第30話
「わあ! 見て遊介くん、限定スイーツだってっ」
歩き始めて少しすると売店があった。
プールに入ることもなくまず目に留まるのが売店なところ、さすが甘いもの好きなだけはある。
「食べるか?」
「うんっ」
とはいえ、これは埋め合わせのようなものなので椿が喜んでくれるならば何でもいいのだ。
俺達は売店まで行く。
でかでかとポップでアピールされているのは『超ジャンボパフェ』というものだった。ジャンボパフェでもなく、超パフェでもなく、超ジャンボパフェ。どれだけでかいのだろうか、想像がつかない。
「椿が好きなのって和菓子じゃなかったっけ?」
「んー、和菓子はもちろん好きだけど、甘いものなら基本的に何でも好きだよ」
椿が言うのならばそれでいいんだけど。
店員さんに注文すると少し時間がかかると言われたので暫し待つ。
「プールなんていつぶりだろ」
水に入って楽しそうにはしゃぐ子供を見て、椿が懐かしむように呟いた。
「あんまり来ないの?」
「うん、それこそ水琴ちゃんじゃないけど、一緒に行く友達がいなかったから」
そう言う椿の横顔を見ると、少し寂しそうな顔をしていた。
「意外だな。椿は誰とでも仲良くなれそうなのに」
「そうでもないんだな。実は結構人見知りとかしちゃうんだよ?」
それは本当に意外だ。
初対面のときからこれまでの花宮椿を思い返してみても、人見知りだったと思えるようなシーンは一度もない。
「それと、お父さんが転勤族でね、よく転校していたから。せっかくできた友達とも別れることが多かったんだ」
「そうなのか」
友達を作っても、すぐに別れることになってしまう。
そして新しい場所でまた友達を作って、再び別れが訪れる。通常、人に訪れる別れの機会の回数よりもずっと多く、その経験をしてきたのだろう。寂しそうな横顔に込められた感情を、俺は読み切れないでいた。
「別れる時、友達はみんな口を揃えてメールするよ、とか、忘れないよ、なんてことを言ってくれるんだ。嬉しいよね」
そう口にした椿はやはり寂しそうで、とてもじゃないが嬉しそうには見えなかった。
「でも、メールがくるのは最初だけ。結局、みんな忘れちゃうんだよね。私にとっては大事な友達でも、あっちからすれば数いる友達の一人でしかない。その思いのすれ違いが、いつしか私の心を傷つけた」
「……椿」
「そんな辛い思いするくらいなら、どうせ別れるんだし最初から友達なんて作らなきゃいいかな、とか思って友達を作らないときもあったんだ」
言っていることは何となく分かる。
中学を卒業する時、これからもずっと友達だぜなんてことを言いながら連絡先を交換したが、結局そいつらと遊ぶことはおろか連絡を取ることもなかった。今でもアドレスは残っているが、きっと連絡を取る機会はないだろう。
「そうやって捻くれていると、だんだん人との接し方が分からなくなったんだ。だからってわけじゃないけど、今の学校でも友達を作るつもりはなくて。ただ、校内で関わる人がいればそれでいいかなって思ってた」
言ってから、ハッとして椿は俺の顔を見る。
「あ、違うよ! 遊介くんはそういう考えで会っているわけじゃなくて!」
手を振りながらあわあわと慌てて弁解しようとしてくる。
「そのつもりだったんだけど、仲良くなりたいなって思っちゃった。だから、今だけの関係でいいやとか思ってるんじゃなくてね、私はこれからもずっと仲良くしたいと思ってる」
「それくらい、椿の顔見てたら分かるよ。適当な付き合いかどうかくらい、さすがに分かる」
「顔? 私、そんな顔してた?」
俺が言うと、ぺたぺたと自分の顔を触りながら困惑した顔をする。
「俺や尊と一緒にいるときは楽しそうだし、それは心の底から思っているように見えた。もちろん、それが演技である可能性はあるけど、そうじゃないって思えるくらい、お前はいつも笑顔だぞ?」
「……それは、遊介くんの前だから、だよ」
ぼそっと、小さな声で椿が言ったと同時に店員さんが俺達の持つ番号札の番号を呼んだため、椿の言葉が聞き取れなかった。
「ごめん椿、今なんて?」
