第29話

 水琴との一勝負を終えた頃、ようやく女子更衣室に繋がる通路からやって来たのは天王寺紗千香先輩だった。


「あら、後輩くんってばもうお楽しみなの?」


「ええ、まあ」


 やって来た先輩はむうっと表情を歪めながら俺を見る。

 黒のビキニ、ただし普通のビキニに比べて若干布面積が少ないような気がする。露出度が高い水着はスタイルが良ければ良いほど映えるが、さすがは天王寺紗千香といったところか、自分に似合う水着をよく理解している。


「結構じっくり選んじゃったんだけど、感想はあるのかな?」


「いい感じだと思います」


 まっすぐ褒めるのが照れくさかったので俺は視線を逸らしながらぼそっと言った。


「別に、まじまじと見てくれてもいいんだよ? そのために選んだんだから」


 言いながら、先輩もプールに入ってくる。


「何ならぁ、触っちゃう?」


「いや、さすがに、それは」


 ぐいっと接近してきた先輩は俺に体を密着させる。すると、柔らかい感触が背中に当たり、俺は体を硬直させる。


「むう」


 後ろで頬を膨らませる水琴のことなど考えていられないくらいの状態になっていた俺だったが、ハッと我に返りプールサイドを見た。


「ずいぶんとお楽しみなご様子ですね、兄さん」


「破廉恥なのは良くないと思うよ、遊介くん」


 ずいぶんとご立腹な様子の撫子と、ぷうっと可愛らしく起こった様子を見せる椿の二人がそこにいた。


 フリルとリボンのついた水色のビキニを着る撫子は、俺が見ていることに気づくと恥ずかしそうに身を捩った。普段はあまり露出の多い服は着ないので新鮮である。それは本人も思っているのか、羞恥心を捨てきれない様子だ。


「あまりじろじろ見ないでください」


 下ろしている髪をいじりながら、撫子はふいっと顔を逸らしてしまう。


 その隣の椿はトップはオレンジ色のビキニだがボトムスはショートパンツスタイルの水着だった。上と下のアンバランスさというか、上がビキニなのに下がショートパンツなせいで妙なエロさを感じてしまう。


「恥ずかしいな、えへへ」


 髪はお団子にまとめてあることもあって、スポーティな雰囲気があった。


「二人とも、ずいぶんと必死に水着を選んでたのよ? きっと、後輩くんに見てほしかったんだわ」


「ち、ちがっ」


「天王寺先輩だって、同じくらい選んでいたじゃないですか」


 慌てふためく椿の横で、撫子が冷静にツッコむ。


「まあ、それを言われると返す言葉がないかな」


 ともあれ、ようやく全員が揃ったわけだけれど、どうしたものか。

 俺がそんなことを考えていると、水琴を除く三人がおもむろにじゃんけんを始めた。水に入っていた先輩はわざわざプールサイドに上がって、だ。


「何してんの?」


 俺が聞くと、先にじゃんけんに負けた撫子がゆっくりと水に入り、こちらに近づきながら答えてくれる。


「大人数で遊ぶのはいいけれど、せっかくだから二人でも遊びたい、という天王寺先輩の意見を尊重して、じゃんけんで順番に遊ぶことになったんです」


「へえ、誰と?」


「兄さんとですが?」


 何故か呆れた表情を向けられる。俺何か変なこと言っただろうか?

 まあ全員で遊ぶのもいいけど、一人ひとりと遊ぶのも悪くない。それなら個人個人で埋め合わせ的なこともできるしな。


「やったあ! 一番だっ」


 喜びようからして、どうやらじゃんけんに勝ったのは椿らしい。

 最終的には全員回るんだから別に順番はそこまで気にすることもないだろうに、あそこまで喜ぶ理由は何なのだろうか。


「あ、あのう」


 喜ぶ椿とぐぬぬと悔しがる先輩を見ていると、後ろから申し訳無さそうに水琴が声をかけてきた。


「どうした?」


 俺が聞くと、水琴が言いづらそうに口を開く。


「水琴は?」


「え、ああ」


 確かに水琴が入っていない。

 そういう仲間はずれのようなものは良くないと思うな。


「南戸さんは先程遊んだじゃないですか」


「え」


「みんなが遊んでいる間はわたし達と一緒にいましょう?」


「あうう」


 水琴の人見知りが発揮されている。

 撫子もどこか迫力があるというか、たまに怖い雰囲気出してるからな、本能的に苦手とでも思っているのかもしれない。

 しかし、これは水琴の社交性を鍛えるいい機会かもしれないな。


「あとで遊んでやるから、とりあえず撫子と先輩と一緒にいろよ」


「ううう、がんばりますぅ」


 頑張らんでもいいんだけどな。

 水琴の様子を見て、だいたいのことを察した撫子が俺に微笑みかけてくる。


「後のことは任せて、花宮さんにしっかり埋め合わせをしてきてください」


「んじゃ、頼むわ」


 言って、俺はプールから出た。

 水琴は撫子に任せて大丈夫だろう。先輩もいるしな。あの人は何だかんだ言って面倒見がいいので問題ない。


「よろしくね、遊介くん」


 はにかみながら上目遣いでこちらを見る花宮椿は、その名に負けないくらいに美しかった。

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