第34話
日も暮れ、時間も時間ということで施設を出て解散した後、俺と撫子は帰路につく。
ゴールデンウィークも最終日、しかも夜となればさすがに街は落ち着きを取り戻していた。
たまに通る車の音、どこからか聞こえてくる子供の声、家の中から聞こえてくるのは家族団欒の幸せそうな会話だった。
「……」
数歩先を歩く撫子を、俺は一定の距離を保ちながらついて行く。
明確に何かを言われてこの距離を保っているわけではなく、ただ何となく撫子の雰囲気が隣を歩くことを許していない気がしたのだ。
まだ家族になって僅か一ヶ月とちょっと。
それでも、分かることは分かる。
期間は短くても、俺と撫子は家族だからだ。
「ねえ、兄さん」
前を向きながら、後ろにいる俺に話しかけてくる。
その呼びかけに、怒気は感じられなかった。
「なに?」
俺が返事をすると、考えるように暫しの沈黙があった。
何を話すのか考えてから声をかければいいのに。
「花宮さんって可愛いですよね」
「え、なに急に」
なんでそんな会話? 雑談的なやつなのか?
「可愛くないですか?」
「そりゃ、可愛いとは思うよ」
転校初日、花宮椿はクラスの男子生徒全員の視線を奪ったと言ってもいい。
それでいてあの気さくさに加えて心優しく気遣いもできる。彼女がモテないはずがない。
「わたしも、今日一緒にいて思いました」
「そっすか」
撫子は椿と関わってないもんな。
もちろんクラスメイトである以上それなりに関わりはあるんだろうけど、知り合い以上友達未満くらいかな。
「南戸さんは?」
「……どうしたんだよ」
俺はさすがに怪訝に思い、撫子に真意を問う。
しかし、返ってくるのは俺が求めている言葉ではない。
「ただの恋バナじゃないですか」
「兄妹で恋バナはしないだろ普通は……」
「……」
俺が言うと、撫子は黙り込む。
よくは分からないが、付き合ってあげるしかないようだ。
「水琴も可愛いやつだよ。最初の出会いは最悪だったけどな」
「後輩のお胸を触るなんて、最低なことですものね」
そう言えば知っているんだった。
水琴は容姿は十分に可愛らしいのだが、性格というか言動がやや不思議なせいで友達に恵まれていない。校内で一人でいる姿をよく見かけるのだ。そんな水琴が俺の姿を見かければ駆け寄ってきては飼い主を見つけたわんこのようにキラキラした瞳を向けてくる。
「天王寺先輩は言わずもがな、ですよね」
「そうだな。あの人は自分の容姿の優れ具合を理解している」
自分に自信がある、というのはまさしく彼女のような人のことを言うのだろう。
天王寺紗千香はとあるゲームに敗北した罰ゲームで俺に告白してきた。その事実を知らされたとき、俺は一つの疑問を抱いた。
振られたのだからもう関わる必要もないのではないか? と。
「兄さんの周りには可愛い女の子がいっぱいですね」
「そうだな、どういう縁かそういう人達と出会うことができた。それには感謝だな」
モテ期バンザイってやつか。
その後、再び沈黙は訪れた。
結局、さっきの会話は何だったのかと思えてくるがそれは考えないことにした。雑談なんて大して意味のあるものではないし、きっとその程度のものだったのだ。
「ねえ、兄さん」
先程と同じように撫子は短く俺のことを呼ぶ。
俺と撫子の距離はさっきまでと変わらず一定のものを保っている。彼女が歩くスピードを速めれば俺もそれに合わせる。彼女が止まれば、俺も止まる。
撫子は足を止めてくるりとこちらを向いた。
夕日をバックにした撫子の姿は綺麗で、絵になる、というのはこういうことを言うのかと納得した。
どこか幻想的で、手を伸ばしても届かないところにいるのではないかと錯覚してしまうような彼女の雰囲気に戸惑いながらも、俺も足を止めて撫子の真っ直ぐな視線と向き合う。
「兄さ……神楽坂遊介くんにとって、四条撫子はどういう存在ですか?」
撫子が俺に向ける一転の曇りない瞳が真剣さをこれでもかというくらいに伝えてくる。
冗談ではない。
ならば、どうして彼女はそんなことを聞いてきたのだ?
「……撫子?」
俺は戸惑い、答えを出すことができなかった。
撫子の不安な表情は、やがて諦めたように俯き、そしてそれを隠すようにくるりと回る。
その後、俺達は言葉を交わすことなく歩き続けた。
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