第33話
そう言えば撫子はジェットコースターでそこそこしんどそうじゃなかったか?
もちろんジェットコースターに比べれば緩急もスピードもないので怖くはないけど、感覚としては似ているものだと俺は思っている。安全装置がない分スライダーの方が怖いまである。
俺もスライダーに乗るのはずいぶんと久しぶりだし、最近のスライダーがどんな感じなのかは見当がつかない。高度成長を遂げていないことを祈るだけだ。
俺と撫子はスライダーの下までやって来た。
ここから階段で上まで上がるのだが、下まで来るとその高さを改めて実感する。これやべえかもしれない。
少し並んでいたため、俺達もその後ろに並ぶ。
これとは別にもう一つ小さいものがある。それに乗るという手もあったが、そっちはあまりにも子供が多すぎる。何というか、男としても兄としてもあっちを提案するのはどうかと思った。
逆にこっちは大人がほとんどだ。
いても小学生の高学年くらいの大きさの子だ。だとしても子供が乗れているのだからたかが知れているに決まっている。
「どうかしましたか兄さん?」
「いや、別なんでも」
きょとんとした様子で俺の顔を覗き込んでくる撫子に、俺は何でもない風に返す。
この子、これが怖くないのか? ジェットコースターでは結構な絶叫してましたけど学習能力とかないんだろうか?
案外、肝が据わっているのか。
そんな調子で並ぶこと一〇数分、俺と撫子はようやく頂上にたどり着いた。一番上まで来ると高さがさらに感じられる。そのためか、撫子も少し口数が減っていた。今更後悔しても遅いのだ。
「次だな」
俺の言葉に返事はなかった。
引きつった顔のまま前の二人がスタートするのを見届けている。
「お待たせしました。次はお二人でよかったですか?」
好青年という言葉がよく似合う元気なお兄さんがニカッと笑顔で尋ねてくる。
俺がそれに返事をするとお兄さんは二人用のボートを用意した。他にも一人用のものがあるようだった。
「どちらが前に乗ります?」
聞かれて、俺は撫子の方を見る。
「どっちがいい?」
「……むう」
撫子は唸る。
正直どちらも怖いと言えば怖いだろうから悩むだけ無駄だと思うけどな。
「まえ……いや、やっぱり後ろでお願いします」
「それでいいのか?」
俺の問いに撫子は無言で頷く。
「それじゃあお姉さん先に乗ってください」
お兄さんの案内に従って、撫子はボートの後ろ側に乗り込む。
八の字の形をしたボートは前後に穴があり、そこにお尻を入れるように乗るようだ。
「足は開いてくださいね」
「え」
お尻を入れ、足を閉じて前の穴に置いていた撫子だったが、お兄さんの言葉を聞いて驚いた顔をする。
「いや、前にお連れの方が乗るので開いてくれないと」
「あ、ああ……そうですね」
言われ、戸惑いながらも足をM字開脚の形で開く。
正面の顔はよく見えないが、あの格好はさぞかし恥ずかしいだろうな。
「それじゃあお連れの方こちらへどうぞ」
撫子が足を開いたことを確認したお兄さんは俺を前の穴へ案内する。
「座ったら後ろの方の足の間に背中を倒してくださいね」
「へ……?」
俺はつい間抜けな声を出してしまう。
いやいやそれはさすがに密着しすぎじゃないですかね? もうさっきのお風呂なんか目じゃないくらいの距離なんですけど。
「失礼しますねー」
俺が躊躇っていると、お兄さんが俺の肩に手を置いて力を込める。
すると後ろに押された俺はすとんと撫子のお腹の辺りまで一気に倒れてしまう。驚いて上を向くと撫子の胸があってすぐに前を向いた。
撫子が今どんな顔をしているのかも確認できないでいた。
スタッフからすれば次へ次へと捌きたいんだろうけど、もうちょっと心の準備とかさせてくれてもいいんじゃないのだろうか?
「それじゃあ手は絶対に離さないようにして、いってらっしゃい」
そして息つく間もなくボートは押し出され、コース上へと進められる。後はただ水の流れに任せて下っていくだけなのだが、これがまた意外と怖いのだ。
けれど。
「……」
「……」
お互いに色々とそれどころではなく、二人とも赤面したまま言葉もなくスライダーを乗り終えるのだった。
バッシャー、と大きな音を立ててプールに着水する。
「今のは忘れてください」
俺の横を通ったときにぼそっと言った撫子は早足でプールを出る。
俺もその後を追う。
「スライダーなんて、二人でお楽しみだったわね。私もやりたかったのよ」
「流水の舞、これこそ我の求めていたスリル!」
「わあ! 私こういうのって乗ったことないんだよね」
プールから上がったところで椿、天王寺先輩、水琴の三人が待っていた。三者三様に言葉を発するが、要は「私とも一緒に乗れよこのやろう」という意味だと思う。
「……いやあ、それはさすがに」
撫子だけでも精神的にしんどかったというのに、さらに三人と一緒に乗るなんて俺にはできないよ。
けれど。
「それじゃあまずは私からね」
「その次は我」
「ううん、じゃあ私は最後でいっかな」
三人が素直に聞いてくれるはずもなく、その後俺は三回スライダーを乗ることになる。
「……む」
さっきの恥ずかしさが残っているのか、こちらを睨む撫子を視線を感じながら俺は渋々スライダーに臨むのだった。
あの密着具合を知った三人は一瞬躊躇いというか羞恥を見せるも意地になっていたので結局四回もスライダーに乗ることになった。
中でも、椿は一番あわあわしていたという。
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