。

 それは元の青い海に戻るまでは、一ヶ月かかるか三ヶ月かかるかは分かりません。あるいは一年以上かかるかも知れません。それでもそれに耐えるしかないと思います。幸いにも源三さんは漁師ですから、漁に使う網もお持ちでしょうから魚は心配ないとして、僕たちは手分けして食べられる果物などを採取する。それから、残った者は弓と矢を作ってほしい。矢のほうはできるだけ沢山作って置いたほうがいいな。鳥や獣を狩るのに足りなくなると困るからね。それじゃ、僕とマスターは食える者を漁ってくるから、若柳は源三さんの手伝いでもやって、青山と杉田は弓矢の制作を頼む。それじゃ、行きますか。マスター」

 こうして、銘々役割を分担してふたりづつに別れて、それぞれの作業に精を出して行った。それから二時間後に、もといた場所に戻ってきた六人は、両手に抱えきれないほどの獲物と、杉田と青山は弓と矢を束ねたものをふたりで運んできた。

「いやぁ、この島は果物とか木の実が、意外と豊富なんで驚いたよ。誰も取るものがいないから、当たり前かも知れないけどね…」

「おらのほうもほだ。海の色は紫だども、魚っ子のいるごどいごど。まんず、おらもぶったまげただ…」

「僕も素潜りしてみたんですけど、水は紫ですがサザエやアワビに似た貝がウジャウジャいるんです。これを見てください…」

 若柳は両腕には、抱えきれないほどの巨大貝類が持たれていた。その大きな貝を見せられた、高井戸も源三も驚きの色を隠せなかった。

「われわれの世界の貝だって、放っておけばこれぐらいには大きくなるのさ。ただ人間たちが、昔から自分たちが生きるために、それらを採取して生活してきたから数も増えないし、大きくもならないんだよ。だけど、この島にはそれを取って食べようなどと考える高等生物はいないだろうから、自然淘汰的にここまで成長したと考えられる」

「しかし、なんですな…。高井戸先生、あっしがこんなことを云うのも憚りますが、こんなデカいアワビやサザエを見たのは、後にも先にもこれが初めてなんでね。こりゃあ、調理のし甲斐があるってもんさ。あっしが腕に縒りをかけて刺身にでもしますか…。しかし、残念ながらここには醤油ありませんから、海水でも付けて食べてみてください。ここの海は紫色だし、昔っから醤油のことをむらさきって云いますから、それでしばらくは我慢してやってください」

 さすがに、奥山は自称『調理人』というだけあって、カバンの中には晒に包まれた自前のまな板が収まっていた。

「ところで、杉田に青山は弓矢は作ったものの、何も獲物は捕まえられなかったのかい…」

 焚火をしながら、獲ってきた魚を焼いていた高井戸が訊いた。

「はあ…、穆たちは弓と矢は作りましたが一度も打ったこともなかったですし、第一どこに獲物がいるかもわかりませんでしたから、何も捕まえることができませんでした。申し訳ありません…」

「何も僕に謝る必要はないよ。経験がないんじゃ仕方がないだろう…。それより、源三さんと若柳の姿が見えないようだけど、どこに行ったのか知らないかい…」

「さあ…、僕はわかりません。杉田、お前知ってるかい…」

「いや、僕も知りません…」

「そろそろ魚も、ちょうど食い頃加減に焼けてきたのに、どこに行っちまったんだい。あのふたりは…」

 高井戸たちがそんな話をしていた頃、源三と若柳は奥山がチェーンソーで樹木を切り倒した道を通って、とんがり山のすぐ真下まで来ていた。山の頂上を見上げると、天辺のほうには雲がかかっていて、途中までしか見わたせなかった。山の周囲はどれくらいあるのか、この島全体を通してみてもかなりの領域を占めているのに違いなかった。

