第27話
混ぜるな危険、という言葉がある。
日常を過ごす中で時折見ることになるその言葉。けれど、人間そうそう混ぜることはないだろう。危険だと注意されているのにわざわざ危険なことはしないだろう。
「これはどういうことですか?」
「うーん、それは俺が聞きたいような……」
混ぜると危険なものが、何か偶然が重なって混ざってしまうこともあるらしい。
俺は横にいる不機嫌な撫子の様子を伺いつつ、後ろに視線を移す。
「ちょうどよかったわね、入場券が無駄にならなくて」
天王寺紗千香。
体のラインが浮き出るぴちっとフィットする黒のシャツに紺色のスキニーパンツ。くるぶしが露出するベージュのパンプス。先輩らしい、大人な雰囲気が出るファッションだ。
「あのね、邪魔なら帰るよ? そうでないなら、一緒に行きたいけど」
花宮椿。
黒のミニスカートに白色のシャツ。頭にはいつものように赤のカチューシャがあり、今日はローツインテールで髪をまとめている。普段見ない髪型が新鮮だった。
「ここで会えたのは運命。デスティニー。水琴とマスターは運命の糸で繋がっている!」
南戸水琴。
黒ベースのゴスロリ。よくもまあそんな格好で外を歩けるなと思う。痛さもそうだが春とはいえ暑いだろう。中二病女子はゴスロリ着なきゃいけない決まりでもあるのだろうか。
「兄さんがおモテになっているようで、わたしは安心ですよ」
そして、神楽坂撫子。
ロングスカートに白のシャツ。ポニーテールは健在で、清楚な撫子のイメージを裏切らない休日ファッションである。ジト目さえなければ完璧だった。
「まさか撫子ちゃんと遊介くんが兄妹だったとは驚きだよ」
「義理、みたいだけど」
「血の繋がりと絆の深さは関係ない!」
後ろにいる三人も初対面ではないのだろうか、と思っているのだが普通に話している。そこに初対面の時特有の探り合いのような雰囲気はなく、クラスメイトのような穏やかな空気さえ感じる。
「できれば、学校では内緒にしておいてください」
「あ、うん。それは大丈夫だよ……ただ」
言って、椿は俺と撫子の顔を交互に見る。
俺と目が合うと、椿は顔を赤くしてパッと俯いた。
「な、なんでもないっ」
そろそろこの状況を説明しようと思うんだけど。
家を出る時間になり、俺と撫子は準備を済まして一緒に家を出た。家を出たところでまず南戸水琴と遭遇した。文字通り、遭遇である。俺は彼女と約束なんてしていなかったので、水琴が家の前にいるとは思わなかった。
事情を話すと「お供しますっ」の一言の後、きびだんごをもらったイヌのように後ろをついてきた。この時点で不機嫌が始まっていた撫子の機嫌を伺いつつ先に進むと今度は天王寺紗千香と遭遇した。
彼女は俺達の顔を見るなり「あら、奇遇ね」なんてことを言ってきびだんごをもらったサルのように後をついてきた。先輩にとって、俺達の事情というのはさしたる問題ではなかったようだ。
そして最後に花宮椿とエンカウント。椿は「違うわよ、勘違いしないでね、ただこの辺を散歩していたら遊介くんに会えないかなと思っていただけだからっ」と開口一番にツンデレめいた発言をしてからきびだんごをもらったキジのようについてきた。
そして、今に至る。
「ところで、私達は一緒に行ってもいいのかしら? まだ許可を貰っていないのだけれど」
困ったように先輩が言う。絶対困っていないというのに。
「ええっと、それは……どうなんですかね?」
俺はちらと撫子を見る。
俺の視線に気づいた撫子は「どうなんでしょうねっ」と言って、ふいっと顔を背けてしまう。
俺と撫子が貰ったプールの入場券は一枚で二人が入場可能なペアチケットである。二枚あるので最大四人までの入場が可能なのだが……。
撫子との約束がある。
これは多分二人で行こうという意味があるのだろう。兄妹として仲を深めましょうという思いがあるのだと思う。
なので断りたいところだが、俺は三人からのゴールデンウィーク中のメッセージをスルーしてしまった過去がある。その罪悪感から断る一言が言い出せないでいた。
俺が困った困ったと黙り込んでいると、横から大きな溜め息が聞こえてきた。
「条件があります」
短く、撫子が後ろの三人に言う。
「なにかしら?」
「今日のこと、いえ、わたしと兄さんが兄妹であることを必ず秘密にすると約束してください。それを約束してくれるのであれば、今日のところは許します」
「撫子ぉ……」
陽の光を浴びた撫子が天使のように見えた。
「人の秘密をバラすような趣味は持ち合わせていないわ。安心して」
「私も、その辺は信用してくれていいよ! 友達の秘密を守るのは当然だもん」
「我もここに誓いを立てよう。そもそも、話す友達がいない……」
自信満々に言った水琴だったが、後半はぼそぼそと言っていた。
別に言わなくていいだろうにそんなこと……。
「それでは、せっかくなのでみんなで行きましょう。とはいえ、この入場券では四人までしか入れません。困りましたね、一人あぶれてしまいます」
「まあそれは割り勘ってことで」
「ここは兄さんに男を見せてもらいましょう!」
「え」
にっこりスマイルの撫子が俺に笑顔を向けてくる。
「ね、兄さん?」
「もしかしてですけど、怒ってる?」
俺は恐る恐る尋ねる。
しかし、撫子はふるふると首を横に振った。
「いえ、まったく、これっぽっちも、怒ってなんてないですよ」
「そう、ならよかった」
「というわけなので、兄さんは自分の分を出してくれるようです。わたし達はこの入場券で入りましょう!」
撫子が後ろの三人に言う。
なので、俺は渋々了承する。そもそも拒否権がなかったようだ。
うーん、撫子ちゃんったらやっぱり怒っているな?
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