間章二
第24話
「……明日はゴールデンウィーク最終日だと言うのに、遊介くんから一向に返事がこない」
日は落ち、外はもう暗い。
お風呂にも入り、モコモコのパジャマに着替えた花宮椿はベッドにダイブし、天井を見上げながら呟いた。
数日前、意を決して意中の相手であるクラスメイトの神楽坂遊介にデートのお誘い的なメッセージを送ったのだが、返事がない。既読はついているので見てはいる。かといって無視するような性格でもないため、どうしたものかと悩んでいるのだ。
彼との出会いは少しだけ運命的なものだった。
そう言うと、少し大袈裟かもしれないが、椿は確かにそう感じたのだ。ロマンチックというか、漫画チックというか。
けれどそれは彼のことが気になったきっかけでしかなく、それから仲良くなり一緒に過ごすうち、いつの間にか惹かれていた。理由を上げようとするとうまく出てこない。これはきっと理論的ものではなく、感情的なものなのだ。
好きだと感じたのならば、それは好きなのだ。理由なんてどうでもいい。
『え、遊介? いや、会ってないぜ』
クラスメイトの下ノ関尊に電話をかける。
彼は遊介と仲が良く、椿もよく絡む相手だ。
『あいつ結構ものぐさなところあるし、連休は家でダラダラしてんじゃねえか? と思って俺からは特に声はかけてねえ』
同性の尊とも遊んでいる様子はなかった。
確かにそうなのかもしれないが、かといって何もしないまま終わるのはどうだろうか。
そうやって後手に後手に回っていると良くない方向に進んでしまいそうだった。
遊介に好意を抱いているのは、恐らく自分だけではない。
一年生の小さな女の子にはえらく慕われているし、三年生の有名人である天王寺紗千香にも言い寄られている様子だから。
ここは頑張るべきところだ。
「明日、様子でも見に行こうかなあ」
* * *
「マスター、どうして水琴の誘いを無視するのですか……」
南戸水琴はテーブルの上に置かれたスマホを睨み合ってもうすぐ三〇分が経つ。
数日前、一緒にどこかに出掛けたいという旨のメッセージを思い切って送ったのだが、その相手から返事が全然ないのだ。
神楽坂遊介。
思い返せば、水琴にとって彼とのファーストコンタクトは最悪だった。
突然階段から落ちてきたかと思えば、水琴の胸に手を当てた。
今まで触られたこともない場所に触れられてテンパった水琴は慌ててその場から退散したのだが、それから彼のことがどうにも頭から離れないでいた。
最悪であろうと、否、最悪であったからこそ、水琴の脳裏に遊介の存在は強く印象づけられたのだ。
水琴はクラスで浮いていた。
理由は自分でも分かっていた。
けれど、周りの人間の中に植え付けられた南戸水琴の印象はもう変わらない。
『南戸さんってあれでしょ、中二病ってやつ?』
『可愛いけど、あの言動は痛すぎる』
『友達? 無理無理、だって何話してるか分かんないもん』
そもそも、誰かに気に入られるために自分を変えようだなんて思わない。
受け入れられないというのならばそれでもいい。
そう思い、自分を貫いた結果、孤立したのだ。
『あ、あのー……いやですね、そいつ私の友人なんですけど……何かありました?』
水琴が不良に絡まれていたとき。
周りの人が見て見ぬ振りをして通り過ぎていく中、彼は現れた。
勇敢という言葉とは程遠い、腰の抜けた弱々しい声で、態度で。
喧嘩なんてしたことないだろう。殴り合いになれば勝てないだろうし、怖いと思っているに違いないのに、それでも助けに来てくれたのだ。
それに、遊介は今の水琴を受け入れてくれる唯一の存在だ。
かったるそうな顔をしながら、でも嫌な顔はせずに付き合ってくれる。そんな遊介のことが大好きになった。
「マスター、会いたいです……」
真紅竜と契約を結びし魔法使いの言葉は誰に届くこともなく消えていく。スマホの画面を見る碧色の瞳は潤み、揺れる。
* * *
「むう、この私に焦らしプレイをするなんて、後輩くんってば罪な男」
かれこれ、もう何度もう一度メッセージを送ろうかと考えただろうか。
しかし、返事もまだなのに二通目を送るのはさすがにどうだろうか、と思いとどまりはや数日。
ゴールデンウィーク最終日前日の夜。
天王寺紗千香は自室で唸っていた。
水色のキャミソールに短パンという油断しきった姿で寝転がる。
天王寺紗千香といえば校内で知らない人はいないと言っていいほどに人気のある女生徒だ。
その美しい容姿、大人びた性格にモデルのようなスタイル。男子は惹かれ、女子からは憧れを抱かれる。ミス大幕の名に相応しい少女である。
「というか、この紗千香さんからのお誘いを断るとはどういう了見かしら……誘い方がよくなかったのか?」
そんな学校のアイドル的存在である紗千香が気にしている相手は一年下の冴えない男子生徒だ。
名前は神楽坂遊介。
誰しもが抱くであろう疑問、どうしてあんな冴えない男子のことを好きになったのか?
その疑問に、紗千香自身答えることはできないでいた。
『きみ、お姉さんとお付き合いしない?』
そう告白したのを覚えている。
でもそれはお遊びというか、罰ゲームであって本気ではなかった。
友達ととある勝負をして、負けたものは冴えない男子生徒に告白する。という、誰でも思いつくようなくらだない遊びだ。
正直、気乗りもしなかったが、友達の手前断ることもできずに実行した。
しかし、断られるだなんて微塵も思っていなかった。自分で思っているのもどうかと思うが、誰に告白しても了承されるという自負はあった。
けれど彼は断ったのだ。しかも即答である。
なぜ自分は振られたのか、それが頭から離れなくて、それが知りたくて遊介に接近し、話すようになり、気づけば好きになっていた。
だから、理由はと言われると答えることができないのだ。
彼のことを好きになればなるほど、彼にした行為に対しての罪悪感が膨れ上がる。
そして先日、彼に告白の理由を聞かれた。
正直、答えたくはなかった。
以前から何度も聞かれていたが、その度に誤魔化した。
理由を知られて、嫌われることを恐れたのだ。
しかし。
『怒らないの?』
理由を話した後、彼は怒る素振りも凹む素振りも見せなかった。
まるで世間話でもしているように、いつもと変わらないままでいた。
『え、だって別に怒る理由もなくないですか? そもそも理由もなく先輩みたいな人が告白してくるはずもないし、逆にそれを聞いて合点がいきましたよ』
その時、紗千香の心に火がついたのだ。
本当の意味で、神楽坂遊介のことが好きになった。
初めて好きになった彼と、恋人になりたいと思うのは極々当たり前のこと。
「こうなったら、突撃するしかないわね」
そんな彼に、会いたいと思うのは至極当然のことだった。
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