第42話 企み
「こ……っ」
うたいし、と、
さっきから、「ここここ」と、鶏になった気分だ。
「そんな身分の人が、なんでうろうろうちの店に何度もやって来るんですかっ」
ついなじってしまう。
「言ってやってくださいませ、美月さん」
いつの間にか背後にいた早瀬が素早く口を挟む。
「時間があれば、すぐに御所を出て街を徘徊し……」
「徘徊ではない。
「さて。この後の動きだが」
注意深く周囲を窺い、慈仁が声を潜めた。
「
「手あたり次第というのはどうかわからんが、とにかく、そうなんだな」
蒼太朗は言い、上半身を戻して綺麗な仕草で紅茶のカップを指で持ち上げる。
「なので、入場した段階で旭の身柄を押さえるしかない」
「どうやって」
柳眉を寄せて紅茶を口に運ぶ蒼太朗にならい、美月も紅茶カップを手に取った。薄い磁器のカップだ。
「早瀬に、伽賀の一行が到着したら連絡をするように伝えておる。連絡があれば、会場内のガス灯を全部消す」
「ガス灯を? 真っ暗になりませんか」
美月が目を丸くする。
「かがり火があるから大丈夫だ」
「本当か? 警備はいいのか、それは」
怪訝気に蒼太朗が言う。
「あおが予の側にいるから大丈夫だろう」
一番の警備対象がとんでもないことを言いだしている。
「陛下の天幕のガス灯までは消さんから大丈夫だ。で、その暗闇に乗じ……」
「暗闇って言ってるじゃないか。いいのか、おい」
「もとい、薄暗がりに乗じ、
「私はもともと女です」
「すまん。美月を元に戻して、旭を入れてしまえば……、近衛兵の人数帳尻もあうだろう」
どやあ、と慈仁は胸を張るが、美月は紅茶を一口飲み、じっとりと見つめた。
「それ、伽賀の人たちが、『旭が消えたー』って騒ぎだしたらどうすればいいんですか」
「ん?」
「美月殿が言うのももっともな話だ。自分の後継者が消えるのだぞ。誘拐された、とか言いだしたらどうする気だ」
蒼太朗が呆れたように言うが、慈仁はきょとんとした。
「そんなもの、受け付けぬ。消える方が悪いのだ」
「……信じられん」
「頭が痛くなってきた」
蒼太朗と美月が頭を抱えるのを見て、慈仁は不思議顔だ。
「だがな、あおと美月よ。実際先に、誘拐したのは伽賀ではないか。同じことをして何が悪い」
「いや、そうなんですけど……」
美月は口ごもる。
「『旭が誘拐された』と警察に駆け込んだところで、伽賀邸には入れぬだろう。なんとなくうやむやにされ、それでおしまいになるのではないか?」
重ねて問われ、美月は下唇を噛む。
実際、そうなのだ。行方不明者として警察に相談したところで、まともに相手にされるとは思えない。
だいたい、『梅園旭』自体が、消されそうになっているのだから。
「市井で罪に問えぬのであるならば」
慈仁は椅子に凭れ、脚を組む。
「御所で同じことをやってやればよい。ここでの統治者は予だ」
「いや、陛下だ」
「似たようなものだ」
豪快に慈仁が笑った時、するすると、早瀬が近寄ってきた。
「扇丸様。現在、受付を済ませた、とのこと。すでに入場のため門まで移動しておることでしょう」
耳打ちをすると、慈仁は大きく頷いて立ち上がった。
「早瀬、ガス灯を消せ。参加者には、『蛍がよく見えるように』と伝えるのだ。予は今から、あおと美月の三人で、特別任務を遂行する」
「かしこまりました」
深々と頭を下げた早瀬は、その年齢に見合わない素早さで天幕の奥に移動した。
「では、参ろう」
言うが早いか、慈仁は駆けだし、慣れているのか蒼太朗がそれに続く。美月も、ばたばた動く佩刀を上から押さえつけるようにして、それに続いた。
天幕を出る折り、銃兵が礼をする。
慈仁が笑顔で応じているが、美月は、一転様子を変えた庭に足を止めた。
真っ暗だ
その闇の中を、黄色、というよりは薄緑色の光がいたるところで浮遊し、明滅している。
人々のざわめきや気配は感じるが、すべてがぼんやりとしていて、幽鬼なのか、人なのか、判然としない。
ただ、蛍らしき光の明滅を見て、誰もが「きれい」と声を上げていた。
「かがり火を頼るしかないな。道がよくわからん」
蒼太朗がため息交じりに言う。
「案ずるな。ここは余の庭だ」
愉快気に笑うと、慈仁は駆けだす。
「遅れるな」
蒼太朗が美月の背を軽く叩き、走り出す。美月も慌てて頷き、彼を追った。
ところどころで焚かれているかがり火は、最初、頼りないように思えたが、暗闇に目が慣れてくると、まばゆいほどだ。
ガス灯とはまた違った色合いの光は、芝生を照らし、小道を白く浮かび上がらせる。
慈仁が自信ありげに言う通り、道はわかっているらしい。
藪に思えるようなところを突っ切るのだが、それが最短距離らしく、ほどなくして、とある小集団の近くまでたどり着いた。
「あれだ」
こんもりとしたつつじの陰に隠れ、慈仁が声を潜める。
彼が指さしているのは、眼下に見える小道だった。
ちょうど、なだらかに斜面になっているらしく、小集団は見上げないことには、美月たちの気配に気づけない。
もう、花の散ったつつじに興味はなく、物見遊山に近い彼らは、舞い飛ぶ蛍を見てはしゃいでいた。
「いるな、旭殿」
ふと、蒼太朗が声を漏らす。
美月も、強張ったまま、首を縦に振った。
先頭を歩くのは、
珍しく伽賀が楽し気な声でなにか言い、高岡が応じていた。
そのすぐ後ろをついて歩いているのが、旭と、
「あの、旭が腕を組んで歩いている女は誰だ。拉致るのに邪魔だな」
慈仁が不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「三倉、彩女さんです」
呟くだけで、腹が立つ。美月はこぶしを握り締めた。
あの女が単独で店にやって来たのは、旭が姿を消した次の日だった。美月はあのときの腹ただしさを、昨日のように思い出すことが出来る。
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