「んーん、何でもないよ。取りに行こ?」
何かを振り切るように明るく言った椿にどう声をかけようか迷った俺は、諦めてついて行くことにした。
「おまたせしました、超ジャンボパフェです。気をつけて持っていってくださいね」
「……」
「……」
完成した超ジャンボパフェを受け取った俺と椿は、そのあまりの大きさに絶句した。
言葉もないまま、超ジャンボパフェをテーブルに持っていき、イスに座る。改めて見てもその大きさは想像を超えていた。
「すげえ大きいな」
「そだね」
椿は引きつった笑顔のままそびえ立つ超ジャンボパフェを見上げる。
「遊介くん、一緒に食べようか?」
俺が椿にご馳走する、という話だったので当初は椿一人で食べてもらう予定だった。しかし、この大きさにさすがの椿も怖気づいたようだ。
「い、一緒に?」
俺が一瞬躊躇うと、椿はハッとして俺の顔を見る。
「か、勘違いしないでよね! こんな大きいものを一人で食べたら太っちゃうとか思ってないよ? これはただ遊介くんと一緒に食べたいだけなんだからっ」
不思議なツンデレセリフを吐いた椿はスプーンを持って、パフェをひと救いする。
「いただきます」
あむ、と一口。
食べた瞬間に、椿の瞳がきらきらと輝き、幸せそうななとろけた表情を見せる。
「美味しいー」
アイスクリームにプリン、生クリームにフルーツとてんこ盛りな超ジャンボパフェ。さすが超ジャンボパフェを名乗るだけのことはある。見た目のインパクトだけでなく、その味も確かなもののようだ。
「遊介くんも食べてみなよ!」
「あ、ああ、そうだな……」
そんな返事をするも、一向に食べようとしない俺を見て椿は首を傾げる。
「食べたくなかった?」
「いやそうじゃないけど、スプーンないなって」
もともと一人で食べる予定だったのでスプーンは一つでいい、と店員さんに言ったので当然スプーンは一つしかない。今にして思えば、一人で食べる宣言をされた店員さんはどんな思いだったのだろう。この大きさ一人で食うとかキチガイかよとか思われてなければいいけど。
「あ、そっか。えと、それじゃあ……」
どうしようか、と少し悩んだ椿だったがぴたりと動きを止める。引きつった顔は次第ににやけ顔に変わっていき、そして持っているスプーンでパフェを掬い、俺に差し出してくる。
「あ、あーん」
「ぅえ!?」
突然の行動に俺は出したこともないような声を出してしまう。
俺がそんな反応をしたからか、椿は少しだけ落ち込んだ表情になる。
「で、でも……スプーンは一つしかないんだし、こうするしかないでしょ?」
俺に食べさそうとやや強引に口の前までスプーンを持ってくる椿だった。
「さ、さあ、観念してっ」
いや、さすがにこれは恥ずかしいって。
俺は周りを気にする。
当然、俺達のことを見ているような人はいないが、それでも周りの視線が気になってしまう。
「私だって恥ずかしいんだから!」
じゃあやらなきゃいいだろ。
お互いに引かないのでキリがないこの状況を進展させるため、俺は一度小さく溜め息をついてから覚悟を決めた。
「いただきます」
そして一口。
むぐむぐとパフェを咀嚼する俺を、椿はさっきパフェを食べた時と同じようなきらきらした瞳で見つめてくる。そんなまじまじ見られると食べづらいな。
「美味いな」
「でしょ? ささ、もう一口」
椿がもうひと掬いしようとしたその時、俺は静止の意味を込めて手を前に出す。
「いや、大丈夫だ」
「え、でも私一人でこれだけ食べるのは……」
「心配しなくても俺も食べる」
「だとしたらスプーンが足りないよ?」
「ああ、そうだな」
だから、と俺は言葉を続ける。
「貰ってくる」
言って、俺は立ち上がる。
さっきはいらないと言っただけに貰いに行くのが恥ずかしかったが、あーんの方が何倍も恥ずかしかったので取りに行くことを決意した。
「むう」
ややふくれっ面になった椿をテーブルに残し、俺は店員さんの元へと向かった。
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