第28話
電車に乗り隣町まで向かい、プールに到着。
更衣室に入る手前で撫子らと別れた俺は一人ロッカーを開ける。そもそもプールなんてものが久しぶりなため水着を持っていなかったのだけれど、このプールなんとレンタル水着なんてものがあるらしく新しく買う必要もなくて助かった。
つまり飛び入り参加の三人も水着の心配は必要ないのだ。
俺は適当に選んだ水着を着てプール内へと出た。
「尊でも誘えばよかったかな」
思えば男子は一人。
この状況は中々にウハウハではあるのだが、やはりどこかアウェイのように感じてしまう。
これが同性がもう一人いるだけで全然違うんだよなあ。
「マスター、待ちましたか?」
俺がそんなことを思いながらプール内を見渡していると、後ろから水琴が声をかけてきた。
「一人か?」
「イエス」
「他の三人は?」
「まだ中で水着を選んでいます。水琴はぱっと選んで先に出てきました。マスターに早く会いたかったのです」
ぽっと頬を赤く染めて、水琴は俺の顔を上目で見上げてくる。
白髪とは対象的な黒の水着だった。肌を露出させたくなかったのかワンピースタイプのフリルのついたものだったが、こう言っちゃ何だが幼児体型である水琴にはよく似合っている。適当に選んだと言っていたが、しっかりと自分に合うものを選んだようだ。
「じゃあ先入っちまうか!」
「仰せのままに!」
水琴の話を聞くに、三人はもう少し時間がかかりそうなので、先に入ってしまおう。せっかくのプール、楽しまないと損だ。
俺は水に足をつける。
本来のプールには少し早い時期なので水は生温かい。温水プールになっているようで、これならば問題なく入ることができる。
「それにしても広いですね」
水琴が着水してから感心の声を漏らしながら言う。
確かに広い。
俺達が入った普通のプールの他に、流れるプールや深めのプール、少し行けばお風呂のようなものもあるらしく、バラエティに富んだ施設と言える。
「ところでマスター」
「なに?」
「早速ですが競争しましょう」
「いやなんでやねん」
突然の水琴の誘いに俺は思わず関西弁でツッコんでしまう。
ツッコまれた水琴はどうしてだとでも言いたげに驚いた顔をしている。
「今ここでマスターを超えるのです。それが水琴の使命!」
「どんな使命だ」
「怖いのですか? 眷属である水琴に負けるのが」
「やっすい挑発だな」
だが。
「そこまで言われて引き下がるのも男としてどうかと思うしな。いいだろう、その挑戦受けて立とう」
「おお! さすがは我がマスター」
水琴はきらきらした瞳を俺に向けてくる。
「普通にここからあっちまででいいんだよな」
「イエス、マイマスター」
ざっくり二五メートルってところだろうか。競争するのにもちょうどいい長さだし、ゴールデンウィークにしては客が少ない。最終日は家でゆっくりしているのだろうか。
「水琴が勝てばご褒美をもらいます」
「それが目的か」
ぐふふ、と込み上げてくる笑いを見せる水琴に、俺は呆れた視線を向ける。
「そうですが、もう時既に遅しです! 勝負はもう始まっているのだから!」
ハハハと高笑いする水琴。
「それでご褒美ってのは?」
「今度、契の儀式に付き合って欲しいです」
「なにそれ」
「水琴が定期的に行っている儀式です」
「もうちょい詳しく」
「日も沈んだ真夜中、ろうそくの火が消えるまでじっと時が進むのを待つのです。そうすることで契約はさらに高度なものとなります」
「何言ってんのかよく分かんないけど地獄だってことは分かった」
「よろしゃすです」
ぺこり、と小さく頭を下げる水琴。
「お前にご褒美があるってことは、俺もあるんだよな?」
「もちろんです」
自信満々に胸を張る水琴だったが、ぺったんこなため膨らみはない。これで水琴がナイスバディだったならば興奮不可避だったというのに残念極まりない。
「もしマスターが勝ったら、契の儀式に招待します」
「勝っても負けても地獄!」
ご褒美になってねえよ。
「変わらねえじゃねえか!」
「これ以上の褒美がどこにあるというのですか?」
「お前基準で語るんじゃねえ!」
「じゃあ仕方ないですが……ぱふぱふします」
水琴は顔を赤くして恥ずかしそうにぼそっと言う。
「できねえじゃねえか!」
「できますよ水琴だってぱふぱふくらい!」
「無理だ! ていうか、恥ずかしいなら言うんじゃねえ」
どこで覚えたんだそんな言葉。
「でも、男の子はぱふぱふされると喜ぶってクラスの女共が話しているのを立ち聞きしました」
「言い方悪いし、立ち聞きなのが悲しい」
「では水琴は何をすれば?」
そう急に言われても出てこないな。
今欲しいものなんてないし、そもそも後輩の女子に物買ってもらうとかナンセンスだし。かといってちょっぴりエッチなサービスは期待するだけ無駄だしな。
「……今度昼飯でも奢ってくれ」
「お昼、ですか?」
「ああ、学食のランチ何でもあり、この条件でだ」
これくらいならいいだろう。
いいよな?
そう思いながら水琴の顔を見ると、嬉しそうに笑っていた。
「はいっ、喜んで」
「……じゃあ、いくぞ。よーい、ドン!」
二人同時にスタートを切る。
こんな勝負を仕掛けてきたからには泳ぎには自信があるということか?
俺も別に得意というほどでもないが、決して泳げないわけではない。人並みには泳げるし、さすがに女子には負けないつもりではいる。
俺は腕を回しながらクロールで進む。
息継ぎの瞬間にちらと横を見るが、水琴の姿はなかった。
まさか、既に俺よりも前にいるというのか? 自分で言うのも何だけど結構速いスピード出せていると思っていたんだけど、世界は広いのか?
いやいや、そんなバカな。
「っぷは」
俺はゴールを示す向こう側の壁にタッチし、顔を水面から上げる。
顔についた水滴を払い、横を見るがまだ水琴はゴールしていなかった。よし、俺の勝ちだと心の中で密かにガッツポーズを決めながら水琴の姿を探すと、彼女はずいぶんと後ろにいた。
「……」
俺がゴールしてから暫し待った後、水琴はようやくゴールした。
「っぷはあ! さすがマスター、速いですね!」
「……まあ、普通くらいじゃないかな」
「水琴じゃ勝てませんでした。これは負けを認めざるを得ません」
「いや、ていうかさ」
「はい?」
俺は驚いているというか呆れているというか、何ともいえない表情をしているだろうが、それでも聞かずにはいられなかった。
「なんで犬かきだったの?」
「水琴の自信のあるスタイルです。それと犬かきではなく、ケルベロススタイルと言ってください」
んなケルベロスいねえよ。追いかけられても怖くねえよ。
「……そんじゃあ俺の勝ちってことで」
「そうですね。次は勝てるよう頑張ります」
ケルベロススタイルじゃクロールには勝てねえよ。
「それではまた後日、一緒にお昼を食べましょう!」
「そだな」
にかっと笑いながら言う水琴を見ていると思う。
この勝負はどっちにしても水琴の勝ちだったのではないか、と。
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