 若柳は岩肌のすぐ傍まで行くと、黄色味がかった薄茶色の岩肌に触れてみた。見て感じた通りのスベスベとした肌触りだった。

「うわぁ、何だか気持ち悪いくらいスベスベしているよ。こんな岩を見たの初めてだ。源さんも触ってみなよ」

「どれ、どれ。ほんじゃ、おらも触ってみっか…」

 源三も恐る恐る触れてみた。

「ホントだなぁ…。おらも石だの岩なんてもんはよ。硬ぐてゴヅゴヅしたもんだどばっかり思ってだんだども、ほんにこの岩はツルツルしているんだなや…」

 源三も両手で岩を撫でながら言った。

「このとんがり山の周囲は一体どれくらいあるんだろう…。僕はひと回りしてみようと思うんですが、源さんどうします…」

「ほうだな…。こっだらどごさ、独りでいだってしょうがあんめえ。おらも行ぐべ」

 若柳の後を追うような形で、源三も一緒に歩き出した。

「だども、おらは海の男だで、こっだら山ン中さ歩ぐのはあんまり向がねえな…」

「でも、たまには丘の上を歩くのも、いいんじゃないですか」

「んだども、丘の上よりはやっぱり海のほうがええぞ。海はでっけえしなぁ…」

「それは僕にもわかりますよ。源さんに連れられて漁に行ったから…」

 ふたりは山の周りを廻りながらあちこち見て回った。四分の一くらいまで来たところで青山がふと足を止めた。

「ほら、源さん。あそこを見てください。何か穴のようなものが開いてますよ…」

「どれ、どれ。あ…、ほんとだな。なんだべ…」

ふたりが近づいてみると、人間が立って通れるくらいの横穴が開いていた。見た感じからすると、人間の手によって掘られたようにも見えた。

「これは自然にできた穴じゃありませんね…。見てください。人造的に掘られたような跡がついてるでしょう…。しかし、これだけ大掛かりなことを誰がやったんだろう…」

「どれ、ほんじゃ、中がどげな風になってっか、へえって見っか…」

 この源蔵という男も、なかなか好奇心が旺盛らしく青山には目もくれないで、自分から進んで横穴の中へ入って行った。

「だ、大丈夫ですか。源さん…、中はどうなっているのかも分からないのに…」

 青山は、慌てて源三の後を追うように、穴の中に入って行った。横穴を通って進んでいくと、途中から広い空洞になっている場所に出た。穴の中は、それほど暗いというほどではなかった。上を見上げると明り取りのような穴が、ところどころに空いているのが分かった。壁面に沿って進んでいくと、岩盤の淵をらせん状の階段が上に向かって続いているのが見えた。

「なんだぁ…、この階段は…」

 源三が大きな声で叫んだ。すると、その声がまるで木霊のように四方八方から帰ってきた。

「これは僕たちだけの手では、どうしようもないな…。よし、源さん。一回ここを出ましょう。源さんは高井戸先生たちを呼んできてください。僕はもう少しここで調べてみますから…」

「よーす、わがった。ほんじゃ、行くべ…」

ふたりで穴から出ると、源三は脱兎のごとく高井戸たちを呼びに走り去った。

 源三が立ち去った後、青山は高井戸たちが来るのをここで待つか、一瞬迷ったが意を決したように再び横穴の中へ入っ入った。

 その頃、この島の南側に面した海岸では、高井戸たちが焚火を囲んで焼きあがった魚や果物で腹ごしらえをしていた。

「いやぁ、やはり獲れたての魚は新鮮でうまいですなぁ…。あっしも客商売ですから、魚だけはできるだけ活きのいいのをと思っているんですが、海で獲れたての物にはとてもじゃないが敵いませんよ。これは先生が焼かれたんですか…」

 焼きたての魚を頬張りながら奥山は言った。

「いや、いや。マスターの造られたアワビの活き作りや、サザエの壺焼きも大したものですよ。それに、これだけ大きいとなかなか食いごたえもありますし、こんな物は滅多に食べられませんからね…」

「それにしても、源さんたちはどこに行っちまったんですかねぇ…。せっかく腕に縒りをかけて拵えたのに…」

「本当ですね…。君たち、ホントにどこに行ったのか、誰も知らないのかい」

 と、高井戸が若柳と杉田のほうを見た。

「ホントに知りませんよ…。気がついたら、いつの間にか二人ともいなくなっていたんですから、なぁ…」

 杉田は魚を食べながら、黙ってコクリと頷いた。

「おーい、大変だぞぉ……」

「あ…、源さんだ…」

森のほうから韋駄天のように走ってくる、源三を見つけた奥山は今食べかけていた魚を放り出して立ち上がった。

「おい、源さん。一体どうしたんだ展。しっかりしろ」

 息も絶え絶えに走ってきた源三は、その場にベッタリと座り込んでしまった。

「源三さん。青山はどうしたんですか…。何かあっんですか…」

高井戸はへたり込んでしまった源三を、抱え起こしてやりながら訊いた。奥山は水の入った水筒を手渡してやった。

源三は水筒の水を飲み干すと、やっと落ち着いたのかポツリポツリと話し出した。

「おらは、青山っつう学生とふたんじ、とんがり山ば探検に行ってたんだ…。山の巡りばぐるっと周っていだら、でっけえ洞穴ば見っけだんだ。おらも、そういうのは嫌えでねえがら中さ入って見だんだ。ほしたら中はがらんどうになってで、周りの岩には石の階段が上のほうまで続いでいだんだ。ほしたら青山が云うには、『これきおらだちの手には負えねえがら、高井戸先生ば呼んできてくれ』って云うがら、おらぁ取るものも取り合えずぶっ飛んできただ…」

