第八章

第35話

「よっす遊介、元気してたか? 俺はお前に会いたくて会いたくてずっと震えてたぜ」


「……ああ尊か、おはよう」


「……」


 翌日。


 ゴールデンウィークが終わり、暫しの安息を終えた俺達学生は吸い寄られるように学校へと向かう。期間にして一週間程度の休みだったのだが、この通学路を歩くのはずいぶんと久しぶりなように思えた。


「いや気持ちわりぃなってツッコミは!?」


「なんだよ一人で騒がしい」


「一人で騒がしくさせてんのはどっちだよ。本来ならばお前も一緒に、二人で騒がしくなる予定だったんだぞ」


「そんな予定に組み込まれましても……」


「ゴールデンウィークで人との接し方も忘れちまったのか?」


「んなわけあるか」


 朝からハイテンションな尊に対して、俺はどうにも気分が乗らない。


 昨日。

 プールの帰り道に起こった撫子との一件。

 あの時以来、撫子と二人で話していない。怒っている様子はない。帰ってからは晴子さんや親父とは普通に会話していたし、そこで俺が口を挟んでも受け答えはしてくれた。


 ただ、俺に向けられる空気がどこか違う。

 そんな気がした。


「んだよ、何かあったのか?」


「まあ、ちょっとな」


「話してみろよ」


「……いや、それはちょっと」


 それを話すということは、俺と撫子の関係もバラすことになってしまう。

 椿、水琴、天王寺先輩にはバレてしまったが、これ以上バラすわけにもいかないだろう。俺は別にいいのだが、撫子がどう思うか分からない。


「悩み事ってのは人に話した方が案外すっきりするもんだって言ってたぜ」


「家庭の事情的なやつなんだよ」


「はえー、複雑なやつか。それじゃあ仕方ねえな」


 尊はそれだけ言って、それ以上しつこく聞いてくることはなかった。

 人懐っこく、しかしうるさく鬱陶しい時もあるが、距離感を保つのが上手いやつだ。一緒にいても苦だと思わない数少ない友達だ。


「そういや尊は妹いるんだっけ?」


「ん? ああ、いるぜ。それはもう可愛い可愛い自慢の妹だ」


「妹のこと好きになったりしないのか?」


 俺が突拍子もないことを聞くと、さすがの尊も鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。


「急になんだよ、朝からするような会話じゃねえな」


「いや、何となく。ただの雑談なんだけど」


「んまあ、いいけどよ。確かに俺の妹は可愛くて可憐で健気で美しい自慢の妹だが、あくまでも妹ってだけだ。俺達は兄妹でしかない。これまでも、これからもな」


「まあ、そりゃそうだよな」


 生まれたときからその子は尊の妹だったのだ。

 妹としか見れないなんて、至極当然の答えじゃないか。分かりきったことを聞いてしまった。

 そもそも前提が違う。


「まあもし血の繋がってねえ義理の妹、とかだったら見る目は変わったかもな」


「え?」


「だってそうだろ? 血は繋がってねえし、今まで一緒に暮らしてたわけでもない。急に現れて今日から妹ですって言われても、そうは思えねえよ。つっても、そもそもそんな漫画みたいな話がそもそもないけどな」


「はは……そうだな」


 乾いた笑いを返すことしかできなかった。

 その漫画みたいな状況に遭遇した人物が横にいるんだって言ったらさぞかし驚くだろうな。

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