「うーむ…、やはりただの島ではないとは思ってはいたが、それだけできあるまい。まだまだ裏がありそうですね…。とにかく、源三さん。僕たちをもう一度そこに案内してもらえませんか」

「ええよ。おらは、そのために戻ってきたんだがら…。あんれ、魚がうまそうに焼けでんな。そうだ。青山にもひとつ持ってってやっか…」

源三の道案内で、青山が発見したという洞窟までやって来たが、当の青山の姿はどこにも見当たらなかった。

「ほれ、入り口はあそこだで、みんなも早ぐ行ってみっべ」

「青山はどこですかね。どこにも見当たらないようですが」

「こごで待っているって云ってたんだども、どこさ行ったんだべ。まだ中さでも行ったんだべか」

「中に入ってみましょう。そうすれば何か分かるかも知れませんし、とにかく中へ入ってみましょう」

 高井戸は先頭を切って入り口に立った。

「なるほど、これは確かに人工的に削れたものだな」

 通路を通って中の広い空間に抜けると、内側の岩盤に彫り込まれた岩の階段が目についた。

「これは驚きましたな…。しかも、これはいつ頃の時代かも解らないくらい、古い時代のものなのでしょう…。そんな時代に、よくもこんな岩山を刳り貫けるような、大工事ができるほどの技術があったとは、あっしにはどうしても考えられないんですかね。先生はどのようにお考えなんですか…」

「さあ…、それは僕も専門外ですので何とも云えないんですが、エジプトのピラミッドでさえ何十年もかけて造られたと云います。ましてや、ここは規模が違いすぎます。おそらく何百年もかけて、何世代にも渡って造り上げられた物ではないかと考えられますね…。それも僕たちの想像を絶するような大工事だったでしょう。この工事のために何千人もの人が犠牲になったかも知れません……」

「いやぁ、先生はやっぱり、あっしが見込んだ通り大したお方だ。この洞窟を一目見ただけで、そこまで推測なさるとはね…。あっしはほとほと感服しましたよ。高井戸先生」

「いや、何もそこまで感心されと困っちゃいますけどね…。そんなことはともかく、早く青山を探し出さないといけません…。みんなで一緒に探してください。

「おーい、青山ぁ…、どこだぁ…。いたら返事をしてくれぇ…」

「青さーん、どこですかぁ…」

「青山ぁ…。おめぇ、どごさ行っただぁ…」

「おーい、青山ぁ…」

「青山くーん…」

 みんなが声を大にして呼びかけても、青山からの返答はなく呼びかけた声だけが、洞窟内に空しい木霊となって返ってくるばかりだった。

 それからしばらく、手分けして青山の捜索に当たったが、洞窟内を隈なく捜しまわったが、青山の持ち物ひとつ見つけることができなかった。

「うーむ…、手掛かりはまったくなしか…。と、なると、あとはあの石の階段しかなくなるな…。一体、あの階段はどこに続いているんだろう…」

 高井戸は岩盤の壁面をらせん状に続いている、石段の上のほうを見上げながら言った。

「よーす、おらが見でくっべ。みんなはここで待ってでけろ…」

「それはあまりにも危険ですよ。源三さん、何があるか分かったもんじゃありりませんから…」

「なーぬ、心配するどなんかなんもねえ。おらは第一こういうごは、でぇ好きだがらよ。ほんじゃ、行ってくっぺ。よっこいしょっと…」

 この源三という男は根っから気楽にできているらしく、半分鼻歌まじりで石段を駆け上って行った。

「大丈夫ですかねぇ。先生、源さんはだいぶ威勢のいいこを云ってましたが、心配だからあっしも見てきましょうか…」

「いや、大丈夫だと思います。マスター、ここにはそんなに危険なものもないようですし、そのうち下りてきますよ」

 そんな話をしていると、いきなり源三の声が聞こえてきた。

「てえ変だぁ…、みんな来てけろ…」

「何かあったみたいですね…。みんなで行ってみましょう…」

岩を削った階段を駆け上がっていくと、行き止まりには大きな岩があって、その岩にも大きな空洞が空いていた。

「てえ変だぁ、青山が倒れてんぞ」

 源三は高井戸たちの顔を見ると、青山を抱きかかえながら叫んだ。

「どうしたんですか。青山は…、源三さん」

「分がらねえ…。おらが、こごさ来た時にはぶっ倒れてだんだがら…」

「おい、青山くん、しっかりしろ。青山ぁ…」

 高井戸は、源三に代わって青山を抱きかかえると、青山の体を激しくゆすった。

「しっかりしろ、青山。しっかりするんだ…」

 青山は数回揺す振られているうちに、気が付いたらしくぼんやりと目を開いた。

「あ…、先生…」

「一体、何があったんだね…。青山くん」

「それが…、僕にもよく判らないんです…。ただ…、ここで外国のアドベンチャー映画に出てくるような、小さな宝箱みたいなものを見つけたんです」


「あ…、あった。これですよ。先生」

 傍らに横になって転がっている、埃にまみれて薄汚い古びた小箱を拾い上げて、高井戸に渡すとまた話を続けた。

「それで…、僕は何だろうと思って開けてみようとしたんです。そうしたら、なんだか急に気分が悪くなって気を失ってしまったみたいなんです…」

 高井戸は青山の話を聞きながら、ポケットからハンケチを取り出して、小箱についた埃をきれいに拭き取って行った。

「やあ…、これは、凄いな…。中に何が入っているか知らないが、この箱でも相当な数の宝石が鏤められているぞ…」

 きれいに埃を拭い取らけれた箱には、見たこともないような宝石がピッシリと埋め込まれていた。

「いやぁ、この箱の宝石だけでも相当な値打ちもんでしょうな…。あっしには皆目見当もつきませんがね…」

「そうでしょうね。さあ、それでは開けてみますよ。中には何が入っているか…」

 高井戸は鍵もついていない小箱を、ゆっくりとした手つきで開いて行った。

「何だろう…。このうす汚い紙切れは…」

 みんなで覗き込むと、高井戸の手に持たれた小箱の中には、四つに折られた茶色みを帯びた古ぼけた紙が収まっていた。

「何ですか…。これは……」

「さあ…、解からんね。しかし、この紙の色合いから見ても、相当に古い年代のものと見ていいだろう…。と、いうことはだ。うっかり手で触れてしまうと、風化が進んでいるだろうから、紙自体が粉微塵になってしまう可能性が高い…」

「それじゃ、どうするんですか…。先生」

「よし、みんな。そのままゆっくり座ってくれ…あんまり激しい動きをして風など立てないようにな…」

 一同は高井戸に言われたように、息を潜めてゆっくりとその場に腰を下ろした。

 誰かがスマホを出してライトを点けて、周囲もほどよく明るくなった。

「そけじゃ、取り出すぞ…。ソウーッと、ソウーッと…」

高井戸はできだけ力を加えないように、細心の注意を払って小箱から紙切れを取り出した。幸い折りたたまれた紙切れは、崩れる様子なく高井戸の手によって取りだされた。「それでは開くぞ…」

高井戸はさらに力を入れないように、ゆっくりと開き始めたが折ってあった部分が、ピリッと音を立ててあちこちに罅(ひび)が入った程度で済んだ。開かれた紙には、何やら地図のようなものが書かれてあって、周りにはビッシリ細かい文字が書き込まれてあった。

「なんて書いてあるんですかね。これ…」

 青山が訊いたが高井戸は、それには答えずボケットからスマホを出すと、図面のような紙切れをカメラに収めた。

「うーん…、それなんだがね…。僕も、こんな文字は見たことも聞いたこともない。と、いうよりも、初めて見る文字なんだよ。だから、この紙にどんなことが書かれているのか、見当もつかないんだよ。これは持って帰って、民俗学の南方教授にでも聞いてみないと駄目だろうな…」

「さあて、青山くんも見つかったことだし、一件落着ということで一度海岸に戻ってみませんか。あっしの造ったアワビの生き造りや、サザエの壺焼きを青山くんにも食べてもらわなくっちゃいけませんからね」

「よし、それでは一旦引き上げるとしますか」

「んだ、それがいいべ。おらも腹が減ってだどころだがらな…」

 ようやく、とんがり山の洞窟から引き揚げてきた六人は、先ほど焼いていた魚や果物を頬張り、海を眺めながら談笑していた。が、普段は無口でおとなしい杉田が、突然大きな声で叫んだ。

「ああ…、さっきまで紫色だった海が、もとの青い海に戻っているぞ…」

「何…」

「ホントか…、杉田」

「と、いうことは、またもとの世界に戻ったってことか…」

「ほしたら、こだどごで、こだなごどやってらんね。早ぐ帰っぺ。みんな、おらの船に早ぐ乗ってけろ…」

 と、いう訳で、みんなてんやわんやの大騒ぎのうちに、源三の小舟に乗って幽霊島を後にしたのだった